夢色飴玉
駄文ですが、お付き合いいただければ幸いです。
甘いものは嫌いだ。特に飴などはいつまでも甘さが口の中に残るようで一等嫌いである。
小さな小さな古ぼけた神社の境内。ここを知っているのはもう私だけなのではないか。そう思えてしまうほど誰もここを気にとめず、忙しなさそうに手元の小さな液晶を覗きながら目の前の道を通り過ぎる。まるで鳥居で世界がキッパリと別れてしまっているような静けさの中、階段に座り込みぼうっと赤い門を見上げた。
進路が決まらない。高校を出て、その先が決まらない。ここ最近、私の周りはその話題で持ち切りだ。みんな、そろそろ自分の将来というものを考え始めたのだろう。まぁ、就職するにせよ、進学するにせよ、進む方向というものを定めなければならず、みんなそれで悩んでいるのだ。かくいう私もその一人である。高校を出たらどうする、などと友達に聞かれはするが、毎度毎度なんとなく流してしまうのだ。未だ、自身の将来というものを決めあぐねているうちの一人である。なんせ父はしがないサラリーマンであるし、母は最近では減ってきている専業主婦というやつだ。継ぐ家業もなければ、何をしたいという夢もない。
ころり、と口の中の飴玉が転がる。甘い香りが口の中いっぱいに広がっていて、なんとも言えない心地だ。元来、私は甘いものよりも煎餅などのしょっぱいものの方が好きなのだ。普段ならば飴など口に入れようとすら思わない。しかし、この場所に来ようと思う度、近くのコンビニで買ってきてしまう。帰るころには次は買わないようにと思うのだが、次来るときにはいつの間にか買ってしまうのだ。飴が日持ちする食べ物でよかった。そうでなければとてもじゃないが私一人では食べきれない。
特に何を考えるでもなくぼうっと空を見上げる。少しずつ赤くなっていく空は美しいグラデーションを描いていた。そういえば、昔もここでこんな空を見た気がする。確か、あの時は一人ではなく、男の子と一緒に見ていた。
幼いころ、ここに越してきたばかりで周りになじめなかった私はいつもこの神社に逃げ込んでいた。ここには誰も来ないからと、ここで一人でよく遊んでいた。いつだったか、そこに同い年くらいの男の子が加わるようになり、二人でへとへとになるまで遊んでは、夕暮れを見上げていた。初めての友達だった。それが嬉しくて嬉しくて、家族に自慢して回ったりもした。その時からだっただろうか。私が遊びに行くとき、必ず祖母が私に二人分の菓子を持たせるようになったのは。
ぼんやりと幼い友達を思い出す。名前は、なんだっただろうか。二人だけの世界に名前など必要なくて、幼い私はそんなこと気にもせずに転げまわっていた気がする。落ち葉まみれになりながら二人で笑っていた。それだけでそんな小さなこと、私はどうでもよくなっていたのだ。
ころり。飴玉がまた転がる。彼もよく、私に飴を与えた。初めて彼がそれをくれたのは、何度か会った日のことだった。二度目は親とケンカした日。三度目は近所の犬に吼えられた日。何かある度この遊び場に逃げ込む私に、彼は飴を取り出して、優しく頭を撫でたのだ。白い紙にくしゃりと包まれただけのその飴は、きらきらと輝いているようで、一等宝物だった。食べずに持って帰るとぐずる私を彼がなだめて二人で食べたのは一度や二度ではない。何色とも言えない複雑なその飴は、一つとして同じものはなかった。しかし味だけはいつも同じだった。甘いものが嫌いな私も、その飴は不思議とおいしいと思った。あれはどこで買える飴だったのだろうか。いまだにあの飴を見つけられていない。
彼がいなくなったのは唐突だった。私が小学校に上がるころ、姿を見せなくなってしまったのだ。いつもは私より先に来ているくせに、その日だけはどこを探してもいなくて、夕暮れまで待っても彼は現れなかった。それ以来、彼とは一度も会えていない。あの飴玉も、見つけられていない。幼い私の友達は突然いなくなってしまった。私はだんだんと周りに馴染んでいき、彼を探すことも減っていった。小さい時の友達なんて、そんなものだろうか。
そういえば、一度だけ彼が私に夢を尋ねてきたことがあった。私は何と答えたのだったか。きっと、お姫様とか、ケーキ屋さんとか、平凡な答えだっただろうけど。その時はあれがしたい、これがしたいと欲張りだった気もする。
飴が、溶ける。口の中で転がすものがなくなって、私は立ち上がる。将来どうするか、なんて決まっていない。しかし、幼いころの夢を追うのも悪くない気がしていた。
私がここにいるのは、飴を舐め終えるまでだ。飴がなくなれば、帰る。それがいつもだったから。その短いはずの時間で悩みなどが軽くなるのだから気分転換は大事だと思う。
甘いものは嫌いだ。特に、飴なんかは。けれども、彼がくれたあの飴を作れたら、なんて夢を持ってみるのも、悪くないと思うんだ。
お付き合いいただきありがとうございました。