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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第九章 革命の≪五本指≫ 後編
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侍女は少女に負けられない! その4


「まずは状況を整理しよう」


 新米侍女ライラ・バッフェは、コーティとルイスを先導しながらそう言った。灯りの消えた旧本城の廊下を歩きながらのことである。


「二国間会談が開かれているのは、執務棟の一階大広間。そこにはアルフレッド様が片っ端から声をかけて、王国中央評議会規模の出席者を集めてる」

「国政決定の主要人物は全員そこにいるって寸法か。月一の御前会議もびっくりじゃないか」

「ルイス様のおっしゃるとーり! 次の手に繋げる準備はばっちりってことです」


 えっへんと胸を張ったライラは、しかしそこで神妙な顔をしてみせた。


「けど、やっぱりそこには近衛隊がわんさかいるわけで。名目上は会場警備だけど、実際は」

「国の要人はすべて内通者側で押さえられているも同然、まあそういうつもりではいましたが……」

「そういうこと。≪六の塔≫襲撃の報だってとっくに伝わってるだろうし、この先コーティかルイス殿下どっちかが見られた段階で、あの人たちが飛び掛かってくるのは間違いない。つまり、二人がただ辿り着いただけじゃ取り押さえられて一巻のおしまいってこと」

「厄介ですね……」


 コーティは執務棟の地図を頭に思い浮かべて唸った。

 目標となる大広間の出入り口は二か所、大きな主扉が一つと、裏の通用扉が存在する。いくら広いとはいえ外とつながる経路も少ないのだから、塔の防衛に入っている数を除いたとしても、近衛の半数もいれば十分に守れる範疇だろう。

 どこぞの隠密よろしく、屋根裏でも使うか。というかそもそもあの高い天井の裏側に、入り込めるような隙間があるのだろうか。もしくは変装して潜り込むとか……いやいや馬鹿げてる。

 歩きながら考えた挙句、ルイスとコーティは同じ結論に至った。


「陽動が必要だ」

「陽動が必要ですね」


 ライラが目をぱちくりさせて、こちらを見ている。「似た者同士だ……」と呟くその声色は、なんだか残念そうなものを見る色が混じっていたが、ルイスは気にせずコーティの方に視線を向ける。


「どうするコーティ。俺に陽動なんぞできるだけの身体能力はないし、コーティはあの場の主役で手一杯……手が足りない。せめて猫の手を借りれたら……突入前に≪白猫≫と連絡を取れたりしないのか?」

「無理ですよ。あいつはあいつでやることありますし、突入前に合流の予定自体ありませんから。私たちでなんとかするしかないです」

「ちょっとちょっと!」


 むくれた顔で主従の間に分け入ったライラ。二人でキョトンと見返すと、新米侍女はこちらにずびしっと人差し指を突き付けていた。


「二人でイチャつくのに夢中で、あたしのこと忘れてない?」

「ライラ? イチャついてなどいませんが」

「嘘つけ。何のためにあたしがいると思ってるの。言ったでしょ、コーティを望む場所へ連れてってあげるって」


 隣でルイスが「……俺は?」と呟いていたが、コーティはライラの蜂蜜色を見つめるに忙しい。


「ですがライラ、広間前のエントランスはそれほど広くありません。あんな場所で防衛を固められたら、それこそ要塞みたいなものです。生半可な戦力では……。そもそもライラが戦うところなんて想像できませんし」

「ほら、すぐそうやって突っ走ろうとする」

「……?」


 疑問符を頭に浮かべると、ライラは不思議な目をして微笑んだ。なんだか慈しむような、そんな瞳だった。


「剣を持つ人はみんなそう。上手くいかないことがあると、すぐに剣を使いたがるの」

「それは……ですが相手方が武器を持っている以上は」


 それはまあ、一から十まで話し合いで解決出来たら、それに越したことはない。話し合っても折り合いがつかないからこそ、こんな状況になっている訳で。そういう時のために武力を使うのは当然の選択。むしろ武器を一つも持たない人間がいるなら、そいつの頭の中はお花畑でいっぱいに違いない。

 けれどそこで、ライラが立ち止まった。コーティとルイスを交互に見てから、背筋を伸ばす。


「二人にはどうか覚えておいてほしい」

「……ライラ?」

「国の力は人の力そのもの。道具は人の手があってはじめて使えるし、技術は人の手で発展させてあげる必要がある。すべては、人がいてこそ成り立つものなんだよ」


 不思議な感覚に戸惑う。

 相部屋でダラダラおしゃべりしていたはずの同僚は、いつからこんな真っ直ぐな瞳をしていたんだろう。コーティが見ようとしていなかっただけで、出会った時からこうだった? それとも……。

 捩れた服の襟首を正してもらったような、そんな気分だ。


「確かにあたしたちは剣を持てない。だけどね、そんなあたしたちだからこその力だってあるんだよ」


 侍女ライラ・バッフェは、そこで目の前の扉に手を伸ばした。ドアノブをしっかりと掴んで、最後にコーティとルイスに囁いた。


「だから今、人の力をあなたたちに託します。二人が描く未来へ、あたしたちを導いて」


 主二人が言葉の意味を落とし込む間もなく、侍女は扉を開けた。

 場所は旧本城一階の北側。そこは中庭に面した小さな講堂で。


「おかえりなさいませ」


 王子と侍女は、そこに大勢の人の姿を見た。

 彼ら彼女らが揃って纏うのは、城で定められた使用人のお仕着せだ。女性は落ち着いた黒の上に、清楚な白エプロン姿。男性なら皺ひとつない白シャツに、黒く引き締める上着。

 そんな男女が一糸乱れぬ列を成していた。仕事始めの朝礼の時のように、常日頃から立ち振る舞いには気をつけよと、そんな口うるさい班長の言いつけに従うかのように。


「こ、これは……?」

「いきなりの襲撃だったからね。騎士様の防衛体制はともかく、城内の避難はまるで間に合っていない。ちょうど間の悪いことに季節外れの研修が被ったせいで、あたしたちも集められてたところでさ。そのまま状況が落ち着くまで屋内待機、ってわけ」


