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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第二章 新米侍女は掴めない
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彼のことが、掴めない その6


 薄々気付いていたのだ。コーティは侍女の仕事を何も知らないということに。


「まあほら。最初はあたしたちみたいにいろんな職場を回るから、そこで身につけるはずなんだけどさ。コーティはそういうの一切なしで引っ張られちゃったからね」

「……一応、病室を出る前に教えていただいたはずなのですが。ちょっと主に常識がなさ過ぎまして」


 一口に使用人と言っても実に様々。そして、ライラの話によれば、侍女と呼ばれるのはごく一部の選ばれし者らしい。


「そもそもの話、侍女自体が使用人の憧れみたいなものだから。それこそ王族の方々の専属侍女なんて、本人だってある程度の家柄がないとなれないはずなんだよ」

「……それも、知りませんでした」

「どこか力のある家の娘。確か、前国王陛下の時は伯爵家のご令嬢様だったかなあ。後は当時の騎士団長の娘さんとか。他にも何人かいたけど、みんな立派な家の人」

「……その中で、何処の出かも分からない女が殿下の侍女になった、と。確かに驚かれる訳です」


 つまり、王子のお気に入りがどうこうももちろんではあるものの、家柄のことも問題にされていた訳だ。ロザリーヌがうんうん悩んでいた理由がようやく分かった。確かに王族の側仕えがちゃらんぽらんしていたなら、それはそれで問題になりそうだし。

