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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第二章 新米侍女は掴めない
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二本の指では、掴めない その2


「ちょっと殿下、お気は確かですか」


 これでもコーティは考えていたのだ。色々とおかしな点こそあれど、彼は主で自分は侍女、主従なのである。少しは態度に表そう、と。

 まさか、なけなしの忠誠心が半日も持たないとは。ロザリーヌやマティアスの様子を見ても、厄介な人だとは思っていたのだが、その予想を見事に超えて来た。

 今も意を決して唱えた苦言にも、ルイスはどこ吹く風だ。


「コーティってさ、案外口が悪いよな」

「誰があんな馬鹿な真似するなんて思うんです。先程の殿下の言動に比べたら、私の口調なんて大した問題じゃないでしょう」

「いかにも≪我儘王子≫らしいじゃないか? こうでなくっちゃ俺じゃない」


 惚れ惚れするほど意味不明な論理である。王城の長廊下を、ルイスの半歩後ろを意識して歩きながら、コーティは口元を引き結んだ。


 活気に満ちた城内も、王子が通れば静まり返る。突然現れた王子の姿に目を剥いて、慌てて頭を下げる使用人たち。彼らの気持ちも推して知るべし、である。

 ルイスはそれらに気にも留めず、いいから仕事に戻れと手を振っていた。


「……どうして殿下が我儘と言われているのか、やっと分かりましたよ」

「なんだ、今更か」


 くつくつと笑いながら、彼はターコイズブルーの瞳を細める。

 周囲のひそひそ声がうるさいのは、王子がここにいるからだ。絶対そうに決まっている。

 ……決して義手の侍女に物珍しい視線を向けられている訳ではない……はずである。


 所在なさに目を泳がせた廊下の脇の扉。そこに洗濯物を積み込んだ籠を抱えるライラを見つけた。彼女もまた目を丸くしているのを見て、コーティは口元をひきつらせる。


 新米使用人が、≪我儘王子≫の側仕え。これだけ勘ぐられる仕事もないだろう。その上、件の侍女の右手には妙な機械仕掛けの腕までついているのである。これで気にするなという方が難しい。


「妙な噂にならないといいんですが……」

「無理だろ、残念だったな」


 分かってた。一体どこで間違えたのだろう。

 王子の侍女に抜擢された、腕が機械でできていて、教会から派遣された女。ここまで揃うと、自分でもただの使用人とは言えなくなっているのではないかと思ってしまった。もう嫌だ。全部放り出して、城から出て行ってやろうか。

 そんな侍女のことなどお構いなしに、ルイスは声を少しばかり顰めてみせた。


「ちなみに、コーティ。さっきの会議で話し合っていたことの意味分かる?」

「……半分くらいは」

「嘘つけ。話についていけてる癖に」

「買いかぶりすぎでしょう。私はただの侍女ですよ」


 難しい話は分からん、と会議中は胸を張っていたルイスから、わざわざ問いかけてくるとは。

 口調に面白がっている雰囲気を感じるところを見るに、おそらく先程の振る舞いは会議をサボるための口実だったのだろう。うん、この王子ならやりかねない。


「……戦後、この国は被害を受けた都市の復興と、教会の解体再編の二大事業を優先させました。結果、本城再建が後回しになっていた。その予算会議でしょう?」

「うんうん」

「やっと手を付けようとしたものの、何か問題があってそんな場合ではなくなってしまった、という風に受け取れましたが……」

「そこまで分かってりゃ十分だ」


 角を曲がれば、上階に続く階段が現れる。その壁に王城には似つかわしくない傷がついたままなのを見て、ふと思い出す。なんでもこの階段も、三年前は戦場だったそうだ。とすれば、この傷は魔法の光弾でも撃ち込まれてできたのかもしれない。

 もっとも、当時城下街で終戦を迎えたコーティは、城までたどり着くことすらできなかったのだけれど。


「……王国騎士団、軍備増強するんですね」


 本城再建を延期する代わりに、騎士団が更なる力を持とうとしている、そんな会話が聞こえた。魔導船団、という言葉が幾度となく聞こえたところを見るに、この国は海上戦力を整えたいように思えた。

