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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第二章 新米侍女は掴めない
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彼のことが、掴めない その7


 それから少し後のこと。時刻はもうすぐお昼前。王城のとある一室には、はしゃぐ少女の声が響いていた。


「ほんとに!?」

「ああ、今ではすっかり花畑になっていますから。後でご案内しましょうか」

「うん、ありがと!」


 ケトの口から思わず弾んだ声が飛び出した。

 かつて、ケトたちに手を貸してくれた人。服好きの侍女。どうやらヴァリーは、今やエレオノーラ第一王女のお付きになって、さらには侍女頭まで兼任しているそうだ。まさかの偉い人だった。


 そんな彼女の話によると、城の端にあるお墓の周りはちょっとした花畑になっているらしい。

 一度は離れ離れになったケトと姉が再会した場所。かの戦争の直後から、その場所に植えてほしいという伝言と一緒に姉が花を送っているのは知っていた。

 それから三年間、ヴァリーが心を込めてお世話をしてくれていたのだとか。


 三年。長いようで、あっという間だ。

 十三歳という年齢からすると小柄なケトではあるが、それでも当時に比べれば、身長だって大分伸びた。二十二歳になったケトの姉は、ブランカのギルドマスターにならないかと相談をもちかけられている。

 二人が暮らしている町から遠出をすることはまずない。だから、ケトには何もかもが新鮮に思えた。


「それで、ケト様。あの子のご様子は?」


 ヴァリーの言うあの子、とはケトの姉のことだ。今は北の町で暮らしている廃王女。彼女をよく知っている人間がその娘のことを≪傾国≫と呼ぶことはほとんどない。


 ヴァリーは今もよく姉と手紙のやり取りをしているらしい。姉が北のギルドのカウンターで熱心にペンを動かしているのを、ケトはよく知っている。

 それでも、手紙だけでは物足りないと思うこともあるのだろう。どことなく寂しさを滲ませながら、けれど柔らかく微笑んで侍女頭は問いかけた。


「元気ですよ。食欲も戻ったし、調子良さそう」

「そうですか……。何よりです」


 噛みしめるように呟く。かつての主を懐かしむ侍女の姿をそこに見、ケトは何とも言えない気持ちになる。目を伏せて、だから少しだけ明るい声で続けた。


「わたしが呼び出された時、それはもう大変だったんだから。『一緒に行く』って聞かなくて」

「ええ、ええ。私たちは呼び出した側ですが、その気持ちは分かります。よく許していただけましたね」

「あれしちゃダメ、これしちゃダメってすっごい言われた」


 部屋中に苦笑が満ちているのは、ここにいる皆が姉の人柄をよく知っているからだろう。ただし唯一、その隣に立っていた呼び出した張本人だけは、何とも情けない声で呟いていた。


「これは後でお叱りを受けそうだ……」


 アルフレッド・アリアスティーネ・アイゼンベルク公爵。二十五歳という若さで宰相を務める貴公子。ケトやジェスが住む北の田舎町、ブランカを治める領主様でもある。


 そう。町で静かに暮らしていたケトに招集の要請を出したのは、紛れもなくこのアルフレッドなのである。ケトにとって大事な後ろ盾だ。


 ソファにちょこんと座ったまま、ケトは相手方の顔を見てみた。そこにいるのは国を左右する影響力を持つ顔ぶれ。ケトにとっては見知った面々でもある。


「ほらねジェス、罠じゃなかったでしょ?」

「ああ。ひとまず安心だな」


 隣の少年とのこそこそ話が漏れ聞こえたのだろう。アルフレッドが向かいで苦虫を噛み潰した顔を見せていた。


「……もしかして疑われていたのか、我々は」

「そりゃあそうです。大暴れしたわたしをわざわざ呼び出したんだから、用心するのは当然でしょう? そこまで能天気じゃないもん、ジェスもわたしも。それにわたしのおねえちゃんもね」


 ひとまずは警戒を解いても良さそうだと、ケトは判断した。机を挟んだ向かいのソファで、アルフレッドも胸を撫でおろしている。彼の様子が龍の目にも視てとれることもまた、その判断の一助となっていた。


