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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第八章 革命の≪五本指≫ 前編
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もう一度、彼の元へ その7


 擬龍の砲撃が、幾度も周囲を乱舞する。その度に熱がケトを焦がし、けれどそのことごとくを捌き続ける。


「当たるもんか!」


 つい先ほど銃を真っ二つにした一騎は、回避機動を織り交ぜつつ態勢を整えることを優先したようだった。それを追うような真似はせず、代わりに後方から追撃してくる二騎に注意を振り向ける。まばらに飛んでくる鉛弾は恐らく牽制を目的としたもの、本命の攻撃が別にあるはずだ。


(アリス! 攻撃来るなら教えて!)

(まだ、まだ……、今!)

「てえいッ!」


 ケトの中に巣くう龍――アリスの叫びに従って、体を目いっぱい動かす。右側を思い切り羽ばたかせ、左を地面と垂直に。手足も左側だけ伸ばして、抵抗を増やしたなら。

 進路が流れるように左へ。まさに空を転がる挙動を取ったケトは、高熱の掃射に目を焼かれる傍ら、お腹に思い切り力を込めた。空中で姿勢を変える。頭上を勢いよく街並みが流れ、足元にはどこまでも深く待ち構える空の青色。天地ひっくり返った状態で反転、ケトは一気に距離を詰める。


「でええいっ!」

『おおッ!』


 擬龍が牙を剥く。すれ違いざまに噛みつこうとでもしているのか。


(違うってこと、もう分かってるだろう?)


 アリスの声が響く。魔導剣を構えたケトの目の前で滑る擬龍は、なるほど、自分の影で僚騎を隠しているつもりなのだ。自分は囮になってこちらの下方をすり抜け、後ろの仲間に撃たせる。確かに悪くない連携、それこそ最良の手と言ってもいいはずだ。

 ただ一点、ケトに動きを読まれていることさえ除けば。


「そうさ、わたしにはバレバレなんだよ!」


 こちらが奥の敵を視認できないように、奥の敵もこちらを目では確認できない。その状態で放たれる砲撃など注意に値しないのだ。

 ケトは翼に加えて両手両足を振りまわす。急制動、回転半径を極限まで減らした軌道変更で空を直角に曲がり、先に陽動をかけた擬龍を狙った。グンと追いつく大きな背、上に乗った男の目に驚愕の色が見える距離へ。体を傾けてギリギリの射角でこちらを狙った銃には、魔導剣を伸ばして突き刺す。たまらず銃を手放した兵士に向かって、そのまま第五世代の防壁魔法を叩き込んだ。


「これで四騎ッ!」


 ギャっと短い悲鳴を上げ、擬龍ごと防壁に弾き飛ばされた兵士。彼が龍の背中から落ちなかったのは、体と鞍を繋ぐ丈夫な固定具のお陰でしかない。とは言え擬龍も擬龍で地響きのような低い猛り声をあげながら、姿勢を大きく崩しているのだから、生きた心地はしないだろう。よほどのヘマをしなければ墜落することはないだろうが、それでも低空までは姿勢制御に全力を注ぐ必要があるはずだ。

 勢いよく落下する姿を見送る間に、警告がケトの頭の中をはたいた。


(砲撃、上方より近づく! 避けると街!)

「……ッ!」


 ケトは頭を回し、放たれる高温高圧の塊を視界に入れる。陽動を見破られた敵騎が、しかし今の数瞬でこちらの上を取っている。避けるのは簡単だったが、それでは街が焼けるとアリスが教えてくれていた。


「お前らあああああッ!」


 叫び散らしてぐるりと振り向く。腕に纏った三重の陣を解き放てば、青みがかった壁が顕現。万が一にも外れないよう、ケトは光に向かって突進した。視界一杯に砲撃が広がり、ケトの魔法の壁と激突する。


「撃つ場所を、考えろおおおおッ!」


 怒鳴り散らして、翼を大きく振り直す。砲撃を正面から押し潰すように、バチバチと爆ぜるような音を立てるブレスを叩きのめす。


 魔法には世代差、というものがあるらしい。ケトがその存在を知ったのは、ここ数か月のことだ。ケトがこれまで使っていた魔法はちょっと古くさいらしく、収束にも効率制御にも無駄が大きかった、ということも。

