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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第八章 革命の≪五本指≫ 前編
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もう一度、彼の元へ その6


 コーティが≪六の塔≫を転げ回る一方、ケトはケトで上空を翔け巡っていた。


「いつまでも、撃たれっぱなしじゃ!」


 コーティの姿が塔へと滑り込んだのは少し前のこと。まるで曲芸師のような身のこなしに、ケトは内心舌を巻いたものだ。翼もない癖に、あんな動き。技量と度胸の両方がなければ為せない降下だった。

 それから数十秒。≪六の塔≫に神経を向けてみると、中にひしめく人たちの驚愕と混乱がいとも簡単に視て取れた。


 この国には内通者なるものがいるらしいと、エルシアが教えてくれた。

 彼女が言うには、内通者とは裏でネルガンと手を組む連中。自国の町を襲う奴らに協力するなんて変な人たちがいるものだと、きょとんとしているケトの横で、しかしコーティは酷く深刻な顔を見せていた。


 今なら分かる。塔の中で武装している近衛騎士たちがその一味で、コーティはそのことに勘付いていたのだろう。交戦が開始されたことで、感情の高ぶりが塔を包み始めたのを感じ取ったケトは、上手くやりなよ、と口の中で呟いた。


 本当なら手の一つでも貸してやりたいところだが、そうもいかない事情がある。

 コーティがコーティの相手と剣を交えるように、ケトにだってケトの相手がいるのだ。まずは、そちらを片付ける必要がある。


「……さて」


 王都の空に浮かぶは、異形の影。

 北側より三騎、南側より三騎。王都上空に展開するネルガンの飛行隊は、今まさにケトを包囲するように距離を詰めつつあった。既に互いが互いを射程圏内に入れていて、しかし射撃が散発的なのは、ケトが城の上空という政治的に繊細な位置取りをしているからか。いや、それだけではないはずだ。


 特定の距離の空気層、その水分だけを急激に温める魔法が存在する。得られる効果は、視覚の攪乱。暖まり膨張した空気層が、人の目では揺らぎとして見えることがある。陽炎などと同じ原理によるものだが、ケトはこれを力技でやっているだけ。嘘か誠か、この魔法の仮説を建てた学者は笑いながら「これができる者がいるとするなら、そいつは人間をやめているだろう」と言ったとかなんとか。失礼な。


 ケトが人かどうか、という問題は置いておいて。少なくとも、突入するコーティに照準が向かないようにすることくらいはできるのだ。正しくその恩恵で、降下中の無防備な十数秒を乗り切ったコーティは、もう龍の目の届かない場所に滑り込んでいる。これで、ケトも動くことができる。


 上方から包囲を固めつつある擬龍たちの配置を感覚で確認しつつ、ケトは同時に下の守備隊も伺う。

 カーライルの魔導砲は、ネルガンの艦船が積んでいた火薬砲と異なり、そのほとんどが高角砲としても機能するように設計されている。城内であっても射角から逃れられるなんて安心はできないが、しかしこちらもまだ沈黙を保っていた。

 恐らく指揮系統が追いついていないのだ。ケトとコーティが脇目もふらず突っ込んだせいで、防衛態勢は整っていても、最後の判断が下されていない。砲火が放たれるまで、少しばかり余裕があるはずだ。


 惑う人々を眼下に眺めながら、ケトは龍の声を聞く。


(……相変わらずだ。この国の連中は昔も今も甘ちゃんぞろいみたいだね)

(戦いを正しく恐れているんだよ。わたしが撃たないから、余計にね)


