第二章30.それぞれの役目を
気づけば彼はそこに居た。
大男に捕まった炎纏う少女。
その構図が激しく揺れたかと思えば次の瞬間には少女の姿が無くなっていた。
まるで瞬間移動でもしたかのように、彼は少女を助けていた。
「……あなたは誰? 春瀬白のなに?」
灰崎つぼみと名乗る少女の仲間であることは確か。
そして灰崎つぼみの表情を見て、おおよその検討もついていた。
今までの彼女の話、そして現在の恋い焦がれるような目。
男の名乗りで答え合わせをする。
「お待たせしました宇花さん。僕は春瀬白、本人です」
春瀬白。
知らない人間のはずなのに、名前だけが頭にこべりついている。
「春瀬白、本人……ああ、うん。本当に待ったよ。これ以上待てないくらい。だから……絶対に逃がさないで!」
息を吐く間も与えない号令。
それに従うように魅了支配下の人間達が標的を囲む。
群衆は隙間なく、ジリジリと詰め寄る。
あとは春瀬白も能力で言うことを聞かせるだけ。
(それで凪も助かる……はず、だよね)
思い込みにも近い期待、そんな思考の最中で彼らの会話が聞こえた。
「白さん、どうするんですか? 隙間なく囲まれてしまうと白さんの能力でも……」
「心配ありませんよ。僕達には心強い仲間が居ますから」
仲間という言葉が気になり警戒を強める。
次の瞬間、地面が大きく揺れた。
「地響き……? まさか攻撃!?」
咄嗟に横たわる凪に覆いかぶさる。
しかしその地響きは私達に対する攻撃ではなかった。
攻撃対象は春瀬白と灰崎つぼみを囲う群衆。
反応する間もなく変化は完了し、気づけば彼ら二人の周りの地面だけが陥没していた。
「何これ、地形変化? それも春瀬白の周りだけ……」
奥の深い五円型の大穴、その底に沈められた100人にも及ぶ群衆の脱出は最早不可能だった。
一体誰の仕業か、言及する前にそれは正体を表した。
「仲間のピンチとあらばどこへでも駆けつけるさ。俺は――――ギルドマスターだからな」
一人の男が大穴に接近し、地面に触れる。
すると穴の縁から一本の道が伸び、春瀬達が穴を超えるための土橋が架かった。
「ありがとうございます。茶和田さん」
「おう。ロリっ子も久しぶりだな」
「あっはいお久しぶりです……いやそんなことより茶和田さんも、その……心壊症患者、だったんですか?」
「まあ色々あってな……けど今こうして仲間の助けになれてるから、俺はこの病に少しだけ感謝しているよ」
合流した彼らは談笑する。
感動的な再会の最中なのかもしれない。
水を差すのも悪いと思わなくもない。今私がこんな状況でなければ。
「あなたは誰……いや、春瀬白が見つかった以上もう誰も必要ないか。消えてくれる?」
「嬢ちゃんが例の……悪いがそういうわけにもいかない。俺にも役目があるからな」
「ふーん……どうでもいいけどさ、人と話すときはちゃんと目を見て話せって習わなかったの?」
「それはまた今度、な!」
茶和田と呼ばれていた男は会話の腰を折るように地面に触れた。
その行動はさっきも見た。
それが彼の能力の発動条件で、先程の地形変動も彼が原因なのだろう。
私は攻撃に備え、凪に被害が及ばないように少しだけ前に出て構える。
その配慮が仇となった。
地形の変形は私の背後で発生した。
反応する間もなく、一瞬で私と凪の間に壁を作られる。
男の目的は私達姉妹の分断だった。
「っ、凪!!」
「おっと、そっちには行かせてやれない。あいつらの用が終わるまでな」
いつの間にか側まで接近していた男。
彼はさらに地面を触り、四方から壁が伸びた。
最後に私と茶和田の二人を囲む壁に天井が足され、空間は完全に闇に閉ざされた。
光がなければ私の目を見れない。
能力が封じられた私は、子供の力で大人の彼を叩きつけることしかできない。
「凪をどうする気だ! ここから出せ!!」
「落ち着けって。春瀬は妹さんの治療に来たんだよ」
「凪の治療? だったら私を隔離する必要がどこにあるの?」
「だって、君は信用できないって言って春瀬の邪魔をするだろ?」
「っ……」
こちらの思考が見透かされている。
だが見ず知らずの人間を信用なんて誰ができるのか。
こうしている間にも凪は危険な目にあっているかもしれない。そう思うと不安で仕方ない。
そんな私の心情に反して、男は緩い口調で言う。
「まーあいつらの治療が終わるまで、俺とのんびりお話でもしようや」
◇
「流石茶和田さん。上手いこと宇花さんを無力化してくれましたね」
「本当に凄い能力……茶和田さんもカンリシャなんですか?」
「いえ? そもそも彼はうちの組織、『シャッター』の所属ではありません」
「え?」
予想外の回答に疑問の声を漏らす。
組織が把握している心壊症患者は漏れなく組織に引き込んでいるものと思っていたから。
「茶和田さんは現在テレビ局に勤めています。ただ組織と全く関係ないわけでもなく、分かりやすく言うならメディア業界のスパイですね」
「メディア……もしかして今回の宇花さんが起こした騒動とかを?」
「そう。心壊症に関する報道を隠蔽するための内通者の一員です」
言われて納得する。
組織『シャッター』の表向きの活動はただの製薬会社。
世間から心壊症を隠すのであれば、メディアや政府にも人員を配置する必要があるということか。
「さて、そろそろ役目を果たしましょう。宇花さんは平気そうにしていましたが重傷のはずです。体も、心も……手遅れになる前に急ぎましょう」
赤佐宇花の重傷、それは2つの意味が込められていた。
体の重傷といえば狙撃された背部の傷、致命傷ではないにしろ内臓を損傷していたら危険だ。
心の重傷といえば、彼女が第三症状を発現させてからかなりの時間が経過している。第四症状への移行まであとどれだけ保つのか……。
そして白の言う役目、これは茶和田と事前に話し合って来たのだろう。
その役割分担を白は話し始める。
「宇花さんのことは茶和田さんとつぼみさんに任せます」
「え、でも私は説得に失敗して……」
「まだ失敗じゃありませんよ。つぼみさんの言葉は必ず宇花さんに響いています」
「そう、ですかね……」
「はい。だから最後の一押し、お願いします」
「……分かりました。やれるだけやってみます」
できるか分からない。けどやってみたい。
そう思えたのは白から言われたからってだけでなく、私自身が赤佐宇花のことを諦めきれていなかったから。
「任せました。では僕も僕の役目を……凪さんを助けます」




