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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
第二章:パパ活少女と妹の話
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第二章14.汚れた世界の住人

「突然どうしたんですか未散さん? しばらくぶりですが……」


 僕の心に住まう少女、羽黒未散。

 最後に話しかけてきたのは僕が牢屋に収容されているときだったか。


『いい加減あの女が鬱陶しいから苦情を言いに来たのよ』


「あの女? 宇花さんのことですか?」


『そ。嫌でも目が覚めるわよあんな色目使われちゃ。その度に跳ね除ける私の身にもなってくれる?』


 久々だというのに彼女は非常に不機嫌そうだった。

 宇花のアプローチが気に入らないとのことだが……未散に色目? 

 それは自分にも向けられた視線ということ、それを彼女が跳ね除けているということは……。


「色目って……まさか彼女の催眠能力が僕だけ効かないのって……!」


『ほんっと気持ち悪い。あれ催眠っていうより魅了よ? 女なら能力じゃなく魅力で魅了しろってのよあの売女……』


 自分だけ宇花の能力が効かない理由が判明した。

 そこに理由があるのなら、宇花のために自分が取るべき行動は一つだろう。


「そういうことでしたか……なら次は受け入れてあげてください」


『話聞いてた? あなたが良くても私が嫌なんだけど』


「一度だけでいいんです、証明が必要なだけなので。彼女の感じた運命がまやかしだったという証明が……」


『ほんと悪い男……一度だけよ、それ以降は実験もなしにして』


「ありがとうございます」


『そんな証明、あの子には無意味だと思うけどね……』


「……かもしれませんね。でも僕には伝える義務がありますから」


 彼女は告白のきっかけに運命という言葉を用いた。

 けれどそれは口実でしかなく、運命が偽物でも彼女の根本は変わらない。


 だとしてもそれを教えないのはフェアじゃない。

 本気の思いには、例え応えられなくとも誠実に向き合うべきだから。


『……あっそ、好きになさい。私が言いたかったのはそれだけよ』


「あ、待ってください! もう一つだけ……」


『……何?』


「そろそろ教えてもらえませんか? 悪夢の能力を解く方法を」


 彼女の心壊症の能力、醒めない悪夢を見せ続ける。

 その悪夢に侵されている人といえば……。


『ああ、あの女刑事? それとも悪夢の中で大人になった同級生達?』


「どちらもです。今じゃなくともいつか起こしてあげないといけませんから」


『ふぅん……いいわよ。ただし前者だけね』


 意地悪そうに言う少女。

 けれど冗談で言うはずもなく、未散は未だに長年眠り続ける同級生達を許していないということか。


「……確かに、彼らの仕打ちは僕らにとって許せるものではありませんでした。けれど僕には……過ぎた罰を与えてしまっているように思います」


『起こしたって無駄よ、あいつらは絶対に謝まらない。自分の失った時間を惜しむようにただ恨むだけ。そういう自分のことしか頭にない、罪を償えない害虫だから……私が罰を与え続ける』


「……分かりました。でもいつかはきっと……」


『どうでもいいわ。女刑事を起こすときが来たら私を呼びなさい。それじゃおやすみ』


「はい……おやすみなさい」


 そう言って、彼女は今度こそ僕との繋がりを絶った。

 きっと彼女は恐れている。

 恨みを持った人間が何をするか分からないのは彼女が一番分かっているから。

 だから恐くて解放できずに、その業を背負い続ける。


 どうすれば僕は羽黒未散を救えるのか。

 最もそんな方法があるのなら、彼女はとっくに救われているのだろう。

 誰もが醜い弱者だから、誰も救われることはない。







 いつも通り、そう言えるようになってきたこの4人での生活。

 起床し、揃って朝食を取り、各々が出発する。

 最近赤佐姉妹は私達よりも早い時間に家を出ている。

 どこへ向かっているのかは知らない。


 だから白さんが出発するまで短い時間だが二人きり。

 本当なら幸せな一時のはずなのだが、今はちょっとそんな気分になれなかった。


「コンポタ―。ご飯だよー」


 ペットのトカゲに餌をやっていると白さんは私に声をかけてきた。


「つぼみさん。もしかして体調悪いですか?」


「……全然そんなことありませんが、なんでですか?」


「いえ、いつもと様子が違うように感じたので……気のせいならいいんです」


 いつもは鈍いくせにこういうときだけ鋭いのは少しだけ腹が立つ。

 心壊症のこともあって体調の細かな変化に気を使っているのだろうけど……。

 いつもと様子が違うかだって? それはこちらのセリフだ。  


「白さん、宇花さんと何かありました?」


「んぐっ」


 不意に聞くと白さんは息をつまらせた。

 明らかな不自然があったわけではないが、これは図星と受け取って良いだろう。


「んんっ……何かって、むしろ何かあったように見えました?」


「ラブコメの波動を感じました」


「それどこで覚えたんですか……?」


 言葉を濁すが、じっと見つめているとやがて答えてくれる。


「……隠すことでもないですね。おそらくつぼみさんの想像通りのことがありましたよ」


「やっぱり……」


 最近は仲良く話せているつもりだったが、やはり赤佐宇花とは相容れない。

 情が移らないようにしたかった。

 でも今は彼女の境遇を知って、白さんに思いを寄せるのも仕方ないと思ってしまう。


 俯いて考えていると白さんが私の頭に手を置いた。


「大丈夫ですよ、何も変わりません。だから安心して待っていてください」


 彼の目には私の表情が不安げに写ったのだろうか。

 私の恋心を知っているからこそ、彼は告白を受けても受け入れられない。

 ずっと前から分かっていたことだ。


 愛する人の幸せを考えるのならば、私は彼への思いを諦めなければいけないんだろうな……。


「……心配なんてしませんよ。白さんのこと信じてますから」


 分かっているからこそ、こんな言葉を発してしまう自分が嫌いだ。


「ありがとうございます。では行ってきます」


「……行ってらっしゃい」


 明るく会釈する白さんに私は小さく手を振った。


 白さんを信じているのは本当だ。

 けれどそれを言葉にしたのは信じるなんて綺麗な感情からじゃない。


 信用、純愛、端から聞けばなんて綺麗な言葉だろう。

 でも私が使うとその言葉は途端に呪いを帯び始める。

 白さんを呪いたくなんてないけど、この恋を実らせる方法がない私はこうするしかない。


 綺麗な言葉が汚くなるのは、みんなと私の住む世界が違うからだろう。

 汚くなることを知っていてその言葉を使う私も、やっぱり汚れた世界の住民なのだ。

 きっと白さんは綺麗な世界の住民だから、やっぱりこの恋が実ることはない。


 それでも私は、今日も未練がましく白さんを信じる。

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