 気品と礼節、それは城に勤める者として真っ先に叩き込まれる決まり事。教えを忠実に実践する使用人たちがずらりと並ぶ、その先頭へとライラが歩みを進めていく。小さな講堂は大入り満員のぎゅうぎゅう詰めで、何人が集まってくれたのかすら分からず、ただ百を超える規模であることは確かだった。

 そうして、王子と侍女の方へと振り返った蜂蜜色。高らかに、そしてどこかいたずらっぽく声を響かせた。


「でもさ、戦争が向こうから近づいてきたらどうなるか」


 示し合わせたように、後ろの使用人たちから声があがった。


「怖いよね」

「うん、とっても怖い」

「騎士様に助けてもらわなくちゃ」

「どこにいるのかな。探さないと」


 言葉とは裏腹に、彼らは揃って落ち着いた声色をしていた。それこそ劇を演じるかのように、背筋は伸ばしたまま、列は崩さずに。一番前でにいっと白い歯を見せたライラはどこか自慢そうだ。


「ね、想像ついたかな? あたしたちの作戦」


 コーティの隣で、息を飲む音が聞こえた。この国の王子が発したものだった。

 まさか。こちらでも、驚きに止まったコーティの思考が、息を吹き返すように巡り出す。そうして自然と考えついたのは、剣を握る者たちを突破するための一手。


「……どうして、そこまで」


 隣で震える声は、この国の王子のもの。戦う力のない人々が持つ、とてつもない力強さに照らされたのだと、コーティにだってちゃんと分かった。


「だって、こんなところで終われないでしょ。あなたたちも、あたしたちだって」

「手を貸してくれるのか? こんな俺たちに……」

「ちゃんと結果、残してくれると信じていますから」

「……」


 ああそうか、とコーティは少しばかり納得してしまった。

 ルイスが怯えていた、他者の期待なるもの。なるほど、今自分たちに向けられているこれが、どうやらそうらしい。多くの人が託してくれる力、それを生かすも殺すも自分次第なのだ。緊張が己の身をすくませるのを感じつつも、けれどぎゅうと握りしめられた手の温もりがコーティを叱咤してくれる。

 おおっ!? なんてどよめきは、みんなが指を絡める自分たちを見たからか。


 そういえば、まだ城にいた頃は毎晩のように質問攻めにされていたっけ。

 ルイス殿下のお付きってどうだった? 今日もかっこよかった? やっぱ高貴なお方は雰囲気が違うよねえ。


 今のコーティなら、胸を張って答えられる。

 高貴だカッコいいだ、なんて。とんでもない、これほど悩み多き男性を私は知らないよ。もう一度、夕食の場で聞かれることがあったら、胸を張って語りたい。

 コーティの大好きな、この国一番のヘタレの話を。


「……お礼は、後でもよろしいですか?」


 万感の思いを込めたコーティの言葉には、やっぱりみんな応えてくれた。


「とびきりのネタを披露してくれるんでしょうね!?」

「報告は大事って、私たちいっつも班長に言われているんだから!」

「今度こそ、洗いざらい吐いてもらうよ!」


 じんわりと心を温めながら、コーティは深く頷く。


「ご期待に沿えるよう、精一杯努めましょう。……そうですね。先程私がルイス様の唇を奪ったこととか、まずはそこからお話しましょうか」

「ちょっ!?」


 冗談めかしてそう言うと……うん、やっぱり彼女は彼女たちだ。いつぞやの食堂に引けを取らない黄色い悲鳴がそこかしこで上がった。ルイスが隣で顔を真っ赤にしているのは言うまでもない。


「ライラ」

「滅茶苦茶聞きたいんだけど! あーもーっ! 話はやることやってからだ!」

「……ありがとう、ライラ」


 驚いたように、嬉しそうに、蜂蜜色の友達が笑った。


「そういうお礼も、全部片付けてから!」

「ここから外は見られますか? 突入は≪白猫≫と時期を合わせたい」

「もちろん! さあ、あとは号令一つだよ!」


 新米侍女の指示一つで、輝くいくつもの瞳たちが真ん中から分かれて道を作ってくれた。窓際まで続くその道を、コーティはルイスの手を引いて突っ切って。


「……コーティ」

「どうされました、ルイス様?」

「なんつーかさ……。いや」


 振り向いて彼を見れば、ルイスは赤い顔のままで笑っていた。


「これを片付けてからだ。コーティと歩むこれからの話をしたい」

「ええ。私もです」


 カーテンの端をそっとめくり、薄い隙間から外を覗く。


 低木と噴水が配された中庭と、その向こうの執務棟もばっちり見える。執務棟の一際大きな玄関口は、そのまま大広間のエントランスに続いているのだ。だから、目指すのはあの大扉。

 そこでは陣を敷いた近衛騎士たちが、空を見上げて何事か叫んでいるところだった。


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