 ならば、とケトは「そういう目」で魔法を何度か視てみたことがある。認識力の増大、あまり好みな力の使い方ではなかったが、おかげでなんとなく理解は追いついてきた。理論のお勉強は落ち着いてからするとして、今は使えればそれで構わない。

 どうやら魔法の世代差というのは確かに顕著らしい。第五世代の、驚く程に反発力を増した魔防壁でなら、防ぐだけでなく押し返すことだって容易だった。


『直撃のはずだぞ……!?』


 ブレスを凌ぎ切った先、愕然とする擬龍兵を正面に捉える。ケトは右手の魔導剣に力を込め、灼熱の刃を振りかぶった。この人も銃を壊して、ついでに擬龍の顎に体当たりをかましてやろう。


(上ッ!)

「ッ!?」


 そこでまたしてもアリスが叫ぶ。促されてハッと振り向けた感覚。そこに擬龍の姿はなく、代わりに単身で宙を舞う人の姿をケトは視た。


「嘘でしょ!?」


 翼を持たぬ人間が、自分へと一直線に落ちてくる。そんな目の前の光景が信じられなかったのは一瞬だけ。

 慌てて直進を止め、金属のサーベルを振りかざす兵士の方を振り仰いだ。手元の魔導剣は出力を制御。敵の持つ鋼鉄のサーベルが焼き切れてしまわないように熱量を抑えて、刃を半透明に。


「……!」


 無言の気迫に押されながらも、ケトは剣を振るった。サーベルの刃が魔導剣と衝突し、出力を抑えた魔導剣から飛沫が飛び散った。


「なっ、何してんの!?」


 擬龍の背から落ちてしまって、その途中で偶然引っ掛かった。そう考えるには、妙に意志に溢れた一撃だった。捨て身の一撃とは思えないあまりに愚直な行動に、ケトは当然の疑問を叫ぶ。

 相手は壮年の男。鍛え抜かれた戦士の体つきを確かめつつ、視線を合わせた拍子に、少女は男の目に何がしかの心が現れていることを視て取った。


 それは、ほんの一瞬の出来事。次の瞬間、交わした剣がずるりと滑ったかと思うと、男は今度こそ落下を始めていて。


「……いけない!」


 咄嗟の衝動がケトを突き動かした。

 翼をすぼめて急降下。まっすぐに落ちていく男に小さな体を追いつかせれば、名前も知らない彼がこちらへと手を伸ばす。

 欠片も迷わず、少女は兵士の腕をむんずと掴んだ。


「死ぬ気!?」

「……こ、こうでもしないと、君を捉えることは出来んと思ってな」


 よく見れば、男は冷や汗をかいていた。とりあえずは間に合ったと一安心。

 どうやら身投げをしたのではないらしいことは理解できたが、しかしこんな馬鹿なことをするなんて予想外もいいところだ。こちらを捉えるだなんて、一体どういうつもりで……。


 当然の疑問は、しかし途中で止まった。その事実に気付いた瞬間、ケトはただ目を開いて、異国の男の顔を見つめていた。 

 沈黙する数瞬。風切り音だけが周囲を騒がせる中、ケトは囁くように問いかける。


「わたしの言葉が、分かるの……?」


 ケトの手を掴み直した異国の男が、しっかりと頷く。


「私は士官だ。任務に際して貴国の言語は習得した。会話は可能なはずだ」

「……!」


 どくん、と一際大きく心臓が鳴り響いたのは気のせいなんかじゃない。

 確かに分かる。確かに伝わる。

 目の前の男から発せられたのは、ケトが使うのと同じ言葉だった。少しばかり訛りのある響きは、彼にとっての母国語が別に存在する証拠だろうか。

 けれど、そんなことはどうだっていい。今大切なのは、ケトが彼の言葉を理解できることと、彼がケトの言葉を理解できること。


「……ああ」


 頭に思い浮かべたのは、南の港町での経験。

 あの時、ケトは今と同じように、異国の兵士と出会った。互いが自国の言葉しか知らなかったせいで、相手は何かを言っているのは分かるのに、何を言っているのか分からなくて。

