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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
一章 : 誘拐犯に恋した少女の話
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第一章38.返して

 2018年12月30日

 刑務所の出口で女性が車のドライバーと共に待っていた。

 手招きされるままに車へと乗り込むと車は発進した。


「や、お疲れ様」


「青葉さん……自分はなんで釈放されたんでしょうか。組織が何かしてくれたんですか?」


 春瀬白の出所は突然決まった。

 知らされたのは3日前、特に説明もなくこの日に出所できるとだけ。

 元は7年だったはずなのに1年まで縮まるなんて自分の知らぬところで何かしらの力が働いたとしか思えない。

 組織ならそれなりの権力もあり、自分を助ける利点もまあなくはないのでその線が濃厚だと考えていたのだが。


「組織は裏で手回ししただけ、実際に動いたのは別」


「それは一体……」


「これ、見れば分かる」


 そう言って押しつけられたのは一冊の本とタブレット端末。

 端末は中身を見なくては分からないが本に関しては表紙を見てすぐに分かった。


「3ヶ月前に発売されて既に50万部売れた小説。『私を救った誘拐犯』著者は……」


「灰咲つぼみ……」


「それだけじゃない。こっちも見てみるといい」


 タブレット端末を指差されそちらの電源ボタンを押すとそこに映されたのは動画だった。

 見ろと言うことだろうと察し、動画の再生マークを押すと少女の声が流れ始めた。


『……皆さんこんにちは。今日は私が書いた本の告知ということでこの動画を配信させてもらっています。けど本当は告知とは別の話を聞いて貰いたかったからです……今から私が話すのはこの本で描いた、誘拐犯との生活の続きです。どうか聞いてください』


 頭を下げて懇願する少女が少しの間を開けて話し始める。


『1年前、一人の男性が逮捕されました。罪状は誘拐、実刑は7年の懲役。


 私は彼の実刑を不当なものと考えています。その誘拐は合意のもとに成り立ったものだったから。彼は私を助けてくれただけ、それで彼が捕まるのは不当であり、むしろこれほどの重い冤罪を被せることとなった、誘拐させた女の子にこそ罪があると考えます。


 何故そうならないのか。それは日本の体勢に問題があるから。子供の発言権が弱すぎるから。誘拐された子供が何を言ったとしても受け入れられず、周りの大人の言うことばかりが聞き入られる。


 大人達はその子供を蔑ろにしていたのに。男性が捕まった原因となった同級生、先生は罪の意識もなくのうのうと生きている。私がどれだけ真実を警察に訴えても、彼らの罪は罪にならなかった。


 私を貶めたものよりも、私を助けたものの方が罪が重いのは何故ですか?


 何故関係のない大人たちが彼らの罪の重さを勝手に決めるのですか?


 私を貶めたものたちの罪は証明できないから仕方ないというのなら諦めます。


 しかし……しかし! それならば彼がしたことの証明も! 彼の罪の重さもあなた達に決める権利はないはずです!


 ……返してよ。返して……返して! 私を助けてくれた、誰よりも私に優しくしてくれた彼を! 今すぐ私に返して!


 ……言葉にすることが大事だと言うのなら何度でも言います。私は彼に誘拐されたのではなく誘拐させたのです。


 この言葉を彼による洗脳だと疑いますか? 仮にそうだったとします。けれどそこになんの問題があるのですか?


 じゃあ認めます。私は彼に洗脳されたのです。今まで会った誰よりも私に優しくしてくれるという強い暗示で、私に洗脳を掛けたんです。


 公の場でこれほどのことを言わせるほど大きな洗脳を、私にはこうすることでしか返せないほど大きな優しさを彼はくれたんです。


 私を何度も傷つけた人達が何を言おうと、被害者である私が加害者である彼の無罪を主張します。ここまで言っても被害の当人ではなく無関係の人の言葉の方が強いというのなら、その無関係の人達全員にも同等以上の罰が下るまで訴えます。


 ――――これは警告だ。家族、恩師、友達、どんな関係だったとしても裁判に引きずり出してやる。何年かかっても、彼が釈放された後でも全ての人間が罪を購うまで……。


 それが嫌なら私の望み通りになるように協力して。私の言葉を一人の人間の言葉として受け入れて貰えるまで』


 彼女の主張が残された動画を止め端末を返した。


「これをつぼみさんが……」


「うん。子供という地位を利用して本を書いて知名度を上げたところでこんな主張されちゃ反響は当然大きい。それにあの子が持ってたデータも証拠として十分提出できるものだった。おかげで組織も手回ししやすくなって釈放の手筈もすぐに整った。これを12歳の子供が考えて行動した結果だなんて信じられない」


「そうですね……僕じゃできなかったことを彼女は成し遂げたんですね」


「……今回のことで分かったよね、個人の力には限界がある。確かに組織に入った者の一人の力よりも何にも囚われない力というのは強いのかもしれない。鎖に絡まった体じゃ動きにくいから。けど組織という行動を制限する鎖は武器にも鎧にもなる」


「そんな前置き入りませんよ。最初からそういう話だったじゃないですか」


「……そうだね、なら遠慮なく。あなたが彼女を助けるための援助はした。正直ここまで一人の患者に手を入れこむのは組織でも異例。けど組織は契約を守った。今度はあなたの番」


「はい、契約通り、正式に組織に入ります。けど少しばかり条件を追加しても?」


「注文多すぎ……私の権限で可能なことなら」


「簡単なことなのでお願いします。一つは彼女のこれからの生活も保証すること」


「それは組織に加入すれば保証される。問題ない」


「……加入するかは分かりませんよ? それは彼女が決めることですので」


「ううん問題ない。だってあの子はすでに秘密結社『シャッター』の一員」


 話が掴めず一瞬思考を放棄してしまう。


「……すみません、説明してもらっても?」


「この話を私に持ちかけて来たとき、取引がしたいって。取引内容は君を助ける手伝いをすること、代わりに自分は組織に入るからって。組織としては君とつぼみちゃんの二人が加わるチャンスだから引き受けない理由がなかった」


「……本当に強くなりましたね。なら組織加入を断る理由はもうありません。けどもうひとつだけ。少し、待ってください。契約では全てが終わったらという話ですが、まだ終わってません。彼女の中ではまだ、僕を助け出すことに成功してませんから」


「……そうだね。君たちの気が済むまで待つよ。終わったら二人でうちまでおいで」


「ありがとうございます」


 礼を言い、目的地に到着したらしい車から外へ出た。

 もちろん目的は、ずっと残してくれていた、自分の帰るべき居場所だ。

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