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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第九章 革命の≪五本指≫ 後編
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かくして反撃の狼煙は上がる その8


 暦の上では秋に入ったとは言え、気温はまだまだ高めの初秋の早朝。一日の始まりを告げる日差しが差し込む、ほんの少し前のこと。


 カーライル王国が誇る王城カルネリア、その本城と南門の間。水の枯れた噴水が目立つ中央庭園には、目の下に濃い隈をつくった貴族たちの姿があった。そこだけ見ればちょっとした式典でも始まりそうな雰囲気ではあるが、それにしては上品さが足りないず、そこはかとない泥臭さが漂っていた。


 当然だった。今のこの国にとって気品やしきたりなど二の次なのだから。

 今もなお、城中が動き続けている。庭園の両脇の道にはずらりと長距離移動用の馬車が並び、遠くでは使用人と騎士たちが物資を積み込んでいる真っ最中。兵器庫も食糧庫も、扉は大きく開け放たれたままで、中のわあわあがなり立てる声は中庭まで響いている。城を囲む壁の上では多くの騎士が昨日の騒動の後片づけを始めているが、少女に投げ落とされた魔導砲は今も地面にめり込んだままだ。そんな人々に向けた炊き出しは外に引っ張り出した大鍋でひとまとめにして。騎士に混じって貴族の子弟や使用人が肩を寄せ合い並ぶのはもう少し先の話だろう。今はまだ、素朴な匂いを漂わせている段階だ。


 そんな喧騒に包まれた、その中央に、二人の娘がいた。


 一人は銀髪の少女。この国の人間なら誰もが知っている、≪白猫≫の娘。

 腰元には魔法の剣を携え、朝の風に長髪を靡かせるその姿は、伝説の化け物というよりも年若い冒険者といった風情だ。隣に置かれているのは娘の体よりも大きな背負いカバン。中に詰まっているのは、薬と包帯の数々。マイロで粘っているみんなへのお土産である。もちろん浄水の詰まった容器と、割れないようにするための緩衝材もたんまり。


 もう片方は緩いおさげ髪の侍女。昨日嵐のように現れて、城中の話題を攫って行った娘だ。

 こちらは侍女のお仕着せに白い肩マントを羽織った姿。追い紐で背負う魔導小銃は錘を飛ばす特殊仕様。お仕着せの上から張り巡らされたベルトには、各所に装備が括り付けられている。

 その右手では艶消し塗装の施された五本指の義手が滑らかに動き、胸元には金の王印が輝いていた。彼女の移り変わる立ち位置を明確に示す証は、気付いた貴族たちに度肝を抜かせるのに十分だった。ある者は目をこれでもかと見開き、またある者は「こいつやりやがった」と呆れた顔を王子に向けさせる、そんな代物である。


 そして、二人の娘と向かい合う男がいる。この国で最も王に近い男だった。


「時間がないんで、まどろっこしい修飾語はなしだ」


 生来の気の弱さも、今ばかりは似合わない。残暑の残る風に亜麻色の癖っ毛を揺らした彼は、王の威厳をもって言う。


「これより、我々はネルガンとの交渉再開を目的とした作戦を開始する」


 特徴的な青い瞳。目元の薄い隈など吹き飛ばすように、その瞳は爛々と輝く。


「知っての通り、状況はこれ以上なく厳しい。ネルガンは既に宣戦を布告し、侵攻を躊躇しない。事実上の戦争状態である以上、まともにやり合っては未来がない。そのため、最優先目標は敵迎撃ではなく交渉再開とする」


 貴族も騎士も、使用人たちも、揃う面々の表情は、誰もが重々しく、そして決意を顔に宿していた。やれることはすべてやったという疲労感と、正真正銘これが最後の足掻きであるという認識のせいだった。


「派遣する使節団は二陣に分ける。まずは先遣隊二名、人数を最低限に絞り、最速で向かってもらう。そして翌日に本隊三百二十六名、こちらは本命の交渉団。いずれも使者を中核に戦闘部隊が護衛につく」


 そこで並び立つ二人に王子は目を向ける。


「ケト・ハウゼン嬢」

「なあに?」

「我々との対話に応じてくれたこと、そして我々の願いに賛同してくれたこと、国を代表してまずは礼を言う。……君と話せてよかったよ」

「わたしこそ。三年もかかっちゃったけど、ちゃんとお話してくれてありがとう。そして、マイロを守りたいってお願いに応えてくれたことも、ありがとう」


 残暑厳しいこの街の風にも、ほんのり混ざり始めた秋の色。ずっと見ていた夢から覚めたかのように、季節は華やかな夏から落ち着いた秋に移り変わっていく。


「そんな君に、我が国は協力を要請する」

「何を望む? シアおねえちゃんの弟さん」

「先遣隊の一名として、マイロへ急行してもらいたい。これ以上のネルガン侵攻を阻止し、もう一人の護衛を。君の力を十全に発揮して上陸部隊を突破、使者を侵略者の中心へ導いてくれ。責任はすべて俺の名で取る、思う存分暴れてほしい」


