殺リモク女とヤリモク男
「ねぇ健斗君……そろそろ行こうよ」
そろそろ行こうよ。
悪戯っぽい笑みで、唯月は確かにそう言った。
これはつまり……そういう誘いなんだろうか。
いやそういう誘いに決まっているだろ! どう考えても!
そういう小悪魔的な微笑み方だろこれ!
つまり行けるって事だ。オーケーって事だ。
ヤラせてくれるって事だ!
……よっしゃあああああああああああああああ!
稲島健斗18歳、大人の階段駆け上がっちゃいまーす!
「もう健斗君ったらニヤニヤしちゃって……そんなに楽しみにしてくれてるの?」
柔らかく微笑んだ唯月。癖の強いボサボサの黒髪と目の下のクマがちょっと怖いが、顔立ちは整っているしスタイルもとてもいい。かなりの上物だ。
童貞卒業の相手としては申し分ない。
いやーほんと上手く行ったもんだぜ。
寂しがり屋で依存体質だと噂の唯月にターゲットを絞って、一人で寂しそうにしている所を付け狙って声を掛けていった甲斐があったぜ!
てか可愛いなーやっぱ! あー早くヤリてー!
おっといかん、あまりニヤついてるとヤリモクがバレる。
イケメンスマイル、イケメンスマイルっと。
そして俺は取り繕ったイケメンスマイルで唯月に微笑みかける。
「すまないね唯月。君と一つになれるのが余りにも嬉しくて」
「私も嬉しい……! 大好き健斗君!」
やっぱ行けるなあこりゃあ!
しかし……まさか最初のデートからヤレるとは思わなかったぜ。
上手く行きすぎて拍子抜けだが、唯月はそんだけ俺にデレデレって事なんだろう。気にしたら負けだ。
もちろん準備もバッチリだ。
従業員が耄碌した婆さんばかりなので高校生が入っても通報される危険性が低い格安ラブホへの最短経路も、コンドームも、ジョークグッズの類も鞄に満載してある。
四十八手とか各種エロテクも低反発枕で練習しまくってバッチリ脳内に保存してある!
一切の抜かりは無い!
「さて……行こう唯月」
「うん!」
俺は伝票を指で颯爽と抜き取り、早歩きでレジに向かう。
すかさずキメ顔で振り向く! そしてイケボ!
「ここは俺に奢らせてくれ」
……決まった!
そんな俺を唯月は目を輝かせて見上げてくれている。
「健斗君……カッコいい!」
「唯月が可愛すぎるから……カッコよくなっちゃったよ」
「嬉しい……!」
あーもう自分でも何言ってるか分かんないな。まあ唯月にはウケてるみたいだしいいや。
ふと、唯月が一歩踏み出して来た。……そして前かがみになり。
……はい! 初キス頂きました!
マジかあああああ! 最高過ぎか!
あー柔らかかった。
もう最高だなこれ。てかやっぱ行けるじゃんこれ完全に。来てるね。俺至上最高に来てるね。
何か店員の人がスゲー顔で見てるけどどうでもいいな。最高だし。
「行こ、健斗君」
「ああ……!」
そして、俺と唯月は運命のラブホテルへとイチャイチャと手を繋ぎながら歩を進めて行った。
すれ違う奴らがチラチラと見て来るのが何とも心地いい!
オラオラ哀れな雑魚通行人共! さあこの世の春を謳歌する俺達イチャラブカップルを精々羨ましがるがいい! そして呪え! 嫉妬しろ!
昨日までの俺のようになあ!
「健斗君と手が繋がってるの嬉しい……」
「俺も嬉しいぜ……! ずっと一緒だぞ!」
「健斗君……」
あー楽しいなあもう。最高過ぎるぜ。
よし、この林沿いの道を抜ければとうとう辿り着くぞ!
いやーほんとセックスって一体どんな感じなんだろう?
唯月の裸ってどんな感じなんだろう?
楽しみだなああああああああ!
あーもう心臓がバクバクで頭おかしくなりそうだよお。
「この辺りでしよっか」
「えっ」
――は?
