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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第二章 新米侍女は掴めない
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彼のことが、掴めない その5


 同室の新米使用人ライラ・バッフェは、朝にめっぽう弱い。

 いつだって毛布にくるまって、もうちょっと、あとちょっと。逆に夜は遅くまでおしゃべりしたがるので、完全に夜型人間なのだろうと、少なくともコーティはそう思っていた。


「コーティ、コーティ!」

「んん……?」

「起きろー朝だぞ!」

「……ライラ?」


 だが、その日は様子が違ったらしい。ゆさゆさと揺さぶられて目を開けたコーティは、いつもの軽い幻肢痛に眉をひそめながら、上体を起こす。

 まさか、ライラに起こされるなんて。寝起きの視界には、ふわふわ髪の同僚の顔。その向こうから差し込む日差しの角度を見る。


「あれ、寝坊しましたか……?」

「ううん? いつもよりまだ早いくらい」


 朝食前に駆け足と水やりをこなし始めたコーティですら、普段なら布団の中にいる時間だ。働かない頭でボケっとライラを見つめると、彼女はふへへと笑った。


「コーティの寝起きなんてはじめて見たかも」

「……やめてください」


 もぞもぞと毛布を被りなおす。いつもは寝坊寸前のライラをコーティが起こしているから、普段と立場が逆転している気がしないでもない。でも眠いものは眠いのでしょうがない。

 あと筋肉痛が辛い。仕事に加えて日々の鍛錬にも参加させてもらっている毎日なのだ。少しずつ負荷を増やしているから、慢性的に体が痛いのは当然だった。


「ちょっとコーティ! どうして引っ込んじゃうの」

「眠いです。あと体痛い……」

「もう。そんなこと言ってると、売り切れちゃうぞ」

「んん……?」


 何の話だろう。

 どうせ今日だって、駆け足ついでに水やりして、制服に着替えて、食事をとって。そうしたらまた≪我儘王子≫の元へ馳せ参じるのだ。今日も振り回されそうだし、寝られるときに寝ておくのが賢明というもの……。

 そこまで考えた時に、ふと思い出した。


「あ、今日休みでした」

「忘れてたんかい!」

「寝ぼけてました」


 そうだった。今日は週に一度の安息日。一部を除き、大半の使用人もお休みだ。

 例に漏れず、コーティも王子から「明日休みでいいよ。俺も休みだしふへへへ」と申しつかっていた。毎日開店休業状態の彼が何を言うか、と内心突っ込んだのは秘密だ。

 よくよく考えると、休みの日こそ身の回りのお世話をする侍女の出番なのではなかろうか、とも思うのだが。まあ、細かいことは気にしない。休めるのはありがたいので良しとする。


 でもって、目をキラキラさせたライラから、町に出ようと誘われているのである。


「流石に、こんなに朝早いとは思っていませんでした……」

「一番街に喫茶店ができたって言ったでしょ。開店した瞬間つっこむよ!」


 そんな笑顔で言われてしまえば、コーティには断ることもできやしない。まあこんな日があってもいいかと、布団を引っぺがされながら侍女は思ったのであった。


     *


「こいつぁ予想外ですぜ、お嬢さん」

「……やめてください」

「これじゃ地味じみ子だ。せめてあたしの服貸してあげられたらよかったのに」

「合わないんです……」


 残念ながら、同僚の服はあちこちがぶかぶかだった。断じてコーティの体形が貧相な訳ではない。ライラがけしからんだけである。


「これはこれで辛いんだよ? 出来合いの服が大体キツいから」

「……」


 その結果がこれ。

 コーティは外に出る服をほとんど持っていなかったのである。とても地味な薄いグレーのワンピースに、王都に来るときに使った外着、これしかない。とにかく着替えて城から出てみたものの、大通りに出たコーティは、確かに色とりどりの服に囲まれていた。まるで色彩の洪水だ。


「せっかくだし、後で呉服屋も行かなきゃね!」

「なんか、すみません」

「何を言うかい。無垢な子を自分色に染め上げる。こんな喜びが他にありますか!」

 

 だがその前に朝ごはんと、ライラはわざとらしくお腹を押さえて見せる。


 コーティは喫茶店なるものに縁がない。

 生まれ故郷の港町マイロで見た記憶はないし、教会の信徒となってからはそこまで町を出歩くこともなかった。たまに食堂くらい行きはしたが、おそらく喫茶店なるものとは別だろう。