 ふん、と鼻を鳴らす龍の相手はせずに、ケトは静かに息を吸った。

 そろそろだ。距離が近くなりすぎれば、幻惑魔法も効力を失う。その前に、有利な位置を取る必要があった。


「行くよ!」


 意を決して方向を転換。空気の揺らぎを消して、代わりに右手は斜め上方、擬龍の至近に照準。選ぶのは、第四世代収束光槍の魔法陣。


 急上昇。内臓が下へと押しつぶされるような負荷に耐えつつ、ケトは狙いを定める。いきなり動きを変えた少女に肝を冷やす敵へと、こちらの意図が伝わるような一撃を。


「受け取れ!」


 鋭く囁いた。手元の熱が頂点に達し、一気に決壊。放たれた光軸は、王都の空に光の柱を突き立たせた。その軌跡をなぞるように、ケト自身も大空へと駆け上がる。


『うおっ……!』


 耳元を異邦人の悲鳴が一瞬で過ぎ去っていった。向こうからしてみれば、ケトの魔法が翼を掠め、その後間髪入れずに少女も掠め飛んできたのだ。驚くのも無理はない。

 慌てふためく六騎の擬龍を追い抜かして、上へ、上へ。午後の青空の頂点を目指す。


(いいかい。空に隠れる場所はない。純粋な技量と連携がものを言うよ)

(分かってる!)

(ボクらの強みは、体の小ささとすばしこさ。とにかく細かく動くこと。翼だけじゃない、キミには人の手と足があるってことを、あの子たちに思い知らせてやれ!)


 ケトの中で龍が騒ぎたてる。同時に警告、下方より砲撃。翼を傾け更に上昇。すぐ隣をブレスの高熱が通り過ぎるのを感じつつ、少女は太陽との位置関係を図る。下方で六騎の擬龍が追撃の編隊を組みつつあって、彼らへの目くらましに使いたいのだ。

 ケトはふと思い立って、身に馴染んできた龍の声に心の中で呼びかけてみた。


(ねえ)

(なにさ)

(あなたのこと、なんて呼べばいい?)

(……はあ? 呼び方なんてボクの知ったこっちゃない)

(じゃあ勝手に呼ばせてもらうよ)


 ふむ、とケトは考えてみる。どうせこの龍の名前を呼ぶのは自分くらいだ。せっかくなら馴染みのある名前がいい。例えば、そう、ケトのよく知る昔話に出てくる名前とか。


(アリス)


 ≪龍の少女の物語≫、その主人公の女の子の名前とか、どうだろう。


(……(たち)が悪いね。ボクがその名前を嫌ってるって分かった上で言ってるだろ)

(わたしが唯一知ってる龍の名前だよ? いやならそっちが名乗ればいい)


 龍が心底嫌そうな顔をして、ケトは気にしなくて。そうして二人合わせて、今度は空を右に転がる。体に少し遅れて振られた足を掠めて、追撃のブレスが空をめくりあげる。


(……名前なんて、なんになるのさ)

(あなたはあなたでなくちゃ。人はみんな、最初に呼び名を決めるんだよ)

(そんな風に意識するのはキミぐらいだってことも覚えておいてよ、変人)


 自分の中に巣くう存在とおしゃべりしているなんて、確かに変な奴だ。反論の余地はない。

 本当に、こんな力を持ってしまったりして。自分はこれまでもこれからも苦労しそうだなあと、龍の少女は苦笑い。


(来るよ。アリス、ぼやぼやしてないで)

(ケトにだけは言われたくないね)


 おしゃべりはここまで、と言わんばかりに、ケトは眼下の敵に、神経を集中させた。

 位置取りには細心の注意を。擬龍のブレスはすべて下から上へ撃ち放つよう誘導したいのだ。彼らの砲撃が町に着弾したら大惨事になる。そのことも、マイロでの経験が教えてくれたから。


「さあ!」


 ケトはベルトから、魔導剣の柄を抜き放つ。気負いなく力を込めて、魔法の刃を顕現させたなら。


「この国が恐れる龍の力、思う存分見せてあげるよ!」


 空中で宙返りするように、頭を下へ、足を上へ。太陽を背にして、擬龍隊へと真っ直ぐに。


 向かう先で、一拍遅れて六騎の擬龍が六方へと散るのが視えて。

 今まさに、龍の少女と擬龍の空戦が始まろうとしていた。


     *


『≪白猫≫が攻撃を……!』


 部下の叫びが荒れ狂う風に乗って届く。バルヘッドはすかさず散開の手信号を振り、自分も手綱を引いた。六騎の擬龍が扇形を描くように六方へ散って、迎撃行動を開始。


 来る。戦士の直感が本能的にそう告げていた。

 小さな子供の姿を追って見上げた視線は、しかし眩い日差しに焼かれ、バルヘッドは歯噛みする。奴め、空戦の何たるかを知っている。


 予想通り、と言うべきか。その姿を見失った一瞬が命取りになった。

 太陽を背にした小さな影が、猛烈と部下の一人に突っ込んでいく。『エブナー!』と叫んだ部下の名は、しかしあまりに遅い警告にしかならず、既に隊の一騎が≪白猫≫の牙にかかっていた。


