1.いつもの日常
はじめまして幽と申します。
処女作ではありますが、楽しんでいただけると幸いです。
平日の朝は忙しい。早めに起床して短い時間で身支度を整えなければならないからだ。それは学生も社会人でも変わりはしない。
『《最悪の震災》と呼ばれた東京大震災から十年。被災地では先日、追悼の儀が』
「憂遅刻するわよー!」
「そんな大声出さないでも分かるって。はぁ、学校行きたくねぇ……」
気怠そうにトーストを食べている少年、(瀬流 憂)は目つきが鋭く、くせ毛が目立つだけの普通の少年だ。
母親の( 亜梨実)と一緒に2人暮らしをしており、今日は高校の始業式であった。
「今日クラス替えあるんでしょ? スタートダッシュが遅れたら今後の学校生活に響くわよ」
「えー。自己紹介とか明日だろうし、別に今日行かなくても……」
「屁理屈言わないの。ほら、食べ終わったらお父さん拝んできなさい」
「はいはい」
憂の学年は今年から二年生に進級するのでクラス替えが行われる。その為登校した方が良いのだが、そんな事はどうでも良かった。昨日終わりを迎えた春休みは余りにも短く、その儚い命にいつまでも哀愁を漂わせていた……
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「どっくらしょ。じゃあ行ってくるよ、父さん」
仏壇に線香をあげ、写真に写る男に語り掛ける。
男の名は(瀬流 普吾)。十年前の大震災の時、憂を崩れてきた建物から体を張って守り、そのまま潰されて死んだ憂の父親である。
当時の出来事を憂はあまり覚えていなかったが、どうやら泣きじゃくる自分を母親が必死になって連れ出したらしい……別れの挨拶も言えずに、ひたすら必死に。
その後、自衛隊の捜索が行われたが父親は発見されず今に至る。
父親との思い出はたったの六年、それも朧気……それでも自分を大事にしてくれたのは身を以て知っているし、あの時庇ってくれた父親を憂は今でも尊敬していた。
「全く……もうちょっと髪何とかならないの?」
「母さんの髪だって似たようなもんだろ?」
「私のはオシャレ、あんたのは寝ぐせ。まったくもう……ほら、学校頑張ってきなさい」
「はいはい」
母親と他愛のない会話をしながら玄関で靴を履く。きっと憂にとって"この瞬間"は何気ない日常の一部で、連続する日々の一コマなのだろう。
しかし、それはかけがえのない時間であり今しか味わえない体験だ。"何気ない、特別じゃない日常"を家族と共に過ごすから過去の辛さもこれから訪れる苦難にも立ち向かうことが出来るのだ。
「憂」
「なんだよ母さん」
「いってらっしゃい」
たった八文字の挨拶、これだけで愛されている事の証明が出来る。
これが今の瀬流家の幸せの形。こうして息子と普通に暮らせることに亜梨実は十分満足していた。
「いってきます」
返事をして玄関を開け、そしていつもの日常を送るのだろう。
だが、何の前触れもなく瀬流家の幸せは終わりを告げる。
この何気ない日常はもう二度と戻る事は無い。
終わりというのはいつだって突然で残酷だ____反吐が出るくらい最低に。
出来る事ならあの頃に戻りたいと、憂だった"何か"は夜に涙を流した。
今回だけ三話投稿しますので、良かったら見ていってくださいね