第二章3.真意見えず
催眠を掛けることができないまま着いていくことになった。
男の気を引くために軽く話題を持ちかけているがなかなか上手くいかない。
しかしまだ焦る必要もない、慎重に行こう。
「春瀬さん、でしたっけ? 独身なんですか?」
「ええ、まだ結婚を急ぐ年齢でもないですし」
ということはまだ20代前半ということか。
裕福そうな見かけと落ち着いた雰囲気からもう少し上だと踏んだが、失敗だったか?
まあ今さら引き返すわけにもいかないが。
他愛のない会話を続け、妹と共に着いていく。
「着きましたよ」
そして男に連れられたのは高級そうなマンションだった。
なるほどボンボンか、と納得しつつ期待も増した。
そのままエレベーターで3階まで上り、突き当たりの部屋で男が足を止める。
そして扉を開けて、聞きたくない言葉を発した。
「――――ただいま帰りました」
「……えっ?」
ただいま、その言葉は一人暮らしでも言う人はいるのかもしれない。
けれどこの男は鍵を使わず家に入った。
つまり同居人がいるということ。
想定外の事態に心臓を高鳴らせながら新たな人影に目をやった。
「お帰りなさい。白さん、とお客様も」
「女……の子……? というか春瀬さん。一人暮らしって……?」
「いえ? 独身ではありますが、同居人はいますよ」
嵌められた、と言って良いものか。
確かに嘘はついていなかったのだが……というかこの男、同居人がいるのに私の誘いに乗ったのか? しかもこんな小さい子供の。
「そちらお子さん……ではないですよね。親戚か何かで?」
「あー……なんと説明すれば良いか……」
「初めまして、灰咲つぼみです。白さんの妻です」
「と思い込んでいる小学生です」
「……? つまり他人ですよね……事案ですか?」
「あはは……まあ誤解のないよう、強いて言うのなら今の赤佐さんと似た境遇だった、という感じですかね」
「っ……!」
境遇というのは、何を指しているのだろう。
見たままの、売りで稼ごうとする家無き少女という意味なのか?
この男は私たちのことをどこまで知っているのだろう……?
何か……嫌な予感がする。
「……すみません、用事思い出しました」
「え、ご飯食べていかないんですか? せっかくハンバーグ4人分用意したのに……」
「ハンバーグ……」
「こら凪、帰るよ」
中に入ろうとする凪の手を引く。
4人分ということは最初から私達が来ることを想定していたってことだ。
やはりこの家は危険すぎる。
しかし男が言葉で私たちの足を止めた。
「どこに帰るのですか?」
「…………」
「赤佐宇花さん。その様子では行く宛もないのでしょうし、悪いようにはしませんから。せめてご飯だけでも食べていきませんか?」
「お姉ちゃん……」
「…………分かり、ました。ありがとうございます……」
結局、凪の懇願するような目に負けてしまった。
危険ではあるけれど、最悪逃げるための能力は持っているのだ。
そこまで気を張らなくても大丈夫だ、と自分に言い聞かせて私は男と少女の家に入った。
部屋は普段の生活感が分かるほど普通に感じた。
特に怪しげな装飾もない1LDK、目につくのはテレビに本棚、パソコン、それから生き物を飼育するケージのようなもの。
「なにこれ……げ、トカゲ?」
「レオパです。なんで嫌そうな顔するんですか? こんなにもキュートなのに」
リビングに招いてくれた少女が口を尖らせていった。
私の反応がお気に召さなかったらしい。
「あ……ごめんね。つぼみちゃんだっけ、えっと……この子なんて名前なの?」
「コンポタです」
「へ、へぇ……黄色いからかな。えっと、良い名前……だね?」
「なんで疑問系なのか分かりませんがありがとうございます」
「えっと……春瀬さんは?」
「今料理の仕上げをしています。私は危ないからということで火を使わせて貰えないので……」
何故か少女の顔が少し暗くなった気がした。
火を使わせて貰えないから信用が足りないとでも思ったのだろうか? 確かに少し過保護ではあるけれど大しておかしな話ではないと思うが……。
するとキッチンの方から料理を持って男が入ってきた。
「お待たせしました。さ、いただきましょう」
机に皿が並べられる。
ずっと私の後ろに隠れていた妹も料理に釣られて席に着き、続いて私も座った。
しかし食べて大丈夫だろうか。
もし、私たちの料理に何か混ぜられてたりしたら……。
「何も変なものは入ってませんよ。良ければお皿交換しましょうか?」
「っ……い、いえ。いただきますっ」
まさか怪しんでいたことを気づかれてしまうとは。
自分の失態に焦りながら料理に箸をつけて口に運ぶ。
「あ……おいし……」
思わず声に出て、男がニコニコと笑っていることに気づき顔が熱くなる。
どうして口に出してしまったのだろう?
考えながら凪の方を見るといつもより早いペースで箸が進んでいた。
そんなにお腹が空いていたというわけでもないと思うが……。
「……ああ」
そういえばこうした暖かい食卓が久しぶりだから、それで気が緩んだのかもしれない。
私は男に見守られる気配を感じながらも、箸を止めることはなかった。
「じゃあそろそろ私たちは……」
食事も終わり、宣言通り帰ろうと立ち上がる。
だがその動きに対しても、男はさも当然のように言う。
「泊まっていっても大丈夫ですよ? 凪さんも眠そうですし」
「いえ、そういうわけにはいきません。これ以上良くして貰う理由がないので」
半分は言葉通りの意味だ。
しかし残り半分は男の目的が分からない以上は逃げた方が良いと考えたから。
私は何となくでこの男を選んだつもりだったが、恐らくこの男は私をここに連れてくる予定だったんだ。
つまり誘い込まれた。
だが私の体が目的でないとすると一体何がしたいのか検討もつかないが……。
「……ではこうしましょう。宇花さん、あなたの一晩を5万で買い取らせてください」
「…………」
先程まで熱を帯びていた感情が冷めていくのが分かる。
疑いつつも、心のどこかでこの人は他の男と違うと思い込んでいたのだろうか。
少なくとも優しくもてなしてくれたことには感謝していた。
しかし今の言葉ではっきりと幻滅した。
だがこれで、催眠にかけるのに良心の呵責もなくなるか。
拒絶するべきか、それとも誘いに乗って能力を使うか、返事に悩んでいるとまたも男の予想外の言葉に遮られる。
「もちろん、僕からは何もしないと誓います」
「…………は?」
「その代わりと言ってはなんですが、話を聞かせてください。あなた達の事情を、話せることだけで構いません。そうしてくれればこちらもあなたの疑問に答えます」
「……話すだけで5万? なんで?」
「お金、必要なんですよね? 生きるために」
「それは……でも明らかに金額に見合ってないですよ」
「見合っているかどうかは僕が決めることです。先払いでも良いですよ?」
この男は本当にどこまで知っているのだろう。
知っているとしたら、これ以上私から何を聞こうと言うのか。
男の思考が理解できず、ただ怖かった。
けれどそれ以上に、この提案はすごく魅力的だ。
最悪催眠にかければ私たちのことを忘れさせることもできる。
別に私の惨めな過去を話すこと自体は、恥ずかしいなんて今さら思わないし……。
「……分かりました。全部、話します」
次回更新は少し遅くなります。




