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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第三章 三年前の亡霊
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毒舌家とご主人様 その2


 ルイス・マイロ・エスト・カーライルは朝に弱い。

 それはもう弱い。とにかく弱い。一瞬で白旗を上げるくらいに弱い。


 原因は至って単純。夜更かしをしているからである。


 昨夜は特に酷かった。

 侍女と腹を割って話すと言う、彼としては大変に緊張する一手を打った。話が終わって侍女を寮に帰した後も、高ぶった神経は中々おさまりを見せてくれず、結局遅くまで図面にかじりついてしまった。

 それはもう、翌朝にツケが来るのも当然というもの。眠くもなる。


 別にいいや、と彼は寝室のベッドで寝返りを打った。


 どうせ、午前中に予定されている騎士団再編会議は元からサボるつもりだったのだ。ルイス王子はいつも通り我儘でいればいいだけ。


 運用開始に向けて最優先で整備をすすめている海上戦力。その運用を任せる騎士団に指揮権をどこまで与えるのか、最終権限は従来通り国王でいいのか、その承認経路はどうするのか、そんなつまらない話だから。

 そんなもの、国の重鎮が勝手にやっていればいいのだ。会議なんて、臣下が主のご機嫌伺いを立てる構図を、自主的に作るだけの場に過ぎない。自分の代わりに有能な王女が出席するのだから、彼がわざわざ≪我儘王子≫という立場で口を出す必要はないはずだ。


 二度寝したら、執務室に行くとしよう。

 昨晩は無理やり使用人寮に押し掛けたから、コーティにも大分迷惑をかけてしまったはずだった。彼女も大分怒っていたようだし、なにかしら手を打っておく必要はあるだろう。

 昨日のあれが、彼に許されるギリギリの暴挙であったことはちゃんと理解している。もしかしたら空いた時間で、噂を聞きつけたエレオノーラかロザリーヌ辺りが額に青筋立てて乗り込んでくるかもしれない。まあその時はその時だ、素直に謝ろう。……王族たるもの簡単に謝るなって? はっ、そんなのは王子をやってみてから言ってくれ。


 色々考えていれば、瞼も重くなるというもの。

 ゆっくりと落ちかけて、散漫になっていく思考。考え続ける苦痛から解放される至福の時間。


 がちゃり、と。しかし安寧の微睡は、突然の無粋な物音に邪魔された。


 一体誰だ、声もかけずに入ってきた馬鹿野郎は。

 マティアスだろうか。あまりに起きるのが遅い日には、近衛隊長である彼が直接呼びに来ることもある。今日の会議が騎士団がらみだから、もしかしたら彼もしびれを切らしたのかもしれない。

 すたすたと部屋に響く足音。うるせえ意地でも動かねえぞ、と目を固く閉じ直した彼だったが。


「はいはい、寝たふりはいいですから」


 想像していたよりも、ずっと落ち着いた声色が響いてきた。柔らかく、それでいて小川のせせらぎのような囁きが掛布団越しに降りて来る。聞き覚えのある、けれどまったく予想していなかった人物の声。


「んん……? 一体どういう寝相してるんですか、寝ぼすけ王子」


 そしてなんとも特徴的な毒舌。掛布団の下で、ルイスは目をぱっちりと開けてしまった。


「んあ? ……コーティ?」


 なぜここにいる。

 起こしてくれと言った覚えは欠片もない。確かに他所様のところではそういう仕事をする侍女もいるけれど、ルイスの場合は全く、これっぽっちも望んでいない。

 安眠妨害は悪魔の所業だ。もそもそと頭だけ布団から出して、寝ぼけ眼のまま声の方に顔を向けた。


「……お前、なんでここに」

「起こしに来たに決まっているでしょう。……うっわ、ひどい寝癖ですね。鳥の巣の方がまだまともな形していますよ。明日は厨房から卵でも持ってきてあげましょうか、似合うと思いますよ」


 主に向かって酷い暴言である。ただただ呆然としてしまって、言おうとしていた苦言がどこかに消えていった。


「いや、俺起こしてくれとは一言も……」

「もういっそ冷や水を頭からかぶった方がいいのではありませんか? ……ほら、起きて?」


 なんだなんだ、一体何事だ。

 目を白黒させている間に、被っていた毛布を引っぺがされてしまった。仕方なしに上体を起こしている間に、彼女は背を向けて部屋の隅へ。カーテンを思い切り引っ張り、ついでに窓も勢いよく開く。朝日に思い切り顔をはたかれて、視界一杯に広がった圧倒的な光に目を背けた。

 恐る恐る開き直した目に、後光を纏って仁王立ちする侍女が映る。彼女は両手を前で組み、深々とお辞儀を一つ。


「おはようございます。ルイス様」

「なんだいきなり……」

「服は? いつもどちらから選ばれているんですか?」

「……え、そこからから適当に」


 ふうんと頷いてから、今度はコーティが戸棚へ。緩く結ばれたおさげが目の前でなびき、彼は思わず目で追ってしまった。

 ルイスも一応は王族の端くれ、ちゃんとした衣裳部屋に服はいくらでも用意されている。けれどまあ、今の立場なら着る機会もなければ必要もない。ついでにあんまり興味もない。いかにも王子らしい服があれば十分なので、寝室の小さな衣装棚に何着か吊ってあるものを着まわしているのだが。


