捨てられた妻
「好きな人が出来たんだ。だから別れてくれ」
三人目の子の一歳の誕生日にそう告げた夫の隣には、勝ち誇った笑みを浮かべた若い舞台女優がいた。
夫は舞台の脚本家だ。
私は男爵家の娘だったが、売れない脚本家だった平民の夫との結婚を許されず駆け落ちをした。
始めの頃は今日食べる物にも不自由するほど困窮した暮らしをしていたが、二人目の子が生まれた頃から夫の脚本は徐々に人気になり、今では広い屋敷を購入し、豊かな生活を送れるようになった。
夫の様子が変わったのは三人目の子を妊娠した辺りの頃だった。
仕事に集中したいからと自宅から遠く離れた場所へ仕事部屋を購入し、あまり帰ってこなくなった。服装が派手になり、匂いが強い香水をつけるようになった。歓楽街で豪遊し、ギャンブルにまで手を出すようになったので何度か諫めたが、焼け石に水だった。
まさか浮気までしているなんて思いもしなかったが、現に私の目の前には若い女優の腰を抱いた夫がいる。
「君は僕が稼いだ金で生活しているくせに偉そうに文句は言うし、僕が書く脚本にケチばかりつけてくるしで本当はずっと邪魔だと思っていたんだ。気位だけは高い貧乏男爵家の娘と駆け落ちなんてしなきゃ良かったよ」
夫の言った言葉に、幼い我が子を抱いた私はただ唖然とするしかなかった。
脚本が人気になり大金が入るようになった夫は、私に仕事を辞めて家事と子育てに専念してくれと言った。それまでは夫が執筆に専念するため私がずっと家計を支えてきたが、幼い子供を抱えて仕事に行くのは正直困難だと思っていたので、夫の申し出は有難かった。だから今は仕事をしておらず、夫に生活費を貰っているのは確かではある。
だが私が夫の書く脚本に口を出すようになったのは、売れる自信がないから売り込みに行く前に、私が読んで忌憚ない感想を聞かせてほしいと言われたからだ。今では夫の書いた脚本を修正して舞台監督に渡し、細かい指示をするのは私の役目になっている。
私は確かに男爵家の娘だったし今は夫のお陰で豊かな生活が送れているけれど、駆け落ち当時に貧困で苦労した経験からとんでもない贅沢はしたつもりはないし、三人の子育てと家事の傍ら自分なりに一生懸命多忙の夫を支えてきたつもりだった。
それなのに……。
「子供の親権はやるよ。どうせ養育費がないと暮らしていけないだろ? 元貴族のお嬢様が平民に恵んでもらうなんて惨めなものだな」
蔑むように言われた言葉に、私の中で何かが砕けた音がした。
「わかりました。但し慰謝料代わりにこの屋敷は貰い受け、養育費は一括で支払ってもらいます。今後一切私や子供達と関わり合いにならないでください」
「はっ! 所詮、金か! いいだろう。金ならくれてやる。お前らと関わり合いになりたくないのは僕だって一緒だからな」
吐き捨てるように言い捨てた夫は、女優と共に出て行った。
私の腕の中で誕生日を迎えた子と、部屋の隅で固まっていた上の二人の子に、一瞥もくれずに。
「ごめんね。とんだ誕生日になってしまったけれど、ちゃんとお祝いしましょう」
扉が閉まり、しんと静まりかえった広いリビングで、私は安心させるように上の子二人へ微笑む。
一言も発せずじっと元夫が出ていった扉を凝視していた子供達だったが、両親の修羅場と父親の無関心な態度に傷ついていないわけがない。本当は彼を詰って泣き叫びたかったけれど、ここで私が取り乱すわけにはいかなかった。
みじろぎもしない子供達に、頭にきたとはいえ、彼らの前で罵り合ってしまったことを今更ながら反省する。勝手に父親との縁を切ってしまったことも後悔した。
するとそれまで大人しく抱かれていた一番下の子が、急に火がついたように泣きはじめた。
どうしたかのと思いながらも努めて明るくあやす私の腰と膝の辺りに、柔らかい腕が回される。
「お母さん、辛い時は泣いたっていいんだよ」
「だから……一緒に泣こう?」
私に抱き着いてきた二人の子供の言葉に、抑えていた涙腺が決壊する。
一緒にいたかったから家を捨ててまで結婚した。
彼の書く脚本が好きだったから身を粉にして支えた。
子供が出来たと言った時は喜んでくれて嬉しかった。
一方的に別れを告げられて悲しかった。
夫を愛していた。
湧き上がる想いに嗚咽と共に膝から崩れ落ちた私は、抱きしめてきた小さい身体と身を寄せ合いながら、そのまま四人で涙が涸れるまで泣き続けた。
あれから数年。
維持費を払えず手放すことになると思っていた屋敷で、私はテラスから広い庭を元気に駆け回る子供達を見ながら脚本を書いている。
元夫が脚本を書いていた劇場の支配人から私にオファーがきた時には正直戸惑ったが、いざ書いてみたら思いの外人気が出てしまったのだ。
子供達の笑い声を聞きながら、次はどんな話にしようかと思案を巡らせる。
私達の離婚は人気脚本家を巡る略奪愛というフレーズで世間を席巻し、舞台にまでなった。
糟糠の妻を捨て若い女優を選んだ薄情男と蔑まれた元夫の評判は地に落ち、同性から嫌悪された女優は表舞台から消えていった。
時を同じくして元夫の脚本は、ぱったりと採用されなくなった。内容に推敲した跡が見えず独りよがりの幼稚な駄作と酷評されるようになったらしい。
彼の人気がなくなるとすぐに女優は離れていったそうだ。
私を捨てた元夫がその後どうなったのかは知らないが、私は今大切な子供達と幸せに生きている。
この後、主人公は実家の男爵家に仕えていた執事の息子(幼馴染)と再会し、再婚を考えます。しかし一度失敗しているので決断できずにいる所へ、落ちぶれた元旦那が主人公とよりを戻そうと近づきますが、子供達に「おじさん、だれ?」「お母さんに近づくな」「僕達のお父さんになってほしい人は一人だけ(幼馴染)だ」と言われたことがショックで立ち去り、子供達の懇願もあって幼馴染と目出度く結ばれます。
ジャンルを異世界恋愛の予定で書いていたのに恋愛要素が皆無になってしまったため、上記のご都合主義部分を入れようかどうか悩んで蛇足になると思って入れないことにし、ジャンルも変更しました。ざまぁ不足だと思われた方は申し訳ありません。
ご高覧くださり、ありがとうございました。




