第二章25.幹部の役目
「白百合の騎士……? ふざけてるの?」
仲間を助けに公園に来た私とハウンド1。
けれど仲間は意識があるのに動こうともせず戸惑った。
そこへ偽名で名乗り出てきた不審な女性、私には問いかける以外の選択肢はなかった。
「ふざける? ……まああなた達からすればふざけてるかも。これゲームのハンドルネームだし」
ゲームの名前だと言って自己紹介する女性、言葉を重ねるほどに警戒心は増すばかりだ。
(何この人……ゲームと現実の区別がついていないヤバイ人? この女にバウンド5、6はやられた? 一体何が目的……?)
脳内を巡り続ける疑問、問いただすべきなのに言葉が見つからない。
「落ち着けハウンド2。相手のペースに飲まれるな」
「……そうね。ごめんハウンド1。……それで、その白百合さん?は私達に何か用?」
ひとまず平静を装うために、大雑把な質問を投げかける。
「あなた達に話があってね。盗聴されたくないからこの公園内での電波通信も禁止させてもらってる」
「電波妨害? 用意周到だね」
「別に用意なんてしてない。私はただ命じただけ、この公園と、彼らにも」
謎の女性が指差した彼らというのは、再開してから微動だにしないハウンド5とハウンド6のことだった。
命じたというのが文字通りの意味ならば、彼女の言葉にはそれだけの強制力があるということ。
意識あるものならまだしも、無機物どころか公園という概念にまで作用する命令、そんなものは特殊能力とでも考える他ならない。
つまり彼女は……。
「あなた……まさか心壊症患者?」
「それ、聞かなきゃ分からない?」
肯定、と捉えて良いのだろう。
疑念が確信となり、自身の警戒レベルを最大まで引き上げた。
私が身構えていると、次いで女性は話し始めた。
「私の用件は一つ。今回の案件から手を引いて。そうすればこの人たちも無事に帰すから」
今回の案件というのは言うまでもなく呼称名『ハーメルン』の討伐だろう。
私達の作戦をどう知り得たのかは分からないが、彼女が『ハーメルン』の関係者であることは間違いない。
そして今彼女は人質を取って私に交渉している。
「つまり、この二人はまだ無事ってこと?」
「彼らには生命活動以外の行動全てを禁止しただけ。もちろん、禁止事項に生命活動を加えることも可能」
「そう……それがあなたの能力なのね」
会話の主導権を握られないように振舞うが、内心ではかなり焦っていた。
話を聞いただけでも彼女の能力は非常に強力だ。
発動条件によっては今この場にいる私も命の危険に晒されている。
「それで、手を引いてくれる?」
威圧するように問いかけてくる。
それでも私は責務を果たすために……怯えてなんかいられない。
「……私達が見逃せば多くの民間人に被害が出る。絶対に阻止しなくてはならないから……私達だって犠牲になる覚悟はとっくにしてる」
「交渉決裂……とても残念」
落胆したような表情で白百合の騎士と名乗る女性は予想外の行動に出た。
何の意味があってか、彼女は靴を脱ぎ始めたのだ。
「……? 何をしてるの?」
「靴、邪魔だったから。戦うにはね」
戦うという言葉に瞬時に身体が反応する。
心壊症患者とまともにやりあって勝てるわけがない。
だから彼女が動く前に殺す、その一心で私は拳銃を構えた。
「動かないで。私達のことを知ってるなら、これが本物だって分かるでしょ?」
「うん、そうだね。撃ちたきゃ撃てばいい」
私の忠告を無視して堂々と歩みを進める女性。
対して私は間髪入れずに引き金を引いた。
乾いた音と共に発射された弾丸は間違いなく女性を射止めた。
「私にその覚悟がないとでも思った?」
「おいハウンド2、無抵抗な相手に何を……」
「仲間が二人やられてるんだから悠長なこと言ってられないでしょ」
「……それもそうだ」
パートナーのハウンド1は私に静止の言葉をかけてきたが、すぐに納得してくれて同じように拳銃を構える。
