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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第一章 忠誠の誓い方
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プロローグ 侍女の右腕

こんにちは。

コーティの奮闘に、ひと時の間お付き合いいただければ幸いです。


※一部に残酷な描写が含まれますので、ご注意ください。

※扉絵は香音様作

挿絵(By みてみん)



 コーティは手先が器用だ。

 それはもう、彼女にとって一番の自慢になるくらいに。


 幼い頃から、お料理だって、お裁縫だって、他の子よりずっと上手くできた。空いた時間には薪の切れ端をもらってきては、小さなナイフでせっせと削って小物を作った。

 お気に入りは最初に掘った龍神様のロザリオだ。普段は滅多に笑わない修道院のシスターが、目を丸くして誉めてくれたから。


 やがて訓練が始まっても、コーティはやっぱり器用だった。


 体術は上々。短剣術から槍術まで、なんだかんだでそつなくこなせた。

 そしてなによりも、魔法。酷く繊細でありながら、手を差し伸べれば形を変えてくれるそれに、コーティは一気にのめり込んだ。訓練生の中でもコーティは上位の成績を収め、光栄なことに教官から特殊な武器の使い方まで教えてもらったのだ。厳しい訓練で飛んだり跳ねたりしている間もずっと、コーティの腕から魔法陣の輝きが途切れることはなかった。


 では。

 その腕がなくなったら、コーティはどうなってしまうのだろう。


 腕がない。そんな想像をしたことのある人が、果たして世の中にどのくらいいるのだろうか。

 事故で? 病気で? はたまたそれ以外の理由で? どれも見事に非現実的で、少なくともコーティの場合はそんなこと欠片も考えたこともなかった。


 ただ、実際にそうなってみれば。

 結論から言おう。コーティはボケっと座り込むだけで何も出来やしなかった。


 地面に転がる自分の利き腕を見て、最初に感じたのは戸惑いだった。あれ、おかしいな、腕が落ちてる。そんなこと。


 慎重に、慎重に、地面の腕に右腕を伸ばしてみてから気付く。おっとっと、伸ばした先に手がない。それはそうか、手は目の前に落っこちているのだから、伸ばせるはずがないのだ。変なの。


 仕方がないので、反対の手で拾い上げてみた。

 真っ先に伝わったのは、ぐにゃりとした感触。生暖かくて、べとべとしていて、気持ちが悪い。腕ってこんなだったっけ。とりあえず、これじゃあいけないだろう。右腕は肩から生えているのだから、繋がっていなくちゃおかしいのだ。

 ちゃんと見ないで戻したら、ひっくり返ってくっついてしまうかも。注意して向きを合わせよう……。あー、断面ってこんな感じなんだ。はじめて見た。腕の断面なんて、私、はじめて……。


「おいッ!」


 耳元の怒鳴り声に、心臓が跳ね上がった瞬間。

 頭のてっぺんから足の先まで、雷に打たれたみたいな痛みが突き抜けた。


 視界に映るのは、噴き出す血、床に広がる血。赤い、熱い。腕が、体が、手が。ぐちゃぐちゃになった断面から白い骨が見えて、コーティは心底おののいた。


 嘘だ。右手が離れている。ちぎれてしまっている。なんで、なんで……! こんなのおかしい。絶対おかしい!


「お前、どうしてこんなこと!」


 すぐ耳元で震える大声。その響きがもう痛い、すごく痛い。ビリビリ痛い。

 聞こえるのは荒い息遣い、バクバク鳴り響く心臓の鼓動。そのどちらも自分のものだと気付く。引き攣る呼吸。それすら痛い、全てが痛い。そうだ、息。息が上手くできない。吸えない、喉が塞がっているみたい、どうしよう……!


