第二章10.未だ想起する頃のまま
「あの人、獅子郷さんは組織の幹部の一人。うちの幹部は5人いて『カンリシャ』って呼ばれてるよ」
案内の道すがら、青葉は先程口論した相手の説明を始めた。
「管理者……ですか?」
「カンリシャは基本会社でいう管理職と同じで指示をするだけ、でもその部下は全員"心壊症患者"だから。みんな部下の暴走を止められる力を持ってないといけない」
「……でもカンリシャって人達もその……心壊症患者、なんですよね? その人達が暴走したら……」
「もちろん、カンリシャになる条件としてある程度メンタルが強くないといけなかったり色々ある。……そのせいか変な人が多いけど」
獅子郷を変な人と称したことに少女たちが妙に納得した顔を見せたのを確認して、青葉は話を続けた。
「獅子郷さんは組織史上、唯一人の男性のカンリシャ。けどあの人は結構まともな方でね、他の3人は癖が強いから会うことがあったら気を付けたほうがいい」
「あの人でまともな方なんですか……あれ、3人? あと一人は?」
「あ、それ私」
「へ?」
「私も獅子郷さんと同じ、カンリシャの一人」
青葉はさらっと答え、質問を投げた宇花は少々驚いた表情を見せたが、すぐにまた納得したような顔を見せた。
「そう、私も変人の一人」
「わざわざ自分で言っちゃうんですね……」
呆れている宇花の横で、今度は組織の一員でもあるつぼみが聞いた。
「青葉さんって偉い人だったんですか?」
「ん、つぼみちゃんには言ってなかったっけ」
「組織の詳しい話は僕しか聞いていないと思いますよ。と、長話はこの辺にしといてそろそろ案内を再開しましょうか」
話している間に目的地に到着した。
その目的地というのはここが研究施設と呼んでいる所以だ。
「ここが研究フロアです。今は治療法の研究が主なんでしたっけ?」
「うん。まだ治療法の目処は立ってないけどね」
「研究って……でもここ……」
自分の言葉に宇花は戸惑っているようだった。
それもそのはず、研究フロアを謳いながらその実態はパソコンの置かれたデスクや資料棚といった、およそ普通のオフィスの外観だからだ。
「これが組織の『研究』の実態です。実例から仮説を立て、その対策を講じるだけ。それでも十分な成果は出ます」
「でも……もっと本格的な研究の方が成果は出るんじゃ……」
「確かにそうなんですが……」
説明が難しく言い淀んでいると、青葉が助け船を出してくれた。
「心壊症は人間にしか発症しない。それを検証するとすれば、人体実験しかない」
「……はい。だからこそ私も、危険な組織だと思っていました」
「それをしない理由は一言で言えば倫理観の問題。心壊症の治療法が確立すれば世間にも公表する予定だからあまり非合法なことはできない、って言うのもあるけど、それ以上に人体実験は研究する側の負担が大きいから」
「研究する側ですか? 研究される人ではなく?」
「……この組織に所属する人はみんな心壊症患者。普通の価値観の人なら、研究者だけでなく組織に所属しているだけで悪いのことに手を貸しているではと思い込み、結果精神汚染に繋がり症状が進む危険性がある」
「あ……」
「だからできない。その分研究の進みは遅くなるけど、目に見えているリスクは負えない」
この説明で危険な組織ではないと分かり、少女たちは多少なりとも安心できるだろう。
だが組織としては決して良いとは言えない。
今も世界中で苦しむ人が心壊症を発症させているかもしれない。
一刻も早く治療法を確立すべき、しかし既に発症してしまった人達を蔑ろにしていいはずがない。
二の足を踏み続けている、それがこの組織の現状だ。
「そろそろ次のフロアに……」
いくつかのフロアの案内が終え、次へ移動しようと考えていた頃だった。
「ん……ぅ……」
「凪? もしかして眠い?」
「……ごめん、なさい」
そんな会話が聞こえ、少し納得してしまった。
確かに職場見学にしたって、こんな普通のオフィスのような場所で小難しい話をしても子供に興味が湧くはずがない。
「あー……凪さんには退屈だったかもしれませんね。では仮眠室の案内を……」
「やはり仮眠室か。私も同行する。ついでに抱き枕になってくる」
「そんなことばかり言っているからカンリシャは奇人の衆とか言われるんですよ。つぼみさん、お願いできますか?」
「分かりました。行ってきます」
変態を適当にあしらい、大人よりまともな少女に頼んだ。
子供だけで行かせるのもどうかとは思ったが、歳も近いし変に気を使わなくて済むだろう。
「すみません。あの子家出てから暇な時間はずっと寝てたから変な癖ついちゃったみたいで」
「構いませんよ。むしろちょうどよかったかもしれません。これから案内する場所は少し子供には刺激が強いかもしれないので」
「?」
そのまま次の案内をしようとエレベーターに乗り込み、地下2Fへと向かわせた。
「ここは病室フロア。治療が必要な人で普通の病院じゃ受け入れられない人を預かってるんだ」
「治療っていうのは心壊症とは別の病気で?」
「うん。ケガや病気で日常生活に支障があるけど心壊症で外観を損なったり、他の人と共同生活できない人とかが利用してるよ」
フロアの説明は青葉に任せ、自分はしばらく沈黙していた。
宇花もこちらを気にしている様子だったが、自分には構っている余裕がなかった。
なにせ今向かっている場所は……今から会う人物は、自分にとって明るい気分でいられる相手ではないから。
それからしばらく歩き、奥の奥へ進んで他とは隔離された病室にたどり着いた。
そこにはガラス越しに目を閉じ、横たわる人物がいた。
「この人は唯一第三症状、つまり暴走状態を経て生き延びることができた一例。言い換えれば、これが第三症状を負った人の末路です」
宇花は心なしか青ざめている様子だった。
それは目の前の人物が、およそ普通の人間とはかけ離れた外観を持っていたからだろう。
しかしこちらにも気にかける余裕はなく、淡々と説明を続けた。
「本来暴走が始まれば肉体に麻酔をかけても止まりません。しかし同じ心壊症の能力で眠らせることが可能だと初めて分かった事例でした」
「……治るんですか? この人は」
「……分かりません。目覚めた途端に再び暴走する可能性もあり、未だ起こす予定はありません」
「そんな……じゃあこの人はずっと眠り続けるってこと?」
「はい……いえ、すみません。実際にはただ眠っているだけではないんです」
「え……?」
「この人に使われた能力は――――悪夢を見せる能力、昏睡は副次効果なんです」
逸る鼓動を押さえつける。
この女性の顔を、体躯を、その腕ならざる腕を見るたびに、思い出さざるを得ない。
主張が相容れず争ったあの日を。
この女性が眠り続けているのは、自分にも責任があるということを。
「この女性――――白銀優希さんは1年前からずっと、醒めない悪夢に侵されている」
1年前のあの日、立場と思想の違いで敢えなく衝突し、春瀬の中に住む羽黒未散に眠らされた警察官がそこにいた。




