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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第二章 新米侍女は掴めない
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二本の指では、掴めない その4


 先程の女性が迷路と評した職人街。

 流石のコーティも、下町の地図なんて覚えていなかった。ここまで来ると土地勘も働かず、けれど、どちらかと言えばそのごちゃついた下町の方が、コーティにとっては気楽に思える。表通りはやはりなんというか、気が張るのだ。


「本当にここ……?」


 顔を上げたり下げたりして、殴り書きの地図と辺りの風景を見比べる。

 街のはずれの狭い道。両脇から張り出した二階建ての建物の間には綱が何本も渡されていて、干された洗濯物が風になびく。道は石畳から踏み固められた土に変わり、くすんだ木の板に書かれた店名が、素朴な建物を時折店に変えていた。


「……工房、と言っていましたよね、殿下」


 そんな一角に鎮座する、小ぶりな鍛冶屋らしき建物。流石に周囲の建物とは道を隔てているとはいえ、こんな密集した場所に鍛冶屋なんて大丈夫なんだろうか。煙突だけは立派だけれど、扉には呼び鈴すらなかったので、トントンと左手でドアを叩いてみた。


「ごめんください」


 返事はない。煙突から煙が立ち上っているところを見るに、主はいるように思えるのだが。

 しばらく待ってから、コーティはもう一度ドアに手を伸ばした。


「ごめんくださ……」

「聞こえとるわ!」


 突然ドアが開き、中からすすだらけの老人が顔を出した。戸口からは一緒に籠った熱が噴き出して、コーティは思い切りのけぞる。


「なんだ、昼間っからやかましい」

「あの。ここがフォルジ様の工房だとお聞きして来たんですが……」

「うん? 客ならとっとと入らんかい」


 そう言うや否や、老人は家の中に引っ込んだ。ついでにドアも目の前で閉められてしまった。入れる気あるんだろうかとため息をついて、侍女はドアノブに手をかける。


 部屋の中は薄暗かった。

 中央の大きな炉が辺りをこうこうと照らしていて、加えて複数の魔導ランプが光を投げかける。その表面のガラスはすすけているし、奥の棚で何かをかき集めている男の白髪もすすけていた。


「で、何用だ、娘」

「ルイス王子殿下の使いで参りました。試作してもらいたいものがあると」

「あの坊主の件か。あやつは機械いじりより国いじりをすべきだろうに。……ん?」


 一国の王子に対して、まさかの坊主呼ばわりだった。大丈夫なのだろうか、と自分のことを棚に上げたコーティだったが、男は気にせず片眉を上げる。


「……ほう、なるほど。あの義手はお前さん用か」

「え?」

「あの坊主ときたら、ガラクタの図面を持ってきては、公差五ミン未満にしてくれ、とか訳の分からんことを抜かしおった。我儘言うなと叱りつけたんだがなあ」


 訳の分からないことを抜かされているのはコーティの方だったが、困惑はおくびにも出さず、コーティは聞いてみた。


「もしかして、この義手はあなたが……?」

「いんや、儂は部品の加工と一部の動力管の溶接くらいでな。……設計、組付け、微調整。基本的なところは全部あの王子がやりおった。試行錯誤こそ醍醐味、とかなんとか言ってな」

「え」


 意外だった。この義手、てっきり王子はちょっと手伝ったくらいで、ほとんど誰かに作らせたのだと思いこんでいたから。まさか本当に彼が全部作っていた? 並大抵の技術でできるものではないと思うのだが。


「なんだお前さん、何も知らんのか」


 のしのしと寄ってきた男が、慣れた手つきで義手の関節を掴んだ。そのまま義手のあちこちに視線を走らせる。


「つけていて違和感は?」

「もちろんあります。今朝いただいたばかりで慣れていませんし」

「腕に痛みは?」

「それはありません」

「どれ、動かしてみい」


 開いたり、閉じたり。結局この腕でできる動作はこれだけで、しかも掴む力は調整できない。

 先程試しにペンを持とうとしたら、無常にも板と板の隙間からつるりと落ちていった。木のコップは持ち手に金属板をひっかけることしかできなかった。これでは中身が零れてしまう。


「それは当たり前だろうよ。自動義手の基礎理論から構築した上に、たったの三か月でとにかく形にすることを最優先としたんだからな。まあ、良くも悪くも想定通りの動きはしておるよ。……さて」


