我儘王子と側仕え その6
≪白猫≫の娘、ケト・ハウゼン。
この国において、大半の人間がその異名を知る有名人である。
ただし、その知名度の割には彼女の姿形が定まらない。
ある者曰く、彼女は猫に姿を変えることができるらしい。別の人間が言うには、誰もが見惚れる絶世の美女なのだとか。またとある識者は、翼を持つ想像上の存在に違いないと論ずる。
そんな様々な姿を持つ≪白猫≫に、共通する特徴は三つ。
銀髪の女の容姿を持つことと、かの≪傾国≫の手先であること。そしてなにより、異常な力を持っていること。
三年前の戦争が、国の根幹を揺るがすほどの混乱をもたらすほどのものになった理由。その一つが≪白猫≫の存在である。
彼女はその人知を超えた力をもって、教会の暴徒を蹴散らし、精鋭ぞろいの騎士団を窮地に追いやり、一時は前国王の命を狩り取る寸前までいったとされている。≪傾国≫の廃王女と並んで、誰もが恐れる正真正銘の化け物。
そんな≪白猫≫は、戦争から三年が経った今。
「うまうま」
王都の片隅で、丸テーブルの一つを占領して、レモネードを飲んでいた。
「うまうま、じゃねえよ」
「ジェスも飲みなよ」
「俺が甘いの苦手だって知ってるだろ」
「えー、おいしいのに……」
もう春もいい頃合いだというのに、旅人が好んで使う丈夫な生地の外套を着こみ、フードを目深に被っている。小さな口元は見えるけれど、絹糸のようなアッシュブロンドの髪は、思い切り下から覗き込まないと分かりやしない。
丈夫なブーツと革の手袋。腰に携えた安物のロングソードは、明らかに彼女には長く不釣り合いに見える。
フードの下からシルバーの瞳をのぞかせてレモネードを飲み干す≪白猫≫に、テーブルの向かいから声がかけられた。
「呑気だなあ。ケト、じゃねえや、ミヤは」
「焦ったってしょうがないもん。これでも警戒してるんだよ?」
「当たり前のことを胸張って言うなよ。……三年ぶりの王都なんだろ?」
向かいの席では、ジェスと呼ばれた少年が、テーブルに立てかけてあった自分の剣の柄を撫でていた。
きっとまだ少女の偽名に慣れていないのだろう。彼はうっかり少女の本名を口にしかけて、慌てて呼び直していた。こっそり辺りを窺うものの、人でごった返すギルドのロビーで、見るからに新人冒険者の年齢の彼らは見向きもされていないようだった。ほっと息を吐いて彼は視線を戻す。
飲み終わってしまったのが悲しかったのか、空になったカップを見つめて少し残念そうな顔をしたケトが、ぼそりと呟いていた。
「……さいしょー様に呼び出されなきゃ、来ることもなかったんだろうねえ」
「好んで来たい場所じゃないしなあ、ここは」
ケト・ハウゼン、十三歳。
同年代の娘より、少しばかり背が低いのが悩み。偽名として北の町の猫の名前を借りて、彼女は三年ぶりの王都に足を踏み入れていた。
そう。誰もが恐れる化け物≪白猫≫とは、猫でも想像上の人物でもない。美女と言うには明らかに幼すぎる、銀髪の少女であった。
「……レモネード、もう一杯飲むか? ミヤ」
「そうこなくっちゃ!」
もう一杯ください! と響いた鈴の鳴るような声は、周囲のざわめきの一つになって、王都の冒険者ギルドのフロアに広がっていった。




