第二章23.力を振るう理由
赤佐凪が心壊症を発症したのは赤佐宇花の発症とほぼ同時刻だった。
姉の部屋で何やら大きな物音がすると思い、覗いてみると父親と姉がベッドの上で何かをしていた。
何をしているのか理解できなかったが、姉が苦しんでいることだけは分かった。
「助けたい……でも……」
自分では父を止められるわけがない。
自分の無力を憎みながら二人の様子を見ていると、玄関の方から物音がした。
買い物に出掛けた母親が帰ってきたのだ。
母ならきっと姉を助けてくれる。
そう思って急いで呼んだ。
だが何故か母は姉を叱りつけ、姉はそのまま家から出ていった。
訳がわからなかった。
理解できない、だから感情で動くことにした。
家を去る際、姉は絶望した面持ちだった。
その顔を見るだけで心が酷く痛んだ。
両親が姉を助けてくれないなら、私が姉を助けなくちゃ。
今の両親は姉の敵、姉を守るために……敵を倒さなきゃ。
すると手に不思議な力が宿る感触があった。
この力は、きっと敵を倒すために授けられたものだ。
両親にその手を振りかざす。
「二度と私達に関わらないで」
怒りのままに力を振るった。
その結果、両親は姉妹両方の記憶をすべて失った。
その記憶の全てが赤佐凪自身に流れ込む。
私利私欲にまみれた親の過去を見せられた。
だから赤佐凪は確信した。
親ですらこんなに汚いなら、他の大人達はもっと汚いかもしれない。
そんな汚い大人から姉を守るために、この能力を得たんだ。
赤佐凪は姉を追いかけた。
姉を守るという決意と、『記憶略奪』の心壊症能力を携えて。
姉と合流してからは助けられるばかりだった。
生活するための知識がなく、頼るばかりだった。
外での生活は苦しいこともあったけど、姉が笑ってくれるから自分も平気だった。
けど、姉の笑顔が奪われる出来事があった。
姉は街中で知らない男に話しかけ、そのまま男についで行った。
男と話す姉は笑顔だったけど、どこか悲しさを感じた。
男の部屋に連れられ、私は別室で寝かしつけられた。
でも姉の顔が気になったから寝たフリをした。
姉が別室で男と話し始めた頃に私はその部屋を覗いた。
何故か裸の二人、ベッドの上、そして姉の顔。
あのときの父と姉の光景が鮮明に思い出された。
「駄目、お姉ちゃんを助けないと……」
しかし動こうとした途端、男は突然床で眠り始めた。
姉も安堵したような顔でベッドで横になった。
何事もなかったのか? 理由が気になり男の記憶を奪ってみた。
やはり汚い大人の思考に変わりはなかった。
それでも姉が無事だったのは、姉が自力で撃退したようだった。
それでも不安だったのは、後から姉が恨まれないかということだった。
だから姉を守るためにも、男からは自分達に関する記憶の一切を奪った。
すると能力を使った直後、鋭い偏頭痛に襲われた。
原因は分からないが能力の代償であることは確かだろう。
だが姉を守れるなら構わないとその代償を受け入れ、それからも姉が男を撃退する度に赤佐凪は能力を振るった。
「わたしが、おねえちゃん、まもる……」
本人は気づいていないが、それは脳の記憶容量圧迫の危険信号だった。
幼い赤佐凪にとって大容量の記憶略奪は脳に障害をもたらすほどのものだった。
最たる障害となったのは言語能力低下、少女は言葉を紡ぐことが不得手になってしまった。
そして少女の脳は既に限界間近、万が一これ以上能力を使えば間違いなく……。
◇
「あれ……ここは……」
目を覚ますとそこは寒空の下。
公園に来たことは覚えている、なんで来たのか覚えていないけど。
気を失う前は確か凪に出会って……。
「そう言えば凪はどこに……?」
辺りを見回すまでもなく、妹の存在はすぐに見つかった。
私の足元で倒れていたのだから。
「凪? こんなとこで寝ちゃ駄目だよ?」
軽く揺すっても反応がない。
眠る頻度が多くなったとはいえ、いつもは呼び掛ければすぐに目を覚ます。
だから今の妹は異常だと気づいた。
「ねえ凪? 起きてよ。ねえってば、凪!」
呼吸はあるものの、顔をしかめるばかりで一向に目を覚まさない。
どうすれば目を覚ます? どうしたら助けられる?
私には分からなかった。
「このままじゃ凪が、助けを呼ばないと……」
言葉にして気づく。誰を呼べば凪を助けてくれる?
その問いに対して誰の名前も思い浮かばなかった。
誰かと暮らした気がする。
誰かと会話した気がする。
誰かと笑い合った気がする。
誰かと同じ時間を過ごして……でも、その『誰か』が誰も思い浮かばない。
「なんで……なんで思い出せないの……? このままじゃ凪が……誰でもいいから誰か!」
必死に記憶を探っても、思い当たるのは空の記憶。
そこにあったはずの思い出がすっぽり抜け出したみたいで。
何も言葉が思い浮かばなくて……。
「誰か……誰も助けてくれないの……? やっぱり私なんか……でも春瀬さんなら…………え?」
自分の言葉に耳を疑う。
無意識に口に出たその単語。
「春瀬……春瀬白……誰だか分からないけど、何とかしてくれそうって思えて……」
誰も思い出せない中で名前だけ思い出せる人物。
その人なら凪を助けてくれる気がする。
その人なら何故私が何も覚えてないのか教えてくれる気がする。
なら、その人を探さないと。
私が知ってるのは凪と自分のことだけ。
自分の能力は鮮明に覚えてる。
そして、ちょうど公園前に通行人を見つけてしまう。
私は凪を抱えて近づいた。
「すみません、聞きたいことがあって。春瀬白って知ってますか?」
「? 悪いけど知らないよ」
「待って……ちゃんと私の目を見て答えて! 春瀬白について、知ってることを教えて!」
「な、何だよ。知らないって言って…………」
「……本当に、知らない?」
「知りません」
「そっか……じゃあ探すの手伝って?」
「はい」
「……本当にごめんなさい。でも急いで探さないといけないから。『春瀬白』を……」
凪を助けるためなら何だってする。
例え何人利用することになっても……記憶すらない私に頼れるのはもうこの能力しかないから。




