第二章9.歓迎と高圧
「今日一日、お時間をいただけますか?」と尋ねたところ赤佐宇花は快諾してくれた。
当初の彼女の様子からもう少し難航すると思っていたのだが。
どうやらつぼみさんとも親密になったらしく、それが関係しているのか随分雰囲気が軟らかくなった。
自分のいない間に何かあったのだろう。
何にせよ、彼女が安心できているのならそれでいい。
不安やストレスは心壊症の天敵だから、これで懸念材料も少しは減ってくれるだろう。
そして自分を含めた4人を乗せた車が到着したのは……。
「ここが製薬会社兼秘密結社『シャッター』の拠点の一つ、研究施設です」
『シャッター』の研究施設、それはつまり心壊症の情報がが最も集約する場所とも言える。
それを案内できるのは限られた人間のみ、そこには心壊症を患った赤佐宇花も含まれる。
厳密には赤佐凪は対象外だが、子供に知られても問題は少ないということと、なにより二人一緒でなければ赤佐宇花がここに来てくれないため許可を得た。
「ここでは企業としての建前である薬剤の研究もしていて、心壊症の研究の方がおまけのようになってしまっています。なにせ研究と言っても実例がまだまだ少なく研究試料を用意するのも難しい。ですので仮説を重ねて検証の準備をしている段階です。僕たちも月に一度協力している……のですが……」
この施設について説明をしている途中だったが、口を一旦止めた。
それは宇花さんの様子が気になったから。
彼女は家を出る前とは打って変わって、怯えるようにキョロキョロしていた
「どうかしましたか? すごく警戒しているようにみえるのですが……」
「いや、その……春瀬さん……その研究とやら、私にも協力しろとか言うつもりだったりする?」
その言葉を聞いてハッとした。
つまり彼女は自分の身体も無関係ではない研究をしている施設だと言われ、自分も実験体にされるんじゃないかと不安に思ったと。
そんな自分の配慮の足りなさに辟易とする。
「……言葉足らずですみません。ここに連れて来た理由は単に知ってもらいたかったというだけなんです」
「知るって……何を?」
「少しでも安心できればと思いまして。あなたが患った病気について、それにうちがどんな組織かということを知ってもらうことで」
「そう……ならいいけど」
なんとか納得してもらえたらしく、落ち着きを取り戻したようだ。
そのまま中へと入り、受付前でこちらに近づいてくる人影があった。
「や、来たね少年少女」
「今日はありがとうございます」
「ご無沙汰です、青葉さん」
「つぼみちゃんご無沙汰ー」
「えっと……」
自分とつぼみは当然青葉を知っているが、二人からすれば知らない場所で知らない人がフランクに話しかけてきた状況。
しかし戸惑っていることに気づいてくれた青葉がそれをフォローした。
「と、そちらが宇花ちゃんと凪ちゃんだね。初めまして、私は春瀬君とつぼみちゃんの友達兼上司の青葉だよ」
「あ、初めまして……。ほら、凪も挨拶」
「……こん、にちは」
「こんにちは。しかし春瀬君。小学生二人にギャル一人のハーレム、いよいよ絵面がヤバいね。職質されなかった?」
「本人たちの前で洒落にならないこと言わないでくれません?」
少女たちの緊張を和らげるための彼女なりのユーモアだったのかもしれないが、一度警察のお世話になっている身としては笑えなかった。
お互いのあいさつを終えたところで、次の行動へ目を向けることにした。
「さて、今日はどこまで案内していいんでしょうか」
「特に案内できない場所はない。けど、その前にいい?」
「? なんでしょう」
「ちょうど今日社長が来てて、会いたいって」
「……え?」
青葉に連れられ立ち止まったのは一室の前。
その黒塗りの扉は重く閉ざされており、入りづらい雰囲気を感じる。
それを宇花も感じたのか、緊張した面持ちで尋ねてきた。
「あの……私たちも入っていいんですか?」
「うん、社長は貴女たちに会いたいって言ってたから。そんなに緊張しなくても取って食われたりはしないよ」
「一度会ったことありますが物腰の軟らかい良い人ですよ。……僕は苦手ですが」
「え」
「さ、入ろっか」
青葉は扉をノックして返事を待たず入室する。
すると扉の先には、逆に部屋を出ていこうとする人影と対面した。
「……む。これはこれは、同士青葉ではないか。この出会いもまた運命か」