 結局、向こうは威嚇の銃を撃ち、ケトは脅かすために魔法を撃った。


 本当は、ずっと気になっていた。あの時、向こうはどんなことを言っていたんだろう。もしもその意味が理解できたとして、自分はどうしていたのだろう。


 伝えて、伝えられて。そんな当然のやり取りだって言葉があってこそのものだと、ケトはあの町で知った。そして今、かつて願った「もしも」が、自分の手の中にあるというのなら。

 この空で、これまで繋がらなかった糸が、はじめて結びついたような気がした。


「……とっても無茶なことをする、あなたの名前は?」

「バルヘッドだ。バルヘッド・パラコーダ、階級は大尉。……とりあえず最初に、こんな落下は二度とごめんだと言っておく」

「わざわざこういうことをするくらいなら、わたしのことも知ってるのかな? 一応名乗っておくね、ケト・ハウゼンです」

「≪白猫≫、と同一人物という認識でいいな?」


 人の腕を掴んだまま飛ぶというのはやはり具合が悪い。少し悩んで、とりあえず首根っこを掴み直すことにする。自分よりもずっと年上の人にするようなことではないが、見ず知らずの男を抱き上げるのには抵抗があるのだ、仕方ない。

 バルヘッドを追ったせいで、大分高度を落としてしまっていた。ちらりと後ろを見れば、誰も乗っていない擬龍が一体、すぐ後ろを追走している。バルヘッドとやらが乗って来た擬龍だろうか。


(この人間を助けたがってる。いい子みたいだ)

(……そう。攻撃されそうになったら教えて?)

(してくるとは思わないけどね)


 アリスの声にも棘はなかった。それを判断材料の一つにして、ケトは意識を再びバルヘッドへと向けた。

 後ろの擬龍だけじゃない。僚騎からもブレスが飛んでこないのは、なんらかの指示を受けているのか、それともこのバルヘッド大尉を巻き込みたくないという自制心の表れか。いずれにせよ、相手の意図を知りたいという一点において、少女と士官の目的は一致しているようだった。


「で? こんなことをしてまで、わたしに接触した理由は?」

「この戦闘の目的を問いたい」


 警戒を解かない、注意深さの感じられる声だった。


「先日のマイロでの一件、我々も報告は受けている。空飛ぶ子供が駐留部隊を襲撃し、攪乱して消えた、と」

「……」

「そして今日のこれだ。再び現れた君は、こうして状況を滅茶苦茶に搔き乱している。我々を翻弄し、しかしながら人的被害を避ける戦い方をしている」


 ちらりとバルヘッドが視線を巡らせる。ケトの猛攻を受けた彼の戦友たち。一度は叩き落とされ、しかし墜落前に体勢を立て直した彼らは、再び陣形を組むことに成功しつつある。

 とは言え、その動きはどこかぎこちない。擬龍兵の大半は銃を失って痛みに顔をしかめているし、擬龍も翼の動かし方が少し変だ。彼らは決して無傷ではない。先程までのような高速戦闘は仕掛けられないはずだった。


「君はマイロでも、この町でも、わざとこちらに損害を出さないようにしているな? 不殺を信条にでもしているのか、それとも別の理由か?」


 ケトの戦い方に気付いてくれた。ポツリとその理解が胸に落ちる。思わず嬉しくなって「ありがとう」と言いたくなってしまうけれど、ここはぐっと我慢する。大きく深呼吸、落ち着きたい時には必ずそうするのだ。


「……勘違いさせたなら悪いけど、必要な時は必要なだけ殺すよ。わたしの力は万能じゃない。どうしたって限界はある」

「つまり、今はその時ではないと?」


 その答えを隠す理由はなかった。注意深く、しかし心を込めてケトは口を開く。


「そうだね。今のわたしの目的は、あなたたちをやっつけることじゃない。あの城で行われている話し合いに、わたしも混ぜてもらいたいだけなの」

「条約締結交渉のことだな? ……交渉の場で、何を要求するつもりだ」

「マイロを襲ったあなたたちに、やめてほしい、と」

「……それは」


 口ごもった相手を見て、ケトは考える。

 エルシアに手伝ってもらって考えた、マイロを助けるための段取り。上手く自分に伝えられるだろうか。


「とはいえ、準戦時状態にあるわたしを、今のカーライルもネルガンも、素直に受け入れてくれるとは思えない。だからまずそこを何とかしないと。そうしてはじめて、わたしがあなたの国と話せる場ができると思うんだ」

