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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
一章 : 誘拐犯に恋した少女の話
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第一章7.這い寄る地獄

 車に乗せられ連れてこられたのは服屋だった。


「すみません。自分はセンスが良くないらしいので自分で選んで貰っていいですか?」


「えっと……私の服をですか?」


「それ以外に何かありますか?」


「その……姪? の方に服を買うと言っていたので」


 服といえば思い出されるのは昨夜のネットゲーム上での会話だ。

 男の操作するアバター〈フェイスレス〉は姪に服をプレゼントすると言っていて、男はそれを今日買いに行くとも言っていた。

 だからその用事だと踏んでいたのだが。


「ん? ……ああ、なるほど。昨日のは嘘ですよ。流石に拾ってきた女の子の服を買いたいとは言えないので」


 納得できる説明だった。確かにいくらネット上でもそれこそ本当に通報されかねないだろう。

 言われた通り服を選んでいくことにした。

 と言っても私も母に買ってもらうばかりで服を選んだことはない。直感を信じて選んだ。


「……ホントにそれでいいんですか?」


「え? 可愛くないですか?」


「可愛い……すみません。自分には凄まじい絵柄に見えてしまったので……」


 スカートやズボンについては何も言われなかったがTシャツはあまり良くない印象のようだ。

 確かに万人受けする絵柄ではないかもしれないけれど。


 選んだ3枚のTシャツを見渡す。

 蛇、蜥蜴、カメレオンの少しリアルな絵がプリントされている。

 どれも愛らしい表情だ。


「……爬虫類、好きなんですか?」


「好きです。フェイバリットです。いつか飼いたいです」


「……まあそう言う人もいるとは聞きますのでいいと思います」


「はい!」


「……一応無地のものも何枚か買っておきましょうか」


 男は終始微妙な顔をしていたけれど私はかなり高揚していたので気にもとめなかった。




 その後も肌着や靴下などいくつか身繕い、籠はかなり一杯になった。


「会計を済ませてくるので少し待っていてください」


 少し離れたところで待っているとすれ違う人々がチラチラと見ている気がする。

 何かと思い自分の姿を振り返ってみると理由はすぐに分かった。


 身体中に巻き付けられた包帯。長袖の服で大部分は隠れているものの目立つだろう。

 まさか虐待によるものとまでは分からないだろうけど傷の数は異常だ。

 人目の少ないところへ移動しようと思い通路へ出たそのときだ。


 私は災厄を目にした。最も見たくない存在を見つけてしまった。

 咄嗟に試着室へ駆け込む。


「っ……ハァハァ……なんでここにっ……!」


 私が見たのは店内に入ってきた数人の子供。同じクラスの女子だ。

 恐らく私達と同じく服を買いに来たか。

 流石に私を捜しに来たなんてことはありえないはず。


 けれど、だとしてもだ、わざわざこんなタイミングで来なくても。

 折角あの地獄から解放されたと思っていた。

 けれど近くに住んでいれば会うこともありえなくはない。

 どこへ行こうと私は逃げられない。そう告げられているような……。


「もう……やだ……」


 試着室のガラスに映る惨めな自分を見ながら踞ることしか私にはできなかった。




 あれから長い時間経った気がする。

 何回かノックがあっては心臓を跳ねさせ、恐る恐る入ってますと言い、相手が去ることで安心してまた踞る。

 けれど少し前からノックもされなくなった。


 店員もずっと使用中の試着室に不審に思う頃か。

 そろそろクラスの女子は帰ってくれただろうか。

 ……あの男も帰ってしまったのだろうか。


 怖い、怖くて出られない。

 あの男がいなくなったら私はどうなる?

 店員に見つかり、警察を呼ばれ、またあの地獄に逆戻り。


「嫌だよ……」


 外に出れば地獄が待っている。心にまた冷たい風が吹き始める。凍てつく心を溶かすものはもういない。ここからは絶対零度へ突き進むのみ。


 そんな地獄が私を待っている気がしてカーテンを開けられない。私はもう一歩も動けない。

 けれどもカーテンに鍵などついているわけもない。外からも簡単に開けられる。


 ほら、隅に隠れる私に光が差し始めた。

 再び私の地獄が幕を開けるんだ。


「遅くなってすみません」


 その光は地獄の幕開けではなかった。


「なかなか見つからなかったので逃げられてしまったのかとも思ったんですが」


 その声を聞くだけで心が温まるようだった。


「つぼみさんと同い年くらいの子が居ました。あの子達がいたから試着室から出られなかったんですよね。もう帰ったみたいなんで安心してください」


「ごめん……なさい……」


「謝らないでください。無理矢理連れ出してしまった僕のせいです。申し訳ありません」


 涙が溢れそうになる。

 けれど駄目だ、ここで泣けば余計に迷惑になる。

 迷惑だと思われれば捨てられるかもしれない。

 私はもうこの人にすがるしかないんだ。だから今すぐ立ち上がろう。

 涙を飲んですっと膝を立てる。


「……ありがとうございます」


「では、帰りましょうか」

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