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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
第二章:パパ活少女と妹の話
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第二章20.愚者と未熟者

「心壊症……暴走……」


「それが白銀優希の身に起きた全て。公表するわけにもいかなかったから死亡したことになっている」


 白銀優希の眠る本社へ向かう道中、青葉さんは市松さんへことの経緯を全て説明した。

 話の間は疑るような顔をしていたが、現実を目の当たりにしてその表情は一変した。


「先輩……本当に生きてて……」


 生きていることに対する喜びが一番強いようだった。

 けれど正常とは言えないその姿への畏怖もあるのだろう。


「先輩は……助かるのか?」


「……先に説明しておくと、第三症状で昏睡したなんて事例はない。そこから目覚めた者がどうなるか……も分かるはずもない」


「そうか……それより、1年も眠っているのにいきなり目を覚ますなんてことあるのか?」


「彼女が昏睡したのは他の心壊症患者の能力によって悪夢を見せられていたから。その人は今朝その能力を解除した。今は薬で昏睡状態を引き延ばしてるけど、あと数十分でそれも切れる」


「……その悪夢の能力って、もしかして春瀬白か?」


「厳密には違うけど春瀬君も関係してる。……確かに彼女は1年間醒めない悪夢に侵されている。けどその能力がなければ白銀優希は今頃この世には……」


「分かってる。そのことで恨みはしない……感謝もできないが」


 殺されていないと分かった今でも、白さんへのわだかまりは消えていないらしい。

 気持ちの整理がつかないのも仕方ないとは思う。ずっと恨み続けた相手なのだから。


「それから、長い期間悪夢を見せられた彼女は確実に精神が衰弱している。目が覚めた時にパニックを起こさないとも限らない。そこで市松さん、あなたに協力して欲しい」


「協力って言っても……俺ただの後輩なんだけど」


「けどあなた以上に彼女と近しい関係の人はいない。彼女を安心させられるとすればあなたしか……もちろん症状が進行すればあなたも危険に晒される。断っても良い」


「いや、危険とかはどうでもいい。もしその第四症状とやらに飲まれるとしても……白銀先輩のためなら体くらいくれてやる」


「……ご協力感謝します。では、準備に取り掛かります」








 この延々とループされる悪夢は、神が与えし裁きなのだろう。

 私は過ちを犯したから。


 ずっと犯罪を憎んできた。誘拐は特別憎んだ。

 それは誘拐犯のせいで娘と死別することになったから。

 だから警察官として犯罪者に裁きを与え続けた。

 自分の内包する悪を顧みることなく。


 娘が死んだのはあの誘拐犯のせい、それは誰から見ても変えようのない事実。

 けれどあの子が死ぬまでに私は親として尽くすことができたか?

 警察官として民を犯罪から救ってきたつもりだった。

 娘を蔑ろにしながら。

 そしていざ娘が犯罪に巻き込まれても救うことはできなかった。

 私は親としてあの子に何もしてあげられなかった。


 どれだけ悔いても取り返せない過ち、だから一生こうして悪夢の中で過ごすのだろう。


 そう思っていたのに、突然悪夢は終わりを告げた。

 感覚的に分かった、自分はもうすぐ目を覚ますんだって。

 私は許されたのだろうか。

 

 しかし神が許そうとも、私は私を許せない。

 警察官として持ち続けていた自信は全て喪失していた。


 一番守るべき存在すら守れなかった私に民を守る資格なんてあるはずない。

 贖いきれない罪を背負う私に犯罪者を裁く資格なんてあるはずない。

 今までの自分の人生をもう肯定できない。


 私は何のために生きればいい?

 私は生きていて良いのか?

 いっそ死んでしまいたい。


 ああ、光が差してきたということは、目が覚めるのだろう。

 目が覚めれば身体も自由に動かせる。

 悪夢と違って自分の意志で自分を終わらせられる。

 今までとやることは変わらない、警察官として悪を裁いてきたように、今度は自分という悪を裁くだけ。

 やはり私は……死ぬべき人間だから。




「白銀先輩、俺は貴女が好きです」


 最初に目に映ったのは、見覚えのある顔だった。

 悪夢には登場しなかったけど、あの頃より小汚いけど、今でも忘れられない後輩の顔。


「あなたの能力を尊敬しています。

 あなたの人格に惹かれています。

 あなたの生きざまに惚れています。

 あなたが死んだと思って、伝えられなかったことを後悔しました」


 以前から私を肯定し続けた後輩は、今も私を肯定する。

 こんな惨めな人間を肯定し続けるのは昔も今もこの男だけなんじゃないだろうか。


「僕の力ではあなたの仕事を遂行しきれなかった。

 なんとかもがいて愚行を犯した結果、警察官をクビになりました。

 俺には先輩が必要なんです」


 やめてくれ、私はそんな立派な人間じゃない。

 お前よりも惨めで滑稽な悪人だ。


「俺なんかに言われても嬉しくないかもしれませんが……」


 私なんかに生きている価値はない。


「それでも……生きていてくれて、ありがとうございます」


「……わた……しは……」


「っ! 先輩!」


 ようやく声が出た。

 だから如何に私が愚かな人間かこの男に言おうと思った。

 けど何を言うんだっけ。

 私は何も守れない弱者で、本当に裁かれるべき悪人は私で。

 でも、この男はそんな私を肯定してくれて……。


「わたしは……生きてて……いいの?」


「……らしくないですよ。あの頃のストロングな先輩はどこに行ったんですか」


「でも……私は誰よりも愚かで……」


「愚かなんて、そんなはずありません。先輩はいつだって俺を導いてくれたじゃないですか」


「そう……だっけ」


「そうですよ。愚かだって言うならそれは俺です。先輩が突然いなくなるから俺、ホームレスのダメ人間になっちゃいました」


「……まだまだね」


「そうです。俺はまだまだ未熟です……だから、また愚かな後輩を導いてくれませんか?」


「……そうね。こんな未熟な後輩がいたんじゃ……死んでられないわね」


 あれだけ長い期間かけて固められた死の決意は、ものの数秒で塗り替えられた。

 結局私も些細なきっかけで心変わりする弱い人間ということか。


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