「……その『何とか』が、今の戦闘行為か」


 その通りだ。バルヘッドはまだよく分からないという顔をしているから、ケトはまた口を開く。


「だって、考えてもみてよバルヘッドさん。お話しに来た人が、そこに来るまでに、自分の友達や家族を殺してきましたとか言ってたら、どう思う?」

「……」

「それだけじゃない。少なくともこの戦闘では、ネルガンもカーライルもわたしを止めることはできない。冗談みたいな力で蹂躙されて、しかも手加減されていると知ったら……」


 正確に言うと、手加減しているというのはちょっと盛っている。

 ケトは手加減できるような状況を、たくさんの人たちに整えてもらったのだ。姉の段取りと、その呼びかけに集まってくれた人たちの手によって。

 鐘を鳴らしたのは、一人でも多くの人に≪白猫≫の姿を見せつけて情報統制させないため。城壁から迎撃の砲撃が来ないのは、守備隊の指揮系統が裏で攪乱されているため。右手に持つ剣は、ケトに人の力を与えるため。

 この空を飛ぶケトは、一人であっても独りではないのだ。


 ただし、そう思っていることをおくびにも出さない。≪白猫≫を演じる自分には、それが求められていた。


「この戦闘で誰も亡くなっていないという事実。それが、今後も同じである保障にはならない」


 すべては、ケトという一個人に、国とやり合う力を持たせるための下準備。そして、カーライルという国に、ケトとやり合う理由を持たせるための下準備。

 そのために、ケトは空を翔けているのだ。


 異国の兵士が黙り込んだ。こちらの言葉を理解しようと努め、言葉の表と裏を読み解こうとしているのだということは、ケトにだってちゃんと分かるから、できるだけその邪魔はしたくないと思う。

 このバルヘッドという男は、果たしてどう出るだろう。聞いてしまった以上、こちらの目的が分からないなんて言わせるつもりはないが、異国の常識に照らし合わせた時の判断基準をケトは知らない。


「つまり、この戦闘は交渉を有利にさせるためのもの」

「そういうことに、なるのかな」

「君の望みは、マイロの解放。しかしそのために条約を受け入れる、という風にも聞こえんな。この認識は、正しいか?」


 頷く。


「……それでは、戦争にさせると言っているようなものだ」


 少しして呟かれたその声は、幾分低く響いた。

 それは心を視なくても分かる、なんだかがっかりしたような声で。気付いてしまえば、ケトはおかしさを抑えられない。

 龍の目を借りなくても、心を垣間視る力を使わなくても。声色や仕草や、わずかに下げられた視線ですらも、他者の気持ちを推し量る材料になってくれる。それは相手が海の向こうから来た人でも同じこと。


 なら、口調と、態度と、話の中身で、ケトだって伝えることができるはずだ。

 姉のことを思い出せ。心優しいシアおねえちゃんは、しかし≪傾国≫の仮面を被ることで、国に混乱を巻き起こす悪魔にもなれる。そこに必要なのは、はったりと虚勢。今のケトに求められている、人の力だった。


「あのさあ」


 口調は尊大に。自分を大きく見せること。


「このわたしが、戦争なんて許すと思う?」

「……何?」


 ケトはもう、自分が子供だなんて言い訳はしない。

 自信がないなんて言っていられないのだ。臆病で怖がりだなんて言っていられないのだ。今この時、ケトは伝説の≪白猫≫でありたいのだから。


「わたしはケト、心を声にする力を得た者。みんなの想いが絡まり合って、今のわたしを飛ばせている」

「……何を、言って」

「そちらの尺度で図られては困るってことだよ、人間」


 エルシアの真似をして、悠然と微笑んでみせる。

 こういう言葉がスラスラ出てくるのは、なんだかんだでエルシアのお陰だなあ、なんて思ったことは内緒だ。超然たる微笑みなど、日々を全力で生きるケトにはする余裕なんてないのだから。