「どうしたの? この辺りでヤろうよ」
え……嘘だよな?
いくら人通りが無いとはいえ、こんな野外で!?
ちょっとテンション下がるなあ……大人しそうな唯月がそんな変態性癖の持ち主だったなんて。
そんなの流石に付き合いきれねえよ。
絶対嫌だぞ。最初のセックスを野外でして警察のお世話になるなんて。
……なんとか普通にホテルでヤル方向に持って行かないと。
俺が作戦を考えていると、唯月は小さなピンク手提げかばんに手を突っ込んで何やら準備しているようだった。
何だろう。
「色々持って来たよ。ねえ……健斗君はどんなのがいい?」
ああ……コンドームの話か。
だったら……
「うーん。なるべく薄いのがいいな。0.01ミリとか」
「0.01ミリ? ごめん……私が持って来たのはどれも1ミリ以上はあるかも……ごめんね」
今時1ミリだと!? ……分厚すぎて逆に高そうだな。
でもいきなり1ミリはねえよなあ。
まあマンネリ化してきたらそういうのもアリかもしれんが、最初は薄い方がいいよなあ。
「ごめん唯月。俺はやっぱり薄い方が良いかなあ」
「……そっか……ごめんなさい」
「大丈夫。俺がちゃんと持って来てるから」
「ありがとう健斗君」
そういやコンドームの事をどうこう言ってる場合じゃなかった。
野外セックスだけは何とか阻止しなければ。
「なあ唯月。ここだと人目に付くしホテルでとか……どう?」
「なるほど! 健斗君って頭いいね!」
いやそれが普通だろ馬鹿なのかお前は、と言いかけたが当然言わない。
俺はヤレそうな女には優しいんだ。
そして俺は栄光への道を進んで行く。
心臓がバクバクの手汗がダラダラのまま、唯月の柔らかい手を繋ぎながらアミューズメント施設じみた平屋のラブホへと入り込んで行く。
そして……いざ……! 一番いい部屋の扉を開く!
内装は思ったより普通でビジネスホテルといった感じ。
でもそれが逆に興奮するという感じもする。
いや……そんなことはどうでもいいんだ。
ついに俺はヤレるんだ!
それも滅茶苦茶可愛い女と!
唯月と見つめ合って微笑み合う。
ああ幸せだ。俺は今、間違いなく世界で一番幸せだ。
「健斗君……ずっと健斗君をヤリたかった」
ん? 何か日本語がおかしいような気がするが……まあいいか。
「……俺も唯月とヤリたかったよ」
この場合はこう返していいよな? まあいいだろ。
「嬉しい……健斗君……」
おお、涙目になって喜んでるし。
言ったら悪いけどチョロいなあ。ほんとチョロくて助かる。
「健斗君……早速アレ出して。薄いの持って来てくれたんだよね?」
何か早いな。お風呂入ってからで良さそうだが。
……まあいいや。
俺はショルダーバッグからコンドームの箱を取り出して机に置いた。
もちろん0.01ミリの一番高級な奴だ。
「何これ?」
唯月は目を大きく開け広げて、コンドームの箱を睨んでいた。
……ちょっと待て何か怖いんだが。
ヤバい何かミスったか?
「こんな物必要無いよね?」
「――ひっ!」
叩くような大きな音と共に、コンドームの小さな箱に包丁が突き立てられていた。
突き立てたのが唯月だと理解して、即座に腰が抜けてへたり込む。
頭の中で根源的な恐怖が粟立って来た。
この女はヤバい。……絶対に!
「健斗君……早く出してよ薄い包丁。0.01ミリの包丁持って来てくれたんだよね?」
唯月は机から包丁を抜き取り、ナマハゲみたいに掲げている。
何が起きている? ……考えろ……ここは心を落ち着けて考えるんだ……
俺は恐怖しながらも、不思議と冷静な心持ちになりつつあった。
そうか……そういう事か……。
大体分かって来た。
つまり……「ずっと健斗君をヤリたかった」ってのは「ずっと健斗君を殺りたかった」って事ね。
「ねぇ健斗君……そろそろ行こうよ」ってのは、「ねぇ健斗君……そろそろ一緒に天国に行こうよ」って事か!