「いや待て」


 ようやく事態が呑み込めてきて、ルイスは目を瞬かせた。廊下へ繋がるドアまで開け放たれているお陰で、朝の清々しい風が周囲をすうっと通り抜けていく。意外と心地良いなと思ってしまった。


「おいコーティ。どうして突然こんなこと……」


 動き始めた頭によぎったのは、昨晩のこと。彼女と過ごした夜のひと時。


 コーティに疑われていることは知っていたし、当然だと思っていた。

 きっと彼女は、ルイスに一方的に弱みを握られたことを快く思っていなかったのだろう。妙なことをしでかしそうな雰囲気を感じ取ったので、ルイスもちょっと強硬手段を取ったのだ。

 その手段が、歪んで(こご)った己の感情をさらけ出す、というのも我ながらどうかと思うけれど。


 とにかく恥ずかしかったから、勢いよくまくし立てた続けたのだ。

 ちょっとやりすぎたせいで、彼女はとんでもなく戸惑っていたっけ。それこそはじめは混乱を通り越して無表情になっていた彼女。けれどやがてルイスが何を言いたいか気付いたらしい。

 静かに耐えるように俯いて。勇気を振り絞ったように震える声で問いかけた彼女からは、確かに警戒心が薄れているのを感じとっていた。


 自ら跪いて忠誠を誓ってくれたコーティのうなじを見下ろして思い通りとほくそ笑む一方で、心の底からホッとする自分に戸惑ったりしていて。まあ、まずまずの結果に落ち着いた、ルイスはそう思っていた。


 ところが、まさかのこれである。


「ほら、早く寝間着脱いでください」

「は? ……はあ!?」

「大声出さないでください。ルイス様だってこの間私を脱がせたでしょう? 何も恥ずかしがることありません。おあいこですよ」

「待て待て待て、ふざけんな!」


 これは想定外である。流石のルイスも開いた口が塞がらない。

 一体誰が世話しろと言った。これまで一人でやっていた朝の身支度を、まさか同じくらいの年齢の女性に手伝ってもらうなんて、そんな恥ずかしいこと誰が許すものか。こいつ、俺が着付けを手伝ってもらうのは式典用の正装だけだって分かってないんじゃなかろうか。

 よし、一旦落ち着こう。窓から入る朝の爽やかな風を吸い込みながら、ルイスは侍女を見た。


 侍女が動くと同時に揺れる艶やかな黒髪は、いつもの緩いおさげに結わえられている。まるで全ての光を吸い取っているような彼女の髪や瞳の色を、けれどそれ自体が艶を持つ真黒を、確か(からす)の濡れ羽色というのだったか。いつも通りの彼女の姿。その無表情の仮面の下に、年頃の娘らしい喜怒哀楽が潜んでいることは前々から感じ取っている。

 復帰に合わせて作ったせいで未塗装の銀色を放つ義手も、しっかりと定位置に嵌められていていることまで確認して。


「……なんですか。人の顔じろじろ見て」

「いやあ、もしかしたら他人の空似かと」

「失礼な。目のお医者様にかかられた方がいいのでは」

「だけど、お前……」


 失礼はどっちだ、なんて言葉すら出てこなかった。何をどう言っていいのか分からず、口ごもるこちらの当惑が伝わったらしい。彼女はちょっとだけ目を瞬かせてから、バツが悪そうに視線を逸らした。


「……期限付きではありますが、ルイス様と私は主従の関係です。それなら少し、侍女らしいこともしておこうかと思いまして」

「侍女らしいこと……?」

「はい。侍女の職務は主の日常のお世話をすることのはず。これまで、私はあまりそういうことをしてきませんでしたので」


 予想外の言葉に、自分と目線を合わせようとしない侍女の顔を、まじまじと見返してしまった。

 確かに昨夜のことをきっかけにして、自分と彼女の関係性が少し変わるのだろうと思っていた。少なくとも互いに裏を探り続ける間柄にはしたくなくて、行動に移した。


 けれどあれ? なんだか思っていたのと違う方向に進んでいやしないか。


「……あの、お嫌であれば、おっしゃってください。私は別にルイス様を困らせようと思っているわけではないのです」


 いつの間にか自分の呼び名まで変わっているし、コーティの眉がほんの少しばかり下がっているように思えた。はじめて見る侍女のそんな顔に気付いてしまえば、考えるより先に声が出るのも仕方ない。


「……い、いや。別に困ったというか、驚いただけで」

「そうですか……」


 ホッとしたように、微かに口元を緩めるのをやめてほしい。そこまで考えたルイスは、はたと侍女の変貌の正体に気付く。


 そうか。コーティは自分に心を許してくれたのか。

 納得がすとんと腹の底に落ちた瞬間。自分でも予期しない喜びの感情がじわじわ上がってきて、彼は慌てて咳払い。


「コホン、でも着替えはなしだ。俺は年下の女の子に服脱がせてもらうような変態じゃねえし」

「かしこまりました。服は脱がす方がお好みの変態王子殿下」

「……お前なあ」


 その朝は侍女の毒舌も五割増しだったのに、勢いに流されて彼は一言も言い返せなかった。後からそれに気付いて、少し悔しくなった。


※次回は2/7(月)の更新になります。

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