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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第二章 新米侍女は掴めない
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二本の指では、掴めない その3


 最近、どうにも失敗が多い。

 城の敷地から出たコーティは、城下街の大通りを歩きながら絶賛反省中である。


 省みる内容は山ほどある。

 例えば、王子に近づくために乱入した襲撃で、うっかり腕を吹っ飛ばされてしまったこととか。例えば、王子の弱みを掴もうとして、うっかり忠義を誓う羽目になったこととか。

 ……うっかりってなんだろうか。ちょっと失態が多すぎる。それこそ今後の人生を変えかねないほどに。


 本来であればコーティの立場では絶対に入ってこない情報。それを欲した時、ただの一教徒であるコーティに取れる手はそれほど多くない。権力者に近づき、脅すなり何なりして情報を聞き出す。一番成功が確実だと踏んだ計画だったのに。

 いざ蓋を開けてみればこれである。様々な状況を考えたはずのコーティだったが、ルイスにこちらの弱みを先に握られてしまうという、まるで想定外な事態に翻弄されている。


 打倒≪白猫≫こそ、コーティの本懐。

 だが、そんな物騒なことを考えていると誰かに知られたら、まずコーティは碌な目に合わないだろう。


 だからこれまで、コーティは誰にも目的を知られないよう細心の注意を払ってきた。教会にいた頃も、そしてわざわざ城にきてからも、誰一人として打ち明けたことはなかった。そのはずだったのに。


「よりによってルイス殿下本人に知られてしまうとは……」


 言い訳のしようもない。これは酷い、とんでもない大失態だ。


「……そもそも、なんなんですか、あの王子」


 一人でいるのをいいことに、恨み言を漏らす。

 ≪我儘王子≫、噂には聞いていたがとんだ曲者ではないか。侍女生活半日にして、こちらの常識が全く通用しないことを思い知らされた。


 王族、それも次期国王ともあろうお人が、たかだか侍女一人のために鉄板とネジと歯車で義手を作っていたことも予想外なら、コーティを揶揄(からか)って遊んでいたことも予想外。先程会議を抜け出したことが、おまけのように思える傍若無人ぶりである。


 ただまあ、本当にコーティを駒としか思わない人なのであれば、そもそも義手なんて用意しないだろう。根は悪い人ではないのかもしれない。変な人だけど。

 金属でできた右腕に視線を落として、指替わりの金属板を、開けたり閉じたりを繰り返す。体の右側に錘をつけたような感覚に慣れるため、色々と試行錯誤をしなくては。やはりそれなりに時間が必要だろう。


 いずれにせよ、とコーティは午後のお天道様を見上げた。


 このまま一方的に弱みを握られたままなのは良くない。非常に良くない。という訳で、コーティは取り急ぎの目的を定めることにした。


 あの王子に対抗できる手段を見つける。いざという時に脅せるような情報を見つけ、逃げ切るための時間稼ぎに使えるようにしておこう。何といっても彼は王子、流されて困る噂なら至る所にあるはずだ。

 よし。そのためにも、まずは怪しまれないよう仕事をちゃんとこなそう。


「……問題は、仕事の中身がよく分からないことなんですよね」


 左手にひっかけた小さな籠に視線を落とす。王子曰く、これを城下街のある人に渡してほしい、とのこと。それが済んだら仕事を上がって良いと言ってくれている。彼の傍にいなくていいのは気が楽だった。


 のんびりと街を巡るのは初めてだが、王都の地理にはそこそこの自信がある。

 これでも自分はかつて国の敵で、三年前の戦争で攻め入ろうとした場所なのだ。地図ぐらい頭に叩き込んでおくことくらいはする。

 実際、当時の自分は、戦友と裏道をジグザクに駆け抜けて騎士と戦ったこともある。敗戦後、半ば強制的に王都の復興作業に従事させられた時期だってあった。どちらも自由に歩き回れる身分ではなくとも、今更迷うような土地ではないのだが……。


「……雰囲気、大分変りましたね」


 けれど、記憶にある王都とまるで違う空気に、思わず感嘆の息を漏らした。


 すごい。実際に歩いてみての感想は、その一言に尽きる。

 きれいに敷かれた石畳。通りは広く、大型の乗合馬車がすれ違う。道の両脇に連なる建物はどれも高くそびえ、そこにかつての瓦礫の山はない。さまざまな店が色とりどりの看板で飾り立てていて、これもまた、コーティの記憶にはないものだった。