 窓の外に城壁が見えた。かつてコーティが突破できなかったそれに向かって、思わず小声で毒づく。


「……龍神聖教会(私たち)には、終戦後に武装解除させたくせに」


 コーティ? と響く王子の声。気付けば彼との距離が開いていて、そこでようやく、無意識に足を止めていた自分に気付く。


「失礼しました」

「……大丈夫か? 腕が痛むとか」

「問題ありません。それで? 私の認識はいかがでしたか?」

「つまんねえ、せっかく俺が説明してやろうと思ったのに、って感じ」

「説明できるほどご理解されていらっしゃるなら、会議にご参加くださいよ……」


 にい、と笑顔を向けた彼に肩を落してみせた。王子が侍女に教えてどうする、という突っ込みを飲み込む。

 こんな知識、侍女が知ってたところで何の役にも立ちやしない。むしろ王子の方こそ知っているべき事柄であって、その上で判断を下すことこそが彼の仕事ではないのか。

 暗にそんな意図を込めてコーティは問いかけてみた。


「会議の場で、どうしてあのような真似をしたのか、お伺いしても?」

「え? 俺が馬鹿だからに決まってるじゃん」

「それを自分で言いますか……」


 正直言って、コーティは彼がよく掴めない。

 ルイス王子は我儘ではあるが愚者ではない。それがコーティの認識だ。


 現にコーティが頭をひねり出して編み上げた計画は、たったの半日で彼に手玉に取られてしまった。とんでもない腹黒だ。内心では絶対コーティのことを嘲っているにしているに違いない。

 にもかかわらず、こと王子本人のことに関してのみ、彼は見事な馬鹿者になる。一辺倒に自分は馬鹿だとけなし続ける理由が、果たして彼のどこにあるのか。


 多分、と侍女は想像をめぐらす。

 これこそ彼にとってあまり触れられたくない内容なのではないか。であるならば、王子の弱みに繋がるかもしれないのだ。よし、この方向で攻めよう。

 やはりこの時、コーティが想像した通り、彼はふざけるのをやめていた。こちらを振り向くことこそなかったが、へらへら笑っていた表情が消えていることだけは分かった。


「本城再建の凍結と予算再編って流れは作った。これ以上、俺が無理に口出したところで上手く行く訳ないからさ」

「それはいくらなんでも買いかぶりすぎなのでは?」


 言っては悪いが、既に周囲からは陰口を叩かれ続けている王子なのだ。その発言の影響力も推して知るべし、と思ったのだが。


「いいや事実だ」


 重い声だった。


「俺さ、つい三年前までただの駒になる予定だったんだ。それこそあの戦争で親父が幽閉されるまで」


 王子ルイスの父親、前国王ヴィガード。コーティたち教会の戦闘員が、かつて敵とした存在。教会を蹂躙した彼も、しかし戦場に乱入した≪白猫≫の毒牙にかかり、悪事を暴かれ失脚した。


「そんな駒の口から何か言ってみろ。……かつて独裁国家を作ろうとした親父の腰巾着どもがすーぐ寄って来る。そうなれば反対する連中だって黙っちゃいない、対抗して俺を取りこもうとする。そうなったら姉上やロザリーヌたちにまで迷惑かかるだろ」

「それは……」

「そんなご機嫌取りどもにいちいち取り合ってなんかいられないさ。それじゃあ、って俺自身が強権なんぞ振りかざした日にゃ、それこそ親父の二の舞だ。……今ので回答になるか?」


 抑揚の消えた声に何と言っていいか分からず、コーティは言葉を詰まらせた。


「……申し訳ございませんでした」

「なんで謝る?」

「いえ、これでも色々と考えていらっしゃるんだなと……」

「考えてねえよ? 俺馬鹿だからさ」


 振り向いた彼は再び口元を上げる。ああ、彼はそんな自分を認めているんだな、と理解せざるを得ない微笑みで、コーティもなんだか気が抜けてしまった。


「なるほど、よく理解できました」

「つーかよ、変に俺に同情しない方がいいぞ」

「別にしてませんよ。あの≪我儘王子≫に、そんな恐れ多い」

「……いい性格してるよ、コーティ」


 少しだけ俯いて、足を止めたルイス。


 彼に合わせて足を止めたコーティは、しかし次の瞬間思い切りのけぞることになった。

 いきなり廊下でくるりと振り向いて、彼はコーティの義手をぐいと掴んだのである。主の突然の奇行に目を白黒させる侍女に、彼は言ってのけたのだった。


「つか、そんなことはどうでも良いんだ。さっそくこき使わせてもらうからな、覚悟しとけよコーティ」

「え、何を?」

「そりゃあ、決まってるだろ」


 クソつまんねえ会議より、ずっと面白いことさ。そう言って≪我儘王子≫は笑った。


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