「うわ出た……お疲れ様です。獅子郷さん。社長に用事ですか?」
「案ずるな、用は済んだ。それと青葉よ、他所他所しい言葉遣いはやめろといつも言っているだろう。俺に釣り合うのは貴様の美貌くらいなものだ。運命の相手に壁は隔てるものではないぞ」
獅子郷と呼ばれる男は青葉に口説き文句を浴びせかける。
青葉はそれが苦手らしく、笑顔を作りながらも冷ややかな目で棘のある言い回しをする。
「……ふふっ、私もあなたに運命レベルの何かを感じます。見るだけで吐き気を催すほど嫌悪を感じる人間なんて、あなただけですから」
「……なるほど、言葉は濁さずとも無礼は辞さないか。しかしその蔑みの視線もまた美しい。端的に言えば興奮した」
「あっ同類ですねあなた達。僕はお似合いだと思いますよ」
同じ奇人変人の類で、とまでは口に出さなかった。
どうして僕の周りの大人は変態が多いのだろうか。
しかしこちらの物言いが気に入らなかったらしく、二人は明らかに不機嫌そうな顔を見せた。
「……春瀬君、怒るよ?」
「確かに似合いというのは正しい評価だが……貴様の言い方は含みを感じて腹が立つ。弁えろ新入り」
「それはすみません。以後気をつけますね」
「ちっ……ところで新入り、いつからうちは託児所になった?」
「子供とはいえつぼみさんは正式に組織の人間ですよ?」
「それも納得はしていないが、今言っているのはその小娘ではないことは分かっているだろう」
「……心壊症患者とその妹さんです」
「阿呆か。ここは施設まるごと機密だらけだ。患者もその親族も部外者なら入れるべきでないことは分かるだろう」
口は悪いがその言い分は間違いではないと思う。
しかし納得は到底できなかった。
「部外者? そう言って排他し続ければ野良の患者は増える一方でしょう」
「その患者を救う組織の体裁を守るために、機密が機密でなくてはならないのだろうが。恥を知れ、貴様は新入りらしく郷に従ってさえいれば良いのだ」
「ですが……!」
「春瀬君もういいから。獅子郷さん、今回は私が許可を出しました」
「青葉……いくら未来の嫁とはいえその独断行動は感心しないな」
「誰が嫁か、私は嫁を取る側だ」
「……ん?」
唐突のカミングアウトは流石に理解できなかったらしい。
清水と付き合っている事実を知っている自分とつぼみならその意味を察することはできるが。
青葉は獅子郷の反応を無視して話を切り替えた。
「とにかく、次から気を付ける。あとここ社長の御前だから、二人ともちょっと弁えて?」
「そろそろ、話は纏まったかい?」
すると気づけば奥にいた女性は扉の目の前まで来ていた。
社長と呼ばれる女性は怒りをあらわにするでもなく諭すように言う。
「あまり煩く言うのは性に合わないけれど、少し自重しようか」
「……申し訳ない」
「すみませんでした」
獅子郷に続き謝辞を述べる。
ここに来た目的を忘れるほど感情的になるとはなんとも情けない話だ。
「分かればいいんだ。さて、そちらが例の赤佐姉妹だね?」
話についてこれず静観していた少女たちが話を振られビクっと肩を揺らす。
「私はこの組織のトップの海透だ。みんなには社長だとかボスだとか呼ばれているよ」
「あ、どうも」
宇花が会釈をすると社長は有無も言わさず接近して二人の顔をジッと見た。
恐れを感じたのか凪はすぐに姉の後ろに隠れてしまう。
「あの……なにか?」
「随分と、苦労したみたいだね。変わってあげられたらどんなに良かったか」
「それは……どうも」
「しかしその不幸は一つの経験。消えることは決してない。糧にも傷にでもなってその後の人生にしがみついてくる」
「…………」
「社長、悪戯が過ぎますよ」
「ああすまない。怯えさせるつもりはなかったんだ。今更だが、今日はゆっくりしていってくれ」
「……いえ」
青葉の指摘で踏みとどまった社長が自分たちを見送る。
その後も二人の少女はどうも気落ちしていており、それを見た青葉が声をかけた。
「ごめんね。社長も悪気はないと思うんだけど」
「僕もあの人苦手なんですよね……なんか一目見られただけで全部見透かされたような気がして」
「……いえ、私はもう大丈夫です。凪もいい?」
「うん……だいじょう、ぶ」
「それならよかった……。じゃあ、そろそろ次へ行こうか」
青葉は安堵した表情を見せ、施設の案内へと行動を移した。
次回更新は3週間~1か月後の予定です。