なるほど!
――ってやべえよ!! 死ぬじゃんそんなの!!
嫌だ! 死にたくない!! まだ童貞だぞ俺は!!!
考えろ……考えるんだ……生き残る方法を……
「ゆ……唯月」
「なあに? 健斗君」
「あの……天国は……ないかも……しれないよ」
「――何でそんな事言うの!!」
「ひっ!!」
あ……死んだ。
確実に殺される奴だ……どうしよう……どうしよう!
ああそうだ……俺は……
「えっと……死ぬ前に……唯月と……セックス……したいなあって」
ああダメだ! 何を言ってるんだ俺は!
しかし唯月は優しく微笑んでくれた。
助かった!?
「健斗君も男の子だもんね。もちろん好きなだけしてあげるよ。でも慌てないで。天国で二人きりになってから沢山しようね」
はいダメでしたー!
こうなったらもう天国に行ける事を願おう!
それしかないな! うん!
……神様仏様! どうかお願いします!
俺はこれでいて結構いい奴なんです! この前機嫌が良かったから部屋に入って来たクモ逃がしてやった事もあるんです!
唯月も怖いけど一途で可愛い所もあるんです!
だから唯月と一緒に天国に行かせてください!
お願いします!
「健斗君。薄い包丁持って来てくれたんでしょ? 早く出してよ。健斗君をヤったら私もすぐに行くから安心してね」
……いやまだだ! まだ生き残る可能性はある!
諦めるな俺!
「えーっと。薄い包丁なんだけど……実は家に忘れちゃって……」
「そうなの?」
唯月は少し寂し気に俯いている。
行ける! このルートなら行けるかも知れない!
「えっと……俺はどうしても薄い包丁で天国に行きたいんだ……だって天使の羽は薄いだろ?」
自分でも何言ってるか分かんないけどこうなりゃヤケだ!
「唯月と天国に旅立つ時は……薄い包丁じゃないとダメなんだ! だって唯月は俺にとっての天使なんだから!」
「健斗君……!」
包丁を取り落とした唯月が、感極まったように抱きしめて来た。
助かった……のか?
よかった……。
それにしても……こんな状況だってのに……唯月のおっぱい柔らかいなあ。
生きててよかった……助かってよかった……よかった。
「うううう……あうううううぅ」
「どうして泣いてるの? 健斗君」
「うううぅ……ご……ごめんよおおお……包丁忘れちゃって……」
「そんなに謝らなくていいよ。でも次のデートの時はちゃんと持って来てね」
「ひぃ……ぅうううう……もちろんだよおおおぉ」
こうして、俺は唯月に殺されずに無事にラブホを脱出する事が出来た。
もちろんそれだけで安心する程、俺は馬鹿ではない。
すぐに両親に土下座して全ての事情を説明し、家族ともども速攻で離島に引っ越したのだった。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
青く澄んだ海に、ミャアミャアとウミネコの鳴き声が響く。
あの殺人未遂及び童貞卒業未遂事件から1年近くが経った。
今、俺はこの爺さん婆さんばかりの離島で生きている。
送料はアホみたいに高いけどいい島だ。
それにしても……生きているって素晴らしいなあ。本当に。
あの頃の俺は馬鹿だったな。猿みたいにセックスセックスって。
今はもうセックスとかどうでもいい。本当に心からどうでもいいんだそんな事は。
ただ生きていられれば俺はそれで幸せなんだ。
波の音に小さく息を吐くと、船の汽笛が鳴り響いた。
連絡船が港に着いたようだ。
頼んでいた漫画の最終巻もそろそろ来る頃だろう。
楽しみだなあ。
俺はのんびりと青い海を見渡しながら発着所に向かっていく。
その時、俺の行く手に白いワンピースを着た女が立ち塞がった。
「――健斗君。どうして逃げたの?」
唯月の手には、透き通る程薄い包丁が握られていた。