第二章1.庇護の汚泥
私は恵まれていた。
自分で言うのもなんだが顔とスタイルは良くそれなりにモテた。
それで同性から煙たがれることもなく友達にも恵まれた。
家では私と妹と両親の4人家族でずっと家庭円満。
何不自由なく、幸福で、平和な日々だった
けれど、そんな平和な時間は……パパの一時の情欲に壊された。
ある日ママが買い物に出掛けている時間、突然部屋に押し入ってきたパパに襲われた。
もちろん抵抗した。
けれど豹変したパパへの混乱の方が大きかった。
どうすることが最善か、どうすれば今まで通りの平和は保たれる?
段々と、どうしていいか分からなくなって、最後は為されるままに純潔を散らした。
動き続けるパパを他所に呆然としてしばらく経った頃、部屋の扉が勢いよく開かれた。
その主はママだった。
行為に夢中だったパパは扉の方を見て、すぐに青ざめる。
ああ、これで終わりか。
こんなことをされても、まだパパを好きだった頃の感情も少しは残っていた。
できることなら、今まで通りの生活に戻りたい。
けれど、無理だろう。
パパが犯した罪は大きすぎる。
ママが床を力強く踏み、近づいてくる。
残念だがこれでパパともお別れか、そんな風に思っていた。
しかし、私の予想とは違うベクトルでそれは実現した。
「出ていきなさい。二度と顔も見たくない」
その言葉を放ったママが見ていた対象は、パパではなく明らかに私だった。
ママは関係を続ける相手として、私ではなく私を襲ったパパを選んだのだ。
私が幸せだと思っていた家庭、けれどパパは私を汚れた目で見ていて、ママはそんな汚れたパパを選ぶために私を捨てた。
今まで裏切られたことがほとんどなんてなく、ずっと幸福に生きてきた私の精神は弱く脆かった。
こんなものが私の大切にしていたものだったという事実は、私の心を意図も容易く粉微塵にした。
放心しながら目的もなく歩みを進める。
刻は黄昏、人目は少ないけれどいつも以上に気になる。
こんな惨めな私を見て、人々は何を思うだろうか。
彼らは何を思っているのかなんて分からない。
分からないから、両親が私をどう見ているのかも分からなかった。
今はとにかく誰にも会いたくない。
もう、誰にも裏切られたくない。
とにかく人目のない方へと進み、公園の遊具に身を潜めることにした。
だが隠れて間もなく、人の気配が近寄ってくる。
やめろ、やめろ、やめろ。
とにかくこちらへ来るなと必死に願った。
願いも虚しく、足音は確実に近づいてくる。
せめて話しかけないでくれと俯き顔を隠す。
無情にも気配の主は私の足を掴んだ。
いっそ大声で嘆こうかと思ったとき、私は気づいた。
私に触れる手の大きさと、すすり泣く嗚咽に。
「お……姉、ちゃ……」
顔を上げ、目に飛び込んできたのはボロボロと涙を流す妹の姿だった。
私に差し出されたのは嘲笑の後ろ指でも救いの手でもなく、むしろ救って欲しいと言わんばかりの小さな手だった。
「置いてっぢゃ……やだ……」
思わず手を取りそうになる。
しかし今の私にそんな余裕はない。
助けてほしいのも泣きたいのも私の方だ。
「……だめだよ。あんたは……帰る家があるでしょ」
冷たく突き放す。
その方がこの少女は幸せに生きられるから。
私なんかに着いて来ては……。
「お姉ちゃ……ない家……いらないもん……」
そんな我が儘を言われてどうしろと。
普通に考えて私は一人でも生きていけるか分からない。
況してや二人なんて……だからここで妹は帰すべき……。
けれど、私は思わず妹を抱き締めてしまった。
「お姉……ちゃん……」
「……どうしても、着いてくる?」
「う゛ん…………」
「分かった……いい子にしててね」
私を必要としてくれる人がいる。
その事実は私の痛みを和らげた。
絶対に守らなくてはいけないという重圧がのし掛かる。
けれどその重荷は、すべて失ったときよりずっと軽かった。
家を失った。
今は冬場、一晩過ごして分かったが止まる宿がなければ生きていけない。
昨晩はコンビニで夜を明かしたが、寝床にはならず一睡もしなかった。
昼間は比較的過ごしやすく、公園に戻り仮眠をとったがこんな生活は続けられない。
拠点がない、お金もない、そんな私に残された選択しといえば……。
「妹と一緒に泊めてください。……私には何をしても良いので」
体を売ることだった。