対して弾丸をその身に受けたはずの女性は平然と言葉を返してきた。
「酷いな……私だって民間人だよ。それとも心壊症患者に人権はない、なんて法律でもあるの?」
「っ! ハウンド1!」
「分かってる!」
二人の手から連続して放たれる銃撃、その全てが標的に着弾しているはず。
それなのに女性は意に返すことなく歩みを止めてくれない。
「そろそろ分かった? 攻撃なんて無意味だって」
「どうして……」
「私には私を害するモノの接触を禁止するルールを付与してる。現に今、私に触れようとした銃弾は動きを停止した」
女性の説明自体は理解しやすいものだったが、私の脳はその理解を拒絶しようとする。
だって、それが本当なら私達に勝ち目はない。
勝てないならもう……選択肢は一つしかない。
「逃げるぞハウンド2。公園の外に出ないと応援も呼べない!」
「分かってる!」
追いつかれる前にこの公園を脱出しようと逃走を図る。
しかし女性にとってはそれも想定内の行動だったらしい。
女性は地面に手を触れて言葉を発する。
「逃がすわけがない。『禁則付与、対象:この地面に触れている全ての靴、禁止事項:地面から離れること』」
その声が聞こえた瞬間、地につけていた足が酷く重く感じて転倒してしまう。
「痛っ……!」
「なんだこれ……靴が接着されたみたいに動かない……!」
信じがたいことだが、仲間の言葉は今の現象を的確に説明していた。
その現象は私達にのみ起こっているようで、敵対者である女性は全く意に返さず歩み続けていた。
「靴……まさか最初にあなたが靴を脱いでいたのはこのために……!」
「うん。今からでも靴を脱げば動けると思うよ。まあ、もう追いついちゃったから意味ないけど」
攻撃も効かない。逃げることもままならない。
そして追いつくことが目的だったということは、おそらく能力の発動条件は直接触れること。
この心壊症患者は今まで相手にしてきた標的とは比べ物にならないほど……。
「強すぎる……!」
思わず漏らした言葉に反応するように女性は言葉を返した。
「うん、強くないとダメな立場だからね。私は『カンリシャ』、一般的に言えば組織の幹部。カンリシャって言うのは管理する者って意味もあるけど本来の意味は……理を冠すると書いて『冠理者』」
地に伏す私達二人に触れて、まるで恐怖を刻み込むかのように語り掛ける。
「私の冠する理は『秩序』。平等な世界の秩序を守るために、私があなた達のルールを決める」
その言葉を最後に、私の意識は途切れた。
◇
『4人からの通信が途切れた。4人の救出は別動隊を向かわせる。残る4人イーグル1、2とハウンド3、4は引き続き注意して作戦を遂行するように』
指令部から現場の4人への通達。
けれどその通達を聞いていたのは4人以外にももう一人存在した。
「うん、確かさっき無力化した4人はハウンドって呼ばれてた。残りのイーグルって言うのは察するに遠距離支援……スナイパーか」
青葉李里、秘密組織『ハートシャッター』の幹部の一人。
赤佐宇花救出のために動くつぼみ達とは別で、その赤佐宇花を標的としている政府組織『リーパー』を無力化するために単独行動をしていた。
彼女は拝借した端末で通信を盗聴し、さらにマップの位置情報を確認する。
「こうしてGPSまでついてるのは探す手間が省けて助かるけど、数が多くて面倒……終わったらロリっ子達にいっぱい褒めてもらおうかな。いや……失敗して罵倒されるのも捨てがたいな……」
持ち前のふざけた思考を口に漏らす。
けれど行動だけを見ればふざけているなんて誰が言えようか。
救済を行動指針とする秘密組織『シャッター』と危険の排除を行動指針とする政府組織『リーパー』は相容れない存在。
そんな中で彼女は自分の組織の存在意義を守るために敵対組織を一人で抑えこんでいる。
「さてと、地道に一個ずつ潰していこう」
幹部として相応しい行動、彼女は仕事に対する姿勢だけは真摯だった。