「喫茶店って、食堂と何が違うんですか?」

「食堂はご飯食べるところ、喫茶店はお茶を飲むところ」

「はあ……」


 お茶ならお城で侍女が良く淹れているではないか。そう考えてふと気付く。

 そういえばコーティは王子にお茶を淹れたことがない。側仕えというからには、紅茶の一杯でもお出ししなくてはいけない気がする。この腕でうまく淹れられるかどうか、気が向いたら今度試してみようか。


「最近、コーヒーっていう飲み物が流行ってるの」

「こーひー」

「そう。何でも西の国では紅茶代わりに飲まれてるんだってさ!」


 なるほど、最近西にある大国の使者が城に来ているんだっけ? どうやらそこからの輸入品の一種らしい。道理で聞き覚えがない訳だ。


「ほら、ネルガンとの国交問題って、なんか偉い人たちがずっと悩んでるらしいじゃん。大っぴらに交易できるようになればまた変わるんだろうけど……」


 それが何を意味するかは、続くライラの言葉が物語っていた。


「つまり、コーヒーの入ってくる量は限られてるんだってさ。今から行くところはなんと一日限定五十杯! 隣部屋のエイダがこの間行ってきたらしいの!」


 その浮足立つ口調に、コーティの中で何かがかちりと噛み合った気がした。


「……だから早起きしたんですね、私たち」

「そのとーり! 売り切れる前に突っ込むよ!」

「おいしいんですか、それ?」

「さあ?」


 分かんないから試しに行くんじゃん! と笑顔で言いきられてしまっては、コーティも頷くしかなかった。


     *


 感想。


「これは、砂糖の貴重さとミルクの素晴らしさを確認するための飲み物です」

「回りくどいけど、コーティが言いたいことは分かる……」


 苦い、とても苦い。それはもう、とんでもない苦さである。普段飲む紅茶とは全く異なる風味に、二人して目を白黒させてしまった。

 匂いは嫌いではないのだが、如何せん見た目は真っ黒で味もものすごい。西の人たちは本当にこれをごくごく飲んでいるのだろうか。向こうで流行っている気つけ薬とかではないのか。


 しかし頼んでしまった以上はとにかく何とかしなければと、添えられていた砂糖とミルクを入れたらとても飲みやすくなった。どちらも偉大である。そして、発見がもう一つ。


「甘いものに合うねこれ」

「はい。これは良いものです」


 二人の前の平皿には、クラップフェンなる食べ物。王都で昔から人気のあるお菓子である。

 よく見るそれは、言うなれば揚げパンに砂糖をまぶしたもの。だが、やはりそこは流行りの喫茶店、陶器の皿に綺麗に盛り付けられたそれには、滑らかなクリームとアプリコットのジャムが添えられていて、ライラが痛く感動したものだ。もぐもぐとせわしなく口を動かしながら、彼女は問いかける。


「それで? どうなのさ」

「何がです?」

「決まってるでしょ、お仕事のこと!」


 どうなの、と聞かれると何とも悩ましい。この間のロザリーヌからの助言を思い出しつつ、自分自身に問いかけてみる。実際、今の状況を自分はどう思っているんだろうか。


「退屈はしませんね」

「ほうほう。どんなことするの?」

「ええと……」


 彼の傍で何をしたか、ロザリーヌとも似たような会話をしたなあと思い出す。


「義手をもらったり、会議をサボったり、お使いに出されたり、近衛騎士の方と手合わせしたり」

「んん? お仕事……?」

「そういえば、先日はちゃんと掃除もしました」

「そういえばって……。一応聞くけど、本当に侍女として仕えてるんだよね……?」


 ライラに声を潜めて言われたことは、まさしくコーティにとっても疑問の一つなのだ。この数日、侍女らしいことはそこまでしていないのだ。

 そもそも、主はコーティに侍女を求めていない、そんな気がしてならない。別に何か根拠がある訳ではなく、ただ直感としてそう思う。だからこそ、昼食会で上司に問いかけた「何を求めているのか」という疑問に至るのである。


「ライラ。ちょっと聞いてもいいですか?」

「もぐもぐ……。何さ、改まって」

「侍女って、普通は何するものなんですか?」

「ほわっ?」


 向かいの席で、ライラが思い切り目を丸くしていた。


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