どうせ既に汚れた身、気にすることはない。
生きるために必要なことだから、恥ずべき行為ではない。
そう自分に言い聞かせて、会社帰りの男数人に声をかけてようやく宿を確保した。
その男が危険人物じゃないか、リスクの大きな賭けだと自覚しているが、他に方法が思いつかなかった。
「妹さん、寝たよね? そろそろいいかな」
寝かしつけるという理由で時間を稼いでいたが、1日ぶりの暖かい寝床で妹はすぐに熟睡してしまった。
これでもう逃げ場はない。
逆らってはいけない、逆上されて追い出されると困るのは私達だ。
男が手招く方へと近寄る。
少しでも畏怖を紛らわすために顔を背けていたが、男に無理矢理顔を引き戻され、目が合う。
吟味するように、舐め回すように私の顔と体を見る。
その顔は昨日見たパパと同じだった。
私を人ではなく、欲望の捌け口としか見ていない。
大丈夫なつもりでいたが、体が震える。
豹変したパパのときとは別の恐怖、愛がなくただ一言に気色が悪い。
怖い、怖い、怖い。
男が恥部に手を伸ばしてきて、思わず……。
「っ……やめて!」
耐えきれず払い除けてしまった。
しまった、どう弁解する。
なんて言えば追い出されない?
考えろ、妹のために。
乱れる思考の中で必死に言葉を紡ごうとする。
すると男が、
「………はい」
無気力な返事をした。
その言葉がどんな意味をするのか理解できず、思考が完全に停止した。
怒りを露にしているだろうと思い、怖くて見れなかった顔を恐る恐る見る。
そこには怒る様子も、先程のような下卑た表情もなく、まさしく無表情だった。
「……怒ってないの?」
「はい」
「……何もしなくていいの?」
「はい」
「……言うこと、聞いてくれるの?」
「はい」
わけが分からない。
男は淡々と私の質問に答えるだけ。
まるで催眠でも掛けられたように……。
段々と緊張の糸が解け、ここ二日分の疲れがドッと押し寄せてきた。
もう思考する気力も残っていない。
よく分からないけれど、この男が私の言うことをなんでも聞いてくれるというなら、
「……とりあえず、明日の昼まで床で寝てて」
「はい」
男を退かしてベッドを借りることにした。
それにしても、本当に疲れた。
問題が解決したわけではない。
明日この状況をどうするかも決まっていない。
けれど、考えるのはちょっと休憩してから……。
疲れていた割りには、朝早く目が覚めた。
ベッドが変わったからだろうか? 当然ここは知らない男の部屋という事実は変わらない。
しかし寝る前とは異なる点が一つあることに気づいた。
「……ん?」
私の腕に抱きつく形で寝ているものがいる。
それは別の部屋で寝かせたはずの妹だった。
夜のうちにわざわざ移動してきたのだろうか。
隣で寝るといえば、と辺りを見回す。
すると床で寝ている男を発見した。
やはり昨夜の出来事が夢じゃなかったのか。
しかし昨晩の現象は一体何だったのか。
犯されると思って拒絶したら私の言いなりになって。
催眠術の知識などはないが、彼の状態は催眠のそれに近かった。
私が何かしたのだろうか?
……まあ考えても分かるわけがない、か。
記憶が正しければ男は昼まで起きないはずだから時間はあるが、早いところ逃げた方がいいだろう。
「……起きて、そろそろ出るよ」
「ん……ぅ……」
妹を起こし、部屋を出る準備をする。
しかしあまりの準備の少なさにどうしても不安を覚える。
……どうせ逃げなきゃいけないならいっそ……。
「……お姉ちゃん? それおじさんの財布……?」
「……うん、お小遣いくれるって約束してたの。これでご飯食べに行こっか」
「そうなんだ……おじさん起こさなくていいの?」
「……急ぐよ」
「……うん」
財布からお札を数枚抜き取り、部屋を出る。
もちろんお小遣いの約束というのは嘘だ。
生きるのにお金は必要、しかし妹に必要のない罪悪感を与えたくはない。
これは私一人の罪だ。妹を守れるなら私はどれだけ汚れたって構わない。
そう言い聞かせた。
第二章スタートです。
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次回の更新は1週間後を予定しています。
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