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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第二章 新米侍女は掴めない
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二本の指では、掴めない その8


 で、どうだったよ。

 それが、ルイスが発した第一声だった。手合わせの後、コーティを雑用で執務室の外に追い出した隙を縫っての問いかけである。


「どう、ですか……」


 対するマティアスも、先程の模擬戦で使った剣の手入れをしながら静かに答える。


「何と言うべきか……。ああいうのを指して天才と呼ぶのでしょう」

「へえ?」


 ルイスは口元が吊り上がるのを我慢できない。そんな主に気付いているのかいないのか、護衛の騎士は考え込みながら、言葉を探しているようだった。


「利き腕を失った上に、鈍った体であの動き。そしてまだ慣れていないはずの義手の活用方法。……まったくもって、器用な娘です。正直、私の予想をはるかに超えてきました」


 加えて、と騎士は続ける。


「何よりもあの魔法、とんでもない制御だ。もしもうちの騎士団に放り込んだとしたら、すぐに頭角を現すはずです。魔法制御の腕だけ見れば、恐らく一、二を争う逸材になるんじゃないか。私はそう思いますがね」

「……」


 そこでマティアスは思い返すように、自分の右足を見下ろした。

 先程侍女がとった回避行動。あんな魔法の使い方を見たのは、二人とも初めてだったのだ。


「自分の足元に衝撃波を出力し、その圧力で跳び上がる。こんな真似ができる人が、果たして何人いると?」


 王子は王子で腕を組む。男が二人して、自分の右足をじっと眺める時間が流れた。


「あくまで素人考えだが。位置が少しでもずれたら失敗、出力が少しでもぶれたら失敗。そして何より効率を極限まで上げないと足の裏を焦がして失敗」

「まさにおっしゃる通りです。彼女はその緻密な制御を、戦闘中、咄嗟の判断でやってのけている。しかも第四世代の魔法陣で。……あれが教会の訓練の賜物(たまもの)なのか、それとも天性の才か。私は未だに自分の目が信じられません」


 ルイスは机の上の箱に手をやった。これは先程、模擬戦帰りに彼女が自室から取ってきた代物だ。


 箱の脇から飛び出す、細長くて尖った錘を掴んで引き出してみる。その根元に括り付けられた糸が、するすると抵抗なく伸びていった。

 コーティ曰く、≪鋼糸弦(ドラート)≫と言って、教会でごく一部の戦闘員が使っているものなのだそうだ。現にルイスも、三年前の争乱時にこの武器を使っていた教徒の噂は聞いたことがある。


 それ一つで最先端の技術の結晶である細い合金の芯材。ルイスが義手の動力伝達用に使ったワイヤーとよく似たものを撚って作るらしい。とんでもなく癖があり、とんでもなく高価で、とんでもなく寿命が短い、しかし使いこなせればとんでもなく頼りになる武器。

 それを扱えるというのなら、コーティは教会内でもかなりの評価を受けていたのだろう。


「やるじゃんあいつ」


 引っ張ったり、巻き取ったり。錘を手で投げるというのがなんとも前時代的だ。何かいい方法はないだろうか。

 そんなことを考えつつ、戦士としての彼女に評価を下したルイス。けれどそんな彼を諫めるかのように、マティアスの声が硬く響いた。


「彼女は何と戦うつもりなんでしょうね、殿下」


 思ったよりも硬い護衛の声。ルイスは彼の方を見て、ふと思い至った。

 ああなるほど、どうやらマティアスは忠告しているらしい。一応は王子のお目付け役を担う近衛隊長。王子の我儘の度が過ぎれば、止めるのもまた彼の仕事だ。

 信用しすぎるなと、あの侍女は何を考えているか分かったものではないぞと。彼はそう言いたいのだ。


 彼の職務を考えれば、至極もっともな忠告ではあった。背もたれを軋ませて、ルイスは何と言うべきか悩む。


「安心していいぞマティアス。少なくとも当分、あいつが俺に刃を向けることはないよ。この武器も、こないだロザリーヌに申告したらしいし」

「戦後に武装解除命令を受けた教会信徒でありながら、武器を隠し持っていた時点で、彼女は黒でしょう」

「でも、コーティが介入してくれなかったら俺死んでたしなあ」

「だから教皇アキリーズ殿に抗議を入れなかったんです。彼女は殿下に感謝すべきだ」


 それなり以上に腕が立つ、教会の元戦闘員。なぜか王子の側近となり、城に自前の武器まで持ち込んでいる。


 そんな不審な言動がすべて腑に落ちる、彼女が隠し続ける真の目的。偶然が重なったとはいえ、知ってしまったことがおかしいし、ついでに言うならマティアスの警戒があながち間違いだとも言い切れないのも皮肉だ。

 もちろんそれを馬鹿正直にマティアスに言う訳にはいかないので、ルイスは誤魔化すことにする。


「心配するなよ。これでも俺、あいつの弱みは掴んでいるからさ」

「……」


 剣を布で拭っていた彼の手が止まった。普段から小言の絶えないマティアスだが、あまり怒りの感情を表に出すことは少ない。そんな彼が珍しく王子に厳しい目線を向けていた。


「なぜそのような大事を黙ってるんですか」

「いやあ大丈夫だって。あいつは当分俺に従順だから」


 苦虫を噛み潰したような、近衛隊長の顔。そこはかとなく申し訳なさを感じる。


「答えになっていませんし、従順と言うには、彼女は中々に毒舌が過ぎるように思えますが。……その言い方ですと、理由は教えていただけないんですね?」

「悪い、昨日あいつと取引をしてな。言ったら契約違反になっちまうんだ。ま、どうせマティアスには隠し通せないとは思うが、余計な詮索はするなよ?」


 マティアスはこれ見よがしに、深々と息を吐いて見せた。


「殿下、あなたも大概天才の部類ですよ」

「はっ、馬鹿言え」


 肩を落とした彼。言うなら今だろう。


「時にマティアス」

「はい」

「お前これから、近衛隊の稽古にあいつを入れてやれ」

「誰と戦うかも教えていただけないのに、技術を授けろと?」


 ルイスは肩をすくめた。

 あの侍女、一見頭が良いようで案外抜けている。マティアスならば、その気になればすぐに気づいてしまうはずだった。


「なあに、きっとお前ならすぐに分かるはずだ。見た感じ左手でも武器は扱るようだから、第五世代魔法の基礎理論を最優先に。あいつは既に第四世代を自在に使いこなせるし、教えてやればコツをつかむのも早いと思うぞ」

「……はあ。相変わらず我儘ですね、うちの主人は」


 しばらく黙り込み、手入れを終えた訓練剣を鞘に納めてから。仕方ないと言わんばかりに首を振って、マティアスは「御意」と答えてみせた。


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