 こちらをまっすぐ見つめる男の目から、自分の目を逸らさない。

 この短い時間に、何を考えたのだろう。やがて聞こえた軍人の声には、確かになにがしかの感情が混じっていた。


「……≪白猫≫の娘、君とはもっと早く出会っておくべきだったのかもしれん」

「わたしもおんなじこと考えてた。……でもね、バルヘッドさん」

「なんだろうか」

「まだ、手遅れじゃないよ」


 ケトは笑う、笑ってみせる。それが、大人の世界に立ち向かう第一歩。

 隠した臆病心を受け止めてくれる人は、帰る場所でちゃんと待ってくれている。その人たちが支えてくれるのなら、ケトはきっと≪白猫≫にだってなれるのだ。


「バルヘッド・パラコーダ大尉。わたしはあなたの国の王と話をしに行くところなの。邪魔をしないでもらいたいんだけど、どうかな?」

「……」


 本当はもっときちんと話をしたかったのだけれど、どうやらそうもいかないようだ。


 再び接近しつつある王城カルネリア。その壁の上に並ぶ砲台が、ケトの進路を予測するように照準を修正しつつある。

 ケトの襲撃を知らせる鐘が鳴り始めてから、それなりに時間が経つ。ネルガンとカーライル、双方からの挟撃を受けないようにと裏で奔走してくれていた人たちも、そろそろ限界だろう。ケトの見る方向に視線をやったバルヘッドは、少しして口を開いた。


「……死者こそいないが、既に我々は二個小隊共に損害を負っている。ここで一度退き、体勢を立て直すのは理にかなった判断だと考えるが、これは君にとってどう働く?」


 ケトはバルヘッドの目を見た。バルヘッドもケトの目を見返した。


「カーライルの守備隊も既に命令を受けているはず。近づけば撃ってくると思う。だから、あなたたちが退いてくれたら、わたしは状況を次の段階に進められるよ」


 バルヘッドは静かに目を閉じた。ケトの言葉が伝わったという合図だった。


「そうか。……俺をガーラの背に投げ飛ばしてもらうことは?」

「ガーラ? ああ、あの優しい子はそんな名前なんだね。可能だよ」

「なんてこった。そこまで分かるのか……」


 男の首根っこを掴んでいたケトは、もう一度擬龍の位置を図った。


「……今度は戦場でない場所で会いたいものだ」

「難しいかも。あなたの国は意固地なところがあるから」

「そうか……君が言うならそうなのだろう。けれど、今の私は君と話せたことに感謝するよ」


 受け止めてくれてありがとう。少し鈍りのある言葉で、バルヘッドはそう言ってくれた。


「……あなたの主人を返すよ」


 減速。翼を傾け、進路変更。ケトを見て鳴いた擬龍と相対速度を合わせ、背中にまとわりつくような飛翔を。器用に首を下げてバルヘッドを受け取った擬龍を見て、ケトは思わず微笑んだ。


「……守り、伝える、か」


 守るとは、敵がいてはじめて成り立つ言葉。敵が出来てしまう時点で、悲しみや憎しみは生まれてしまう。

 だから本当は、守る以前に、敵を敵でなくする努力をするべきなのだろう。


 これほど面倒な世界なのだから、それが上手く行くことなんてないのかもしれない。それでも、不器用な自分たちが、不器用に伝えることで開ける道もあるはずだ。この空の擬龍と少女のように。


 世の中は決して騙し合うだけのものじゃない。互いに覚悟さえあれば、ちゃんと向き合うことだってできる。反転し、郊外へと撤退していく航空隊を視送ってから、ケトは再度加速をかけた。


 カーライルの準戦時体制。既に侵入されていて防衛もないだろうが、それでも騎士たちは意を決したように砲身をこちらへと向けている。

 息を吐く暇なんてない。ケトは次に、自分を封殺する国を相手にしなくてはいけないのだ。


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