 ケトは、目を閉じて小さく深呼吸。再び銀の目を見開いた。


「分かった。それで守る道が拓けるのなら、やれるだけやってみる」

「ありがとう」


 深く頭を下げたのはルイス王子の方だった。ケトが頷いて微笑むと、王子も答えるように表情を緩めてから、もう一人の方へと体を向けた。


「≪五本指≫、コーティ・フェンダート」

「はい」


 つい昨日使われ始めた侍女の綽名は、たった一晩の間に驚くべき速度で広がっていた。

 この国において、≪白猫≫と対を為す存在。ルイス王子を表舞台に引きずり出した、唯一無二の専属侍女。


 主君が侍女に向ける視線には、これまではなかった熱が混じっていた。

 隠すのをやめた恋情の色。本当にこの人は猫を被るのが上手だったんだなと、周囲の人々に納得させる目に、侍女はくすりと微笑み返した。


「君を、カーライル代表使節団の特使に任じる。交渉に際して付与する権限は俺に準じたものとし、君に渡した王印が立場と身分を保証するものとなる」

「は」

「先遣隊のもう一人として、≪白猫≫と共にマイロへ先行せよ。現地の民との協力体制を構築し、侵攻作戦の開始と同時に敵上陸部隊へ突入。彼らに我々の要求を直接叩きつけろ」


 しんと静まり返った庭園に、王子の声が響き渡る。


「ネルガン海軍は本日中、もしくは明朝には侵略行動を再開させると予想される。距離的制約から我が国の騎士本隊による迎撃が間に合わない以上、侵攻第一波は最低限の人員と装備で撃退する必要があるが、ここから送れるのは≪白猫≫ともう一人が限界という有様だ」


 王子はそこで、並び立つ二人を見つめる。「だから」と続く言葉は、酷く重く響き渡った。


「君たち二人で、一日を紡げ」


 先遣隊などと、ルイスは大仰な言い方をするけれど。

 要は本隊がマイロにたどり着くまでの丸一日。コーティとケトは、二人で町一つを守ることになるのだ。


「戦線を維持することができれば、次の状況がどうなろうとも対応の選択肢が一気に広がる。今後の動きも格段に取りやすくなるはずだ。なんとかそれまで、敵の侵攻を遅らせてくれ」


 言葉の上では、無茶もいいところの指示。けれど口を挟む者はどこにもいない。冗談のような夢物語を現実に落とし込む術は、ルイス自身の手によって既に描き出されている。あとは、ただやるだけ。


「いいか二人とも。君たち先遣隊にとって、交渉の成否は重要ではない。必要なのはただ一つ、我々が願う未来を異国の司令部に知ってもらうことだ。彼らと直接顔を合わせて話をする、その時点で目的は達成される」


 コーティが一つ頷き、ケトは胸を張った。


「俺たちの敵は、情報操作と情報遮断を巧みに使って攻撃を仕掛けていると推測できる。その場しのぎのはったりは上手いようだが、嘘をつきすぎて帳尻が合わなくなりはじめた。上陸部隊の意思決定者に、その矛盾を突き付けてやれ」

「つまり、マイロを守りつつ、わたしたちの願いを伝えろ、ってこと」

「そうだ。守り、伝える。これはそういう作戦だ」


 そこで、ルイスの声色が変わった。微かな不安が表れた声だった。


「本隊の用意を整えるまで、どうしても一日が必要なんだ。それまで戦線を維持するのは至難の業だろう。厳しい戦いになる……そう分かって尚、俺には君たちに託すことしかできない」


 彼は深く頭を下げた。周囲で幾人かの貴族が、それに続いた。


「……こんな我儘を怒ってくれて構わない。けれど、どうか頼む。手を貸してくれ。この国のこれからを、俺は消したくない。そのためならなんだってやってやるよ」


 その言葉は、力を持たない彼自身の苦悩と、それでも責任と向き合おうとする彼の決意を感じさせて。


「謝る必要なんてないよ。わたしがお願いしたことだもの」

「助かる」

「任せて」


 ケトは姿勢を正して、言い切った。隣で力強く頷いてみせたコーティに、ルイスが静かに歩み寄った。


「……気をつけろよ」

「はい」

「俺も、すぐに追いつくから。それまで、マイロを頼む」

「はい。確かに、任されました」


 そっと王子は手を伸ばし、侍女の左手を握りしめた。不安混じりの、それでいて愛おしさを隠そうとしない、そんな視線を交わし合って。


「いってきます、ルイス様」

「いってらっしゃい、コーティ」


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