「くそったれッ……!」


 今度は耳元で悪態。なんだこの声、妙に近い。そのせいなのか、一言一言が腕に響く。痛い、もう本当に痛い。

 今すぐこの雑音を止めてくれと言いたくて、コーティは目をこじ開けた。


 その途端、視界に男の顔が飛び込んだ。彼の頬に点々と散っているのは、きっとコーティの腕から飛んだ血だろう。肖像画から抜け出してきたような男の美貌が、その頬に跳ねた赤い印が、コーティの世界に鮮やかな色を戻した。


 そうだ。今、この場は。


「……で、殿下」

「しゃべるな、じっとしていろ!」


 状況。

 コーティは目の前の男に抱え込まれている。だから声が近い、だから声が痛い。

 ……それから?


「……王子殿下。今日こそその命、もらい受ける!」


 コーティと殿下のすぐ傍に、刺客がいる。先刻、コーティの腕を切り飛ばした刺客が。


 落ち着け。いいから、とにかく、落ち着け。

 思い出せ。自分は今晩、刺客が来ることを知っていた。だからこの国の王子を護衛するためにここに来た。やるべきことは分かっているはずだ。


「……私、守らなくては」


 状況。

 カサカサの唇を必死に動かす。ああもう、口を動かしたのだけなのに全身痛いってどういうことだ。

 まるで盾になるかのように、王子が自分を抱え込んでいた。その肩の後ろで振り上げられているロングソードに、コーティは目を見張った。


 それは駄目だ。だってそうだろう? 自分は目的を果たさなくてはいけないのだから。

 それ以上の思考は働かず、残った左腕に思い切り力を込めた。途端突き抜けた痛みの暴力に、頭の芯までくらくらさせながら、握りしめたものを刺客へと投げつける。

 宙を舞うのは自分の右腕。ズタズタに裂けた皮膚から宙に血を撒き散らす。


 出力を気にする余裕はなかった。

 収束を開始。最低限必要なのは大まかな指向性だけ。血濡れの制服の下に隠し持っていた魔導瓶が、朧げな輝きを放ち始めた。


 水を瞬時に気化させる。それが魔法の基本原理。

 投げつけた腕に向かって、その先の刺客に向かって、コーティは魔法を叩き込む。


 撃発。腕の至近で一気に水が膨張し、その体積を極限まで増大させたなら。


 破裂音と共に弾けた右腕は、王子の肩に邪魔されて見えなかった。撒き散らされる霧が赤くて気持ち悪い。けれど既にコーティはそれを見ていなかった。

 もがくように上体を起こす。遠のく意識に必死に縋る。全身を痛ませ息を吸って、全身を痺れさせながら声を出す。


「殿下、お逃げを……!」

「な、なんてことしやがったお前!」


 それを守られている王子が言うのか、ウダウダ言う前にとっとと逃げてほしい。


 状況、状況把握を。一体いつまで呆けているつもりだ自分。

 右腕がない、今さっき目くらましで粉々にしてしまった。クラクラするのは自分の心の弱さが原因か、はたまた血を流しすぎた時の症状が出ているからか。視野狭窄が酷いせいで、敵の位置がつかめない。


 すなわち、自分は既に重症を負っていた。この傷が致命傷と言えるのかどうかはまでは分からず、例え浅からぬ負傷であったとしても、コーティにはこのまま王子を死守するしか選択肢がない。ここで王子に死なれたら、全てが水の泡だと分かっていた。


 場所は?

 王城、南西の迎賓館へ繋がる渡り廊下の入り口。時刻が夜半を過ぎたあたりであることを考慮に入れたら、周囲に人の気配がないのも当然だった。


 キンキン響く耳鳴りの中で、「悪あがきを……!」と聞こえたのは敵の声に違いない。

 既知の敵だった。見覚えのある男を既に三人手にかけたコーティではあるが、全てを相手にするには流石に荷が重すぎる。ある程度攪乱したら王子を連れて逃げるつもりが、ヘマをして右手を吹っ飛ばしてしまったのが計算外だった。


 すぐそこに落ちている小ぶりのナイフを見る。先程まで右手で握っていたはずの、コーティの獲物。無意識に右腕で拾い上げようとして失敗し、左手で取り上げながら、前を睨む。