 なるほど。宰相はあえて、ケトの前で感情を隠さないようにしているのだろう。

 彼は、ケトが人の心すらも視通す力を持つことを知っている。隠し事の中身まで看破できるほど便利ではないけれど、蓋を返せば隠し事自体をしていないことこそが信用に繋がると、アルフレッドはよく理解しているのだ。


 さて、それでは呼び出された理由が気になるというもの。ケトは居並ぶ顔を見回した。


「簡単にだけど、話はコンラッドさんから聞きました。……またわたしを手に入れようとする人たちが出て来たって」


 戦後、ケトが一切関わろうとしなかった国。

 そこからの突然の呼び出しである。何かが起きたらしいと身構えるのも当然だった。


「こいつの姉さんから、伝言を預かってます。俺はそれを伝えに来たみたいなもんです」


 ジェスが隣で口を開く。普段はよく仏頂面を見せている彼だけど、ここぞと言う時には落ち着いて構えているケトの幼馴染。そんな少年は小さく息を吸って話し始めた。


「『ケト・ハウゼンが≪傾国≫の妹であること、くれぐれもお忘れなく。状況によってはもう一度表舞台に現れることも検討している。ただしそれは双方望まぬ最後の手段。これ以上の混乱を招かぬためにも、最善の手を尽くしてほしい。必要とあらば最大限の助力を厭わない』」


 澱みのない口調は、ジェス自身、その言葉に同意していることの証しでもある。面食らったように、偉い人たちが顔を見合わせた。


「ふふっ」

「……普段の口調とまるで別人だ、勘弁してくれ……」


 ヴァリーがおかしそうに口元を押さえたのに、アルフレッドは頭を抱え込んでいた。何と言うか、宰相は苦労人だなと感想を抱きつつ、ケトも続けて姿勢を正す。


「大丈夫ですよ。シアおねえちゃんだって変なことは望んでません。悪しき≪傾国≫は滅び、追放された。これ以上政治に干渉するつもりもないし、したくないってさ」

「なら、その期待に応えなくてはいけないな。傾いた国を託された者として」


 アルフレッドが一つ頷き、真面目な顔で咳払い。「では、本題に入ろう」と厳かに呟く彼の顔には先程までの苦労人の表情は欠片も残っておらず、まさしく国の行く末を担う者の貫禄があった。


「≪白猫≫の娘よ。まずは招集要請に応えてくれたことに、感謝する」


 静かに、だが確かに空気が変わったことを察する。ジェスはピンと背筋を伸ばし、ケトはしっかりと相手を見つめた。


「さて、ケト嬢にわざわざご足労いただいた理由だが」


 アルフレッドは一度言葉を区切る。


「最近になって、不穏な勢力の動きを確認した。うち一部に≪白猫≫との接触を企図する気配を感じたため、急遽君に来てもらった次第だ。君たち姉妹を下手に刺激しないという意味で、情報提供のみに留めることも考えたのだがな。安全を優先し、警護のためにも王都に滞在してもらう方が良いと判断した」

「……」

「とはいえ、我々に君や君に近しいものの権限、身体や生活の自由を阻害する意思は一切ない。これは終戦後に≪傾国≫と取り交わした非公開約定に則っての対応だ。そして、もちろん君には申し出を拒否する選択肢もある。その点、まずはご理解いただきたい」


 難しい言葉を使いこなしてまくし立てたアルフレッドは、けれどそこでちょっと眉を下げた。そのまま、呆気にとられた顔をするケトに肩をすくめてみせる。


「……すまない、堅苦しい話はここまでだ。今のをちゃんと言っておかないと後が面倒でな」

「……ずっとこんな難しい話が続いたらどうしようかと思いました。わたしをシアおねえちゃんかなんかと勘違いしてない? 言っておくけど、そこまで頭良くないからね」


 今のはどう見たって十三歳の子供相手の言葉遣いではないだろうと、ケトは口を尖らせた。難しい話をされたら警戒しろというのは、町を出発する前に姉からもらった助言の一つだ。