 腕を組んで、老人は義手からコーティに視線を移した。


「儂はフォルジ。まあ店の名前と同じだし、名乗るような者でもない。しがない技術屋だ」

「コルティナ・フェンダートです」

「ん? あの王子からはコーティと聞いとったが」

「……その名前で呼ばれることが多いので」


 なんとまあ、コーティの名前まで知られていた。もしかしてこの初老の男性は、あの王子と親しかったりするのだろうか。


「ではコーティとやら。今度の要件はなんだ。まさかその腕を見せに来ただけでもあるまい」

「はい。殿下から、これを渡すようにと」


 左手に持ったままのバスケットから、紙の束を取り出す。

 もちろん簡単にといかない。まずは左手を使って、義手にバケットの取っ手をひっかけ直して、落っこちてしまわぬよう腕自体を上に傾けて、今度は左手で籠の中に手を突っ込んで、紙の束を掴んで、取り出して。

 なんとも七面倒な流れが必要だ。こんなこと、右手があった時に気にしたことはなかったのに。


「お待たせしました。どうぞ」

「……確かに、こいつは改良の余地がありそうだな」


 それでも、籠を下ろさずに中身を取り出せるのだから、コーティは感謝しているのだ。


 ぶつくさ言いながら、片手で受け取った紙の束に視線を落とす老人。彼は紙を持つのとは反対の手でちょいちょいと指を伸ばした。その先に椅子があったので、一応左手ではたいてすすを払ってから、コーティは腰かける。


 辺りを見渡せば、コーティには使い方の分からない道具の数々。よく考えてみれば、コーティは工房なるものに来るのははじめてだ。これまで道具も武器も支給されたものを使っていた人間としては、その出どころなんて気にしたことがなかった。


 壁に架けられた大槌や火箸。革の手袋はとても厚手だし、やすり一つとっても驚くほどに種類がある。近くの木箱を覗き込んでみれば、大小さまざまな歯車とネジの数々。一体何に組み付けるのだろう。


「娘っ子」

「はい」


 呼ばれた方へ、顔を向ける。その向こうに、難しい顔をした技師の顔があった。


「これを見たか」

「ええまあ。殿下から目を通しておけと言われたので読みました。何かの図面のように見えましたが、詳しいことはさっぱり」


 そもそもコーティは機械やからくりに明るくない。面妖な図面も専門用語まみれの紙も、正直言って目が滑るだけだ。


「では聞くが」


 技師の目が、鋭さを伴ってこちらを見据えていた。


「お前さん、一体何と戦う気だ」

「……はい?」


 藪から棒に、何の話だ。コーティが疑問符を浮かべて見返すと、彼は続けた。


「これは新しい魔導義手の要素開発用の図面だ。確かに、今お前さんがつけているそれは突貫で作り上げたものだから、すぐにきちんと動かせるものを作り直すというのは分かる。元々、儂もそのつもりだったしな」

「……え?」

「だが儂はこんな異形の腕になるなど想像もしていなかった。てっきり五本指の、本来の腕のように使えるものになるのだと思っていた」


 確かに王子は「すぐに五本指にしてやるから」と言っていたっけ。なるほど、自分が渡したのは義手の図面だったのか、コーティは今更になって図面の中身を知ったのだが。

 ちょっと待ってほしい。異形ってなんだ。そんな話、自分は一言も聞いていない。


 技師が何かを伺うように、眉を顰めていた。


「……これが本当にお前さんの新しい手だというなら、娘っ子。こんなものをつけて戦わねばならない敵とはなんだ」


 息を飲む。想像もしていなかった問いかけ、想像もしていなかった使いの内容。

 部屋に戻るなり机にかじりついたルイスから受けた指令は、この書類を鍛冶屋に持っていけということだけ。確かに図面に目を通しはしたが、この妙ちきりんな線と丸が義手になるなんて、欠片も思いもしなかった。読み方すら分からない図面を必死に思い返してみたものの、指と思しき絵すら見た記憶はない。


 けれど、侍女にはピンときた。

 その図面に描かれている義手を見て、フォルジは戦闘用だという。そしてルイスは打倒≪白猫≫に協力すると言っていた。

 すなわち、この義手こそが≪白猫≫に対抗するための武器。王子はそれを作ろうとしているのではなかろうか。


 鍛冶屋にはそれが分かったのだろう。だから問いかけているのだ。腕のない侍女が、わざわざ専用の武装を作ってまで戦おうとしていることに気付いて、疑問を持っているのだ。


 いや本当に、そういう話は先に伝えておいてほしかった。回答なんて何も考えていないではないか。

 敵は何かと問いかけられて、すぐに答えられる人がどれくらいいるんだろう。まさか≪白猫≫と戦うのだとも言えず、コーティはそれらしい答えを探して頭を捻った。


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