 そして何よりも、人の多さ。コーティの生まれ故郷の港町にしたって、蚤の市の日でもここまで集まることはないだろう。

 きゃいきゃい言いながら歩く同年代の女の子たちとすれ違う。買い出し中であろうおばさんを見かける。商人と思しき集団が、道端に馬車を止めて何事か話している。冒険者のパーティだろうか、剣や弓を携えた集団に追い抜かされる。


「これが、王都カルネリア」


 信じられるだろうか。三年前、まさにここが戦場だったなんて。

 ……コーティたちが、戦場に変えただなんて。


「うぎゃっ」

「おっと」


 完全にお上りさん状態だったコーティに、誰かがポスンとぶつかった。たたらを踏んで視線を下げると、小さな男の子が勢いよく走ってきて突っ込んだのだろう、くりくりした目がコーティを見上げていた。


「大丈夫ですか?」


 尻もちをついた彼に、そっと手を差し伸べる。口をぽかんと開けてコーティを眺めていた男の子は、しばらくして目を輝かせた。


「すっげー!」


 視線を落としたコーティは気付く。しまった、少年に義手を差し出していた。

 利き手である右手を差し出すのは完全に癖だろう。早いところ直した方がいい。この通りを歩くだけで、いたるところから物珍しそうな視線を感じるのだから。

 少年の手が義手の先をぎゅっと掴む。もちろんコーティにはその感覚は伝わらないから、なんだかすごく変な感じだ。ぐっと力を込めて引き上げると、きらきらした目が眼前に迫った。

 まあ、子供の夢を壊しても仕方ないだろう。表情の乏しい顔に、コーティは微笑みを作ってみせた。


「……自慢の腕です。かっこいいでしょう?」

「うんっ!」


 ねーねー、これ動くの? と男の子にまとわりつかれていると。


「こら! 勝手に走っちゃダメって言ったでしょ!」

「ママ!」


 通りの向こうから、慌てて走ってくる女性が見えた。子供を探していたのだろう。安堵の色を顔に滲ませて我が子に駆け寄った女性は、子供に飛びつかれているコーティに気づくと頭を下げてくれた。


「すみません、この子がご迷惑を。……まったくもう! あんまり悪い子にしていると、≪傾国≫が飛んできて連れて行かれちゃうよ?」

「やだー!」


 コーティの右腕から、母親の右腕へ。コーティの義手から男の子の右手が離れる。「≪傾国≫に連れて行かれちゃうよ」というのは、どうやら最近流行の子供の叱り文句らしい。あの悪女の逸話の一つに、年端も行かぬ少女すらも手駒にしていたというものがあることからできた言い回しだ。なるほど、いたずら坊主にはぴったりだろう。


「元気なお子さんですね」

「ええ。元気があり余っちゃって。宥めてくれてありがとうございます」

「いえ、私は何も……」


 コーティだってお上りさん丸出しできょろきょろしていたのだから、おあいこだ。微笑むお母さんにそう言った。


「実は私、この街には来たばかりでして。あちこちよそ見をしていたもので……」


 まあ事実だ。ちょっと恥ずかしいけれど。


「それなら気を付けたほうがいいかもしれませんよ。この辺は戦後に区画整理が進んだからまだいいですけど、東の職人街はまるで迷路ですから」

「……区画整理、ですか」


 それも知っている。何せ、戦後捕虜になったコーティも、復興作業を手伝った一人なのだから。


「ええ。ほら、この辺は滅茶苦茶になってしまったでしょう? その復興の時に、かなり整理したんです」


 女性の口調は、どこか誇らしげだった。子供を抱えたまま王城へと向けた視線を、コーティも追いかけてみる。

 建物の合間からちらちら見える内壁こそ、頑丈な門を取り戻してはいるものの、その向こうにてっぺんだけ見える本城の屋根は未だに骨組みのままだ。


「エレオノーラ王女殿下や、騎士団の皆様。お城より街の復興を推し進めてくれた方々のお陰です。そのせいで、お城はまだあんなですけどね。きっと、亡くなられたキャラベル国王陛下代理も今の王都をご覧になられたなら、きっとお喜びになられるでしょうに」

「……」

「政策を決めるのが遅い、なんてみんな言いますけど。今の皆様はちゃんと私たちのことを考えてくれていると思います。……なんて、お城の方にお話しすることではありませんでしたね」


 つまり、何が言いたいかというとですね。むずがる男の子をあやしながら、女性は続けた。


「偉い人たちにお会いすることがあれば、お伝えいただきたいんです。ありがとうございますって」


 かつて王都を混乱に追い落とした者の一員として、しかしながら立ち直りつつある国で働きはじめた者として。

 何とも言えない気持ちになって、コーティはただ頭を下げた。


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