「一応聞くけど、もっと簡単に説明してくれますよね?」

「もちろんだとも」


 少しだけ場の空気が緩む。各々紅茶のカップに口をつける中で、アルフレッドは椅子の背もたれに寄りかかった。


龍神聖教会(ドラゴニア)の残党がケト嬢、君を狙っている」


 今度はなんとも分かりやすい説明だった。なんだ、最初からそう言えばいいのに。


「……懲りない連中だな」


 ぼそっと呟いたジェスには、ケトも全面的に同感だ。

 龍神聖教会(ドラゴニア)。南の海沿いを中心に活動する教会で、三年前の戦争ではケトの敵。かつて実権を握っていた枢機卿が信徒を利用し、国の転覆を企んでいた集団である。

 眉をひそめた二人に気付いたのだろう。アルフレッドはすかさず「ああ、誤解だけはしてくれるなよ?」と続けた。


「一応言っておくが、今の龍神聖教会(ドラゴニア)そのものとは友好関係にある。戦後、教会を立て直されたアキリーズ殿の功績さ。今では教徒の中から城仕えの使用人を雇う程にはなっているよ」


 年若い宰相はさらりと言ってのけたけれど、そこには果たしていかほどの苦労があったことか。


 かつての敵。互いに恨みや憎しみを抱く者もいよう。現にあれから数年が経過した今でも、北の都市では教会を嫌うものは多い。


 それはケトとて同じだ。

 ケトが持つ一騎当千の力、子供の体に収めるにはあまりに大きな力に、当時の教会は目をつけた。その結果として行われた幾度かの襲撃、馴染みの町が一瞬で戦場と化した光景は今もなお忘れられない。そしてその後の逃避行。震えながら硬い地面の上で眠った日々のことだって、頭の中に深く焼き付いている。


 どれほど恐ろしかったことか。どれほど辛かったことか。それは言葉にするのも難しい。だから、今でも教会の人と仲良くできるかと聞かれたら、ケトは簡単には頷けない。


「問題は、その新生龍神聖教会の考えに同調せず、背を向けた連中だ。彼らは自らを≪鱗の会≫と呼び、今も我が国に対して報復の機会を伺っている。どうやらその手段として、ケト嬢を誘拐し、洗脳しようとする計画があるらしい。以前と同じ手口だ」

「わたしが手を貸すと思ったら大間違いなのに……」


 思わず呆れてしまった。あの人たち、一体どの面下げてケトの前に顔を出そうと言うんだろうか。

 幾度となく大切な町を襲い、苦しめ続けたケトに、まだ縋ろうとする。ひょっとして、今ではあれやこれやと尾ひれがついている白猫神話にでもあやかるつもりなのだろうか。


 ケトはしばらくの間考え込む。≪鱗の会≫と言ったか、田舎町でのんびり暮らしていたケトだって、一応一通りの情報は仕入れているのだが、正直はじめて聞いた名前だった。


「その、≪鱗の会≫さん……? そんなに力があるの?」


 枢機卿が戦死し、路頭に迷った教徒たち。それを導いたのが、今の教皇アキリーズだったはずだ。彼は国の援助を受けながら、教会の戦闘部隊を解体し、立て直しを図ったと聞いている。


 実際、難しいことをケトは知らない。でも、漏れ聞こえる噂から、それらは結構うまくいっていて、国と教会の交流が活発になっているとは聞いていた。頭の中を整理するケトの隣で、ジェスが問いかける。


「教会の連中、武器は捨てたって聞いたんすけど」

「戦後すぐに下された武装解除命令の話なら、その通りだ。あれはアキリーズ教皇閣下が最優先で推し進めたからな。……つまり、本来なら≪鱗の会≫であろうがなかろうが、力なんてありはしない。そのはずだった」