 敵は白いローブの男たちだ。先程の血しぶきを浴びたせいで赤く染まったその服は、かつてコーティも着ていたものと同じ修道着。そして今夜は敵の象徴だった。


「貴様、よくも……!」

「……はあ、はあっ……」

「誇りまで捨てたか、三桁!」


 敵の口からコーティを指し示す言葉が叫ばれたものの、荒い息を吐く自分に答えるだけの余裕はなかった。今できるのは、ナイフを握りしめて、お願い、退いてと念じることだけ。


 なぜか痛みが引いてきた気がする。だからこんなに冷静なんだろうか。代わりにじんわりと忍び寄る熱。頭の芯が痺れるのがうっとうしくて、息がどんどん苦しくなるけれど。大丈夫、きっともう少しの辛抱だ。

 援軍がすぐそこにいるのは知っている。近くの詰め所は一階入り口と四階階段右の二か所。これだけの叫びと戦闘音、警邏の騎士が異変に気付かぬはずがなく、ならばコーティがもう少しばかり時を稼げば来てくれる。


 その推測を肯定するかのように、待ち望んだ第三者の声がした。


「敵襲ッ! 教会だ!」

「殿下、お伏せを!」


 人影が、コーティの左右を駆け抜けていく。周囲に響く、鎧の擦れる音。鞘から剣を抜き放つ音。

 いつの間に倒れていたんだろうか。気付いたら自分は再び王子の腕に抱えられていて。刺客の悪態と、剣戟の音、いくつもの足音が耳元を乱舞する。「殿下をお守りしろ!」と周囲が騒ぎ立て、人影がコーティの周りを囲んだ。


「おい、どこの使用人、いや侍女か……!? ああくそっ、名前も分かんねえ……!」

「はっ……、はっ……」


 無理して体を動かしたからだろうか。彼の顔がぼやけて見える。

 どうしてこんなに寒いんだろう。熱いのに寒い、風邪でも引いたかな? やがてその寒さすらどんどん鈍くなっていくところを見るに、どうやら本格的に具合が悪いみたいだ。とりあえず援軍も来たみたいだし、少し警戒を緩めてもいいかも。


 感覚が消える。視界が透明に染まる。

 痛みが遠のくのがありがたくて、コーティはそっと忍び寄ってくる暗闇に身を任せた。


 もう痛いのは嫌。体が痛いのも、心に穴が開いたままなのも、本当は大嫌いだ。


「おい馬鹿! 目を閉じるな、しっかりしろ! すぐに手当てを……!」

「……はっ」


 最後の一息は嘲笑だ。

 命の恩人に、馬鹿だなんだと好き勝手言う。こいつに≪我儘王子≫なんて渾名がついたのも頷ける。


 見えない世界に、けれど眩しい光が瞬いていた。刺客が呻き、動きが変わる。追え、逃がすなと、騎士が叫ぶ。輝く光はコーティのお気に入り。教官に教えてもらったのと同じ、魔法の光だ。

 

 うるさいなあ、酷くうるさい。

 私はこんなに眠いのに。毛布はどこだろう……。こんなに寒いと、寝たら風邪をひいちゃうかも……。


「寝るなって! 死んじまうぞ!?」


 明日起きたら、教官に質問しに行こう。だってコーティには聞きたいことが山ほどあるのだ。自分は強くなりたい。そう、すべては教官の(かたき)を討つために。

 ……あれ? そっか、教官はもう……。


 ……眠い。

 混濁する意識。思い出の中でぐるぐる回る、自分と魔法と教官と。

 そして憎き奴の顔。


 ……眠い、眠い。

 もう、走馬灯、なんて言葉すら思いつかず。


「おいッ!」


 ご安心ください、教官。私が必ず、必ずや奴を殺してみせますから。


「死ぬなッ!」

「……≪白猫≫は、私が……」


 そうしたら、私を褒めてくださいますか……?


※本作は「看板娘は少女を拾う」の続編となりますが、単体でも読んでも問題ありません。

※一応、前作を読んでいるとより楽しめますので、お時間があればそちらもぜひ。

※明日以降、しばらくは平日一話ずつの更新となります。

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