 ライラの話によれば、侍女の本分は主の身の回りのお世話なのだとか。そこはコーティの認識と変わらない。


「身の回りの世話……。ほとんどしてませんね、私」


 彼は勝手に着替えてくるし、昼食は届けられたものを適当につまむし。夕方に執務室の鍵を閉めた後、ルイスが何をしているかコーティはとんと知らない。


「それもう職場の上司と部下みたいだね」

「……反論できません」

「殿下とちゃんと話はした? 絶対聞いた方がいいよ、私は何をすればいいんですかって」


 王子とちゃんと話をしろと。先日ロザリーヌに言われたことを、ライラにも言われてしまった。

 甘くて苦い朝食を終えて、再び大通りへ。喫茶店を出て、少しずつ賑わい出した道を歩きながら、コーティはなんだか不安になってきてしまった。


「書類を運ぶとかはしたんですが……。あとはこの義手の実験に付き合ったりも」

「……苦労してるねえ、コーティ」


 なんだか言い訳をしているような気分になってきてしまった。


「そもそもあの人のお傍にいるのって、マティアス様くらいですよ。他の人は交代制ですし」

「コーティ、やっぱり知らなかったかあ……。人間嫌いの≪我儘王子≫で有名なんだよ、うちの王子殿下って」

「それはまあ……、薄々感じてはいましたが……」


 訂正。この間、本人が胸を張って言っていた。


「これまで何人か侍女さんついてたことあるらしいんだけど、みんな配置換えされちゃったんだって」

「……それは初耳です」

「執事さんも同じで、全然寄せ付けないし。……マティアス様だけだよね、昔からいらっしゃるの」


 ――人間は嫌いだ。すぐ裏切るから。


 そう言ってのけたルイスの低音が耳によぎる。好きなものは魔法と機械。法則に則って、決まった答えを返してくれるから。彼はそんなことを言っていた。


「そんな殿下が、突然侍女だよ? そりゃもうみんな大騒ぎよ」


 納得した。

 人嫌いのはずの王子が近づけた侍女。それがまさかの平民出、しかも教会の女ときた。自分を見る奇異の視線は、そんな分不相応な人物を見るものだったのだろう。


「得体のしれない女が国の主に寄ってきたら、皆さん驚きますよね。普通」


 そう言うと、ライラがどこか気の毒そうにコーティの義手を見た。


「いやまあ、あたしの見立てでは……、いやあたしじゃなくてもすぐ分かる理由があったから」


 歯切れの悪い言葉に、思い当たるのは一つ。


「……もしかして、刺客から殿下を守り抜いた女を登用したことになっているとか?」

「そうじゃないかってもっぱらの噂。運命的じゃない? だからコーティは期待の星、玉の輿まっしぐらってね!」

「残念ながら、その期待には応えられませんね」


 王子が自分を傍に置いた理由。

 ロザリーヌも、そして王子本人も、自分と彼が似ていると言う。実感は中々湧かないけれど、それを前提にしてみよう。

 もしもコーティが彼に似ているのだとしたら、自分だったらどう考えるか、というのが一つの手がかりになるはずだから。


 ……きっと命を救われた云々より、弱みを掴んだからという理由の方が大きいのだろう。自分の判断基準ならそうなるはずだ。


 打倒≪白猫≫。他の人に知られた時点でコーティが詰んでしまう、けれど成し遂げねばならぬ使命。

 それを彼に知られた現状、コーティは王子の言いなりになるしかない。すなわち、きっと玉の輿以前の問題だ。実際、「≪白猫≫討伐まで裏切れないだろう」と彼自身言っていたではないか。

 うん。いずれにせよ、彼の元を追い出されたときのことも視野に入れておくべきだろう。それがきっと、自分と彼の適切な距離感だ。


 ライラとてコーティが異性とのつきあいに疎いことを察していたのだろう。「やっぱりコーティはそういうの好まないよねー」と笑っていた。


「でもほら、これから服屋に行くんだしさ。目いっぱいオシャレしておけば、王子様もびっくりするかも!」

「いえ、びっくりさせる必要は……」

「『俺のコーティはこんなにかわいかったのか! 結婚してくれ!』なんてキャー!」

「ライラ、ライラ。声が大きいです……」


 ここは王城に続く大通り。すなわち王都でも特に栄えた一番街。

 午前も既にいい時間なのだから、人通りの多さたるや推して知るべし。その中で騒がれたらたまったものじゃない。ついでにコーティは義手、ただでさえ人目を集めるのだ。チクチク視線に刺されてしまって、思わず肩を縮こめてしまった。


「ふへへ、ごめんね」

「……」

「あ、コーティ赤くなった。かっわいー!」


 ほら、露店のおじさんが笑ってる。買い物鞄をぶら下げたおばさん二人が「やあねえ、最近の若い子は」とこっちを見ている。非番の騎士だろうか、仕立てのいい服の四人組が顔を見合わせている。香水を売っている商人らしき人が「安いよ!」と騒ぎたてる。外套をかぶった小柄な冒険者二人が城の方へと通り過ぎていく。


「……ん?」

「どしたの?」

「いえ……」


 喧騒の中、ふと気になって足を止める。別に何がという訳でもなく、強いて言葉にするならば、ただ直感がそうさせた。

 振り向いて、違和感の原因を探す。


「……あの子たち」

「どしたんコーティ?」


 振り向いた視線の先、先程すれ違った小柄な二人組の後ろ姿を見る。

 春も終わりの今、あんなに着込んで暑くないのか、という違和感はともかくとして。


「あんなに幼い子が、剣を……?」


 右の少年はまあ新米冒険者と言って差し支えない雰囲気と言えるだろう。背中に斜めに背負ったロングソードが体格に比べて少し大きく思えるが、別段おかしな点はない。

 問題は左の子供で、コーティはその小さな背中に目を凝らす。フードを深々と被っているので男か女かパッと見は分からないけれど、冒険者というにはあまりに身長が低い。いくらなんでも幼すぎやしないだろうか。にもかかわらず、外套の下に剣を携えているのが見て取れた。マントに隠されてはいるものの、あれはロングソードとか、両手剣の類だろう。


「まあ、王都と言っても貧富の差はあるからね……」


 コーティが何を見ているのか気付いたのだろう。隣のライラも神妙な面持ちをしていた。


「そんなに多くはないけど、年齢を偽って冒険者になる子供もいるみたい。……ほら、冒険者って日銭を稼ぐにはもってこいの仕事だから。その日を暮らすのがやっとの子にとっては、ほんと命綱なんだよ」