 ジェスが小さな声で「……はずだった?」と繰り返すと、アルフレッドは深く頷く。


「三か月ほど前のことだ。とある客人との会談に臨もうとしたルイス殿下が、白い修道着姿の刺客から襲撃を受けた。それもこの城内での話だ」

「……修道着って」

「幸いにと言うべきか、それを防いだのも教会の人間だったがな。交流の一環として派遣されていた侍女が機転を働かせてくれてな、大ごとには至らなかった」


 教会の人と教会の人が戦ったのか。ケトは頭の中がこんがらがってしまいそう。


「その時捕らえた刺客……まあ案の定その≪鱗の会≫の人間だった訳だが、そいつが口を割ったのさ。≪白猫≫の力を利用し、国家転覆を狙う計画があると」


 部屋の中に落ちた沈黙。知った事実をどう処理すればいいか分からず、ケトはティーカップを傾けた。苦虫を噛み潰したような顔で、若宰相が説明を続ける。


「分かったのはそれだけじゃない。詳細は現在も調査中だが、どうやら≪鱗の会≫に接触し、手を貸した何者かがいるらしい。事実、追撃中に襲撃者の一部の足取りが途中で途絶えていてな、外部からの支援があったのは確実だろう」

「なにそれ」

「そうなると話は変わる。襲撃者をそそのかした黒幕がいるのであれば、そいつらがケト嬢を狙っている可能性もあると言うことだ」


 そこでジェスが口を挟んだ。


「その黒幕の正体は?」

「いくつか可能性は上げられるが、確たる証拠がない。何なら国外からの支援じゃないかという話もあってな……ケト嬢をわざわざ王都まで呼んだのはそういう背景があってのことなんだ」


 敵は教会の残党、だけという訳ではないらしい。

 部屋の温度が下がったように感じられて、ふるりと背筋を震わせたケトは、ぐっと腹に力を込めた。自分がはるばる王都まで呼び出された理由が、ようやくきちんと理解できたから。


 ケトが悪者に狙われるのは初めてのことじゃない。人間の欲というものを、ケトは決して軽視はしないのだ。


「つまり、事が落ち着くまで、わたしは町を離れて隠れておくべき……?」

「それが我々からの提案だ。君には秘密裏に護衛をつけるつもりだが、やはり王都近郊の方が守りやすくてな。護衛は基本姿を見せないようにするし、普段通り過ごしてもらっていい」

「それ、ケトのねーちゃんは知ってるんだよな」

「従妹殿には書面で伝えたよ。返答は『自分としてはブランカにいてほしいが、詳しい話をケト嬢に伝えてほしい。その上で本人が下す判断を尊重する』だそうだ」


 ジェスの質問にもよどみなく答えたアルフレッド。その言葉にケトは姉を思い浮かべた。

 訳あってケトについてこられなかった彼女だが、とんでもなく心配しているだろうことは容易に想像がついた。町を出る時も、あれやこれや注意は受けている。


 でもその一方で、ケトに判断を委ねてくれたことには、素直に感謝もしているのだ。

 姉はちゃんと自分を信頼してくれている。ケトは強い。けれど同時に、相談なしで突っ走るような真似もしない。それくらいのことはできる妹だと、彼女はケトを認めているのだろう。


 ちらりと隣のジェスとも視線を絡めた。しっかり頷いてくれた彼に少しばかり安心して、少女は静かに口を開く。

 世の中には簡単に頷いていいことと悪いことがある。自分の微妙な立場を考えれば、今回はきっと後者だ。


「ちゃんとした答えはシアおねえちゃんに手紙を書いてからでもいいですか?」

「もちろんだ。と言うか是非そうしてくれ。あの人の機嫌を損ねると面倒だから、本当に」

「ふふっ。安心してください。わたしとしては、その申し出を受けたいと考えているから。……でももちろん、やり方をシアおねえちゃんにいくつか相談した上で、ね?」


 笑顔にも色々な種類がある。姉が気合を入れている時の、中々特徴的な微笑みを真似たケトに、部屋中の視線が集中した。一拍置いて、何故か満足気に腕を組んだアルフレッドが言う。


「……少し見ない間に、随分としたたかになったな、ケト嬢は」

「そうかな?」

「ああ。何と言うか、従妹殿に似てきた」

「わたしあんなに頑固じゃないし」

「……どの口が言うんだか」


 口を挟んだいたずら小僧を睨むと、彼は口笛を吹いてあらぬ方を見ていた。小さく嘆息して、けれどケトはそれでこそジェスだと、くすくす笑った。


※次回は1/31(月)の更新になります。

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