 エブナー少尉がギョッとしたように体を反転させ、しかしその時には≪白猫≫が間近に迫る。苦し紛れに振るった護身用の騎兵銃は一瞬で宙を舞い、代わりに少女の右脚が擬龍の背に叩き込まれた。


『うぎゃっ……!?』


 部下の悲鳴がこちらまで届く。あんな小さな足で蹴られたところで、なんて思ったバルヘッドが馬鹿だったようだ。見た目に騙されてはいけない。どれだけ力があるのか、部下の乗った擬龍は一瞬で均衡を崩され、きりもみしながら高度を落としていく。

 しかしその傍に少女が見えない。代わりに背を蹴った反動で上昇していく人の形が目に入り、バルヘッドはそちらに擬龍の顔を向けた。


 一気に開く距離、僚機から二射三射とブレスが放たれ、しかしそのいずれもが空を焦がすのみ。青空を背景にジグザグに回避機動を取った≪白猫≫は、バルヘッドたちが追撃の体勢を取ったと見て取るや、くるりと反転し突っ込んできた。


 小さな姿が一気に飛来する。靡く銀髪の輝きが妙に視界に残り、その下にはこちらに向けられた、これまた小さな手。青白く輝く文様が手元に顕現し、その瞬間バルヘッドは牽制のブレスを放ち、右に舵を切った。


『……いや、違うか!』


 狙いは部下の方だ。自分に向けられた敵意の弱さで気付いたバルヘッドは、慌てて首を回した先にブレスと騎兵銃を乱射する部下の擬龍と、その周辺にいくつも展開される水球を見た。


 幾度となく空気が震える。破裂音が連続して部下の至近で炸裂し、人がまたがって余りある擬龍の体が玩具のように弄ばれる。進路を乱した部下がたまらず回避しようと試みるも、衝撃波はしつこく追従するように次から次へと撃ち出され、制御を失った龍を押し包む。


『後退しろ!』


 その隙にぐるりと回り込み、≪白猫≫の後方につくことに成功したバルヘッドは、自分の擬龍のブレスの照準を定めた。

 空戦は敵の後ろに回り込むのが鉄則。内地での教導部隊との模擬戦で叩き込まれた対空戦術は、本物の戦場で披露する機会こそ少ないが、まるで初めてという訳ではない。ちらと≪白猫≫がこちらを振り返るが、気にせず斉射。爆轟と共に一条の光が小さな姿を覆い隠す。


『今のを避けるか……!』


 まるで手ごたえがない。戦士の勘に従って銃剣を構え直したバルヘッドは、ブレスの光のすぐ脇を転がるようにして接近する影を視界に入れ、手元の刃に力を込めた。


『はあッ!』

「ヤッ!」


 短い気合を吐いて交錯、そのまますり抜ける。バルヘッドの手に敵の体を捉えた感触はどこにもなく、次の瞬間には、手に持っていた小銃が中ほどから真っ二つに切り裂かれていた。


『……っ!』


 切断された騎兵銃の断面が焼き焦げた色をちらつかせている。即座に手放した銃が二つに分かれて落ちていき、一拍遅れて装填されている火薬に誘爆。ぱあんと花咲く小さな炎が目の端を滑り、彼はゾッとした。

 やられたにしては痛みも衝撃もない。体に傷がついていない強運に感謝しかけたバルヘッドは、しかし直後確信した。


 運がいい? そんな訳がない。あの機動、あの攻撃を可能とする相手が、運の要素の介在を許すとは思えない。

 速度を緩めず擬龍を直進させつつ、ぐんぐん離れていく≪白猫≫を見失わないよう、彼は首を後ろ斜め上へと傾け続けた。

 その力にも運動性にも驚かされたが、それよりも。


『あの娘、どういうつもりだ!?』


 視線の先。こちらを確実に仕留められたはずの≪白猫≫は、しかし目標を変え、別の部下に襲い掛かろうとしていた。


※次回は6/20(月)の更新になります。

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