「そうなんですね……」


 上の空で返事を返しながら、コーティはじっと一点を見つめた。

 同僚の言うことも分からなくはない。事実、故郷のマイロでもそういう子は見かけたことがある。


「……でも、あれは違う」


 気のせいだと思おうとして、失敗した。

 滲み出る雰囲気が、どう見ても素人のそれとは思えないのだ。それはもう、小さな背中が雑踏の中に消えてからも、しばらく視線で探してしまう程に。


 しびれを切らしたのだろう。隣で「早く服屋行こーよ」と同僚が騒いだので、コーティは子供が消えた雑踏から目を離して、ライラの後に続いた。


「あんな子も、いるものなんですね……」


 無意味に義手に力を込めて、小さな魔法を展開。カチンと金属板を閉じてみる。

 慣れ切った魔法が何故かざらついて、やはり違和感は拭えなかった。


     *


「……怪しまれた」


 ぼそりとケトは呟く。隣のジェスは視線を前から外さないまま短く答えた。


「どこだ?」

「真後ろの女の人、二人組……。振り返らないでよ、ジェス?」

「しねえよ」

「……あ、歩き出した。大丈夫そう」


 ホッと肩の力を抜いて、二人しばし無言で歩みを進める。ジェスが様子を伺いつつ、そっと問いかけた。


「……歩くだけで冷や冷やものだな、ミヤ」

「いつどこに誰がいるか分からないのはちょっとねえ」


 ジェスの「ミヤ」呼びにも、だいぶ違和感はなくなってきたように思う。ちらっと隣の少年を見ながらケトは思う。

 実際、ここ王都において、ケト・ハウゼンという本名より≪白猫≫の二つ名の方がずっと広まっていることを考えれば、そこまで気にする必要はないのかもしれない。でもそこで気を抜く程、二人とも甘くないのだ。


「≪影法師(シルエット)≫じゃないのか?」

「≪影法師≫なら、ずっと前からわたしたちのこと見てるよ?」

「うそっ!?」


 ジェスが慌てて口元を押さえたものの、ケトは放っておくことにした。これだけ人通りがあるのだ。隠密が通行人に紛れて見ていて当然ではあるのだ。


 隠密、偵察、工作、扇動。国の暗部を煮詰めて固めたような≪影法師≫も、ケトにとっては取り立てて警戒する対象になりえない。宿にしている王都の冒険者ギルドから出た時点で視線は感じていたものの、別に気にはならなかった。

 自分の存在がどのようなものか、ケトはちゃんと理解している。だから監視がついていない方が、逆に勘ぐってしまうのだ。


 城にはまっすぐ向かわずに、少し離れたところで脇道へ。角を曲がる直前にフードをほんの少しだけ持ち上げて、ケトは北の城門を見てみた。


「北門、直したんだね……」

「前にミヤが大穴開けたんだっけ?」


 三年前に自らの手で突破した大門とその手前の堀。当時は本当に必死で、周囲の様子を見ている余裕なんて欠片もなかったから、(そび)え立つ城門は何だか新鮮だ。その前の検査でも城の門は見たけれど、あれは確か南門。平時の北門を見るのは初めてだ。

 路地裏に入れば人通りも一気に減る。背の高い建物を縫うように、いくつか角を曲がる。道はもらった手紙を見て頭に叩き込んできたから、取り立てて迷うこともなく指定された場所へ。


 やがて、ケトは道の真ん中で立ち止まった。人影の見えない、何の変哲もない路地の一角、けれど少女の感覚は周囲を囲む人間の存在を敏感に察知する。

 ジェスがその少し前に立って、肩に背負った剣の柄に触れていた。強張った肩が、彼の緊張を示しているように見えて、ケトはその背中に声をかける。


「緊張しなくても大丈夫だよ、ジェス」

「そうは言うけどさ。ミヤに傷一つ付けられてみろよ。お前の姉さんにこってり絞られるに決まってる」

「ふふっ」


 その様子を想像して、ケトは笑ってしまった。

 今や十五になった彼も、昔は孤児院を出るまで院長先生に叱られっぱなしだった。その後はケトの姉に叱られっぱなし。それもこれもケトの隣にいるからではあるのだが、彼は頑なにその座を譲ろうとしない。


 そんな二人に、真後ろから近寄る影が一つあった。どこにでもいそうな、印象の残らない男。彼はゆっくりと歩み寄ると、その手を少女の肩へと伸ばす。


「久しぶりだな、ミヤ嬢」


 ケトは勢いよく振り返って、その顔を確かめる。先程から感じ取っていた視線の一つだ。


「コンラッドさん!」

「三年ぶりか、いやあ随分大きくなったな」


 かつて国中から追われるケトを守った隠密。黒ローブの男、コンラッドが少女の頭をポンポンと叩いていた。一気に破顔した彼は、三年という時間の分だけ精悍さを増している気がした。

 ちなみにジェスは全く気付かなかったようで、目を丸くして固まっていて。それを合図に、路地裏は≪影法師≫たちの姿で溢れたのであった。


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