第一章37.反比例する熱量
懲役7年、それが春瀬白に下された判決だった。
テレビ局への営業妨害や自身の住むアパートへの放火未遂、罪は複数存在したがやはり一番大きかったのは長期の誘拐。
当然誘拐については情状酌量を求めた。
だが自分の部屋にあるはずの証拠、28日間の映像データなどは見つからなかった。
証拠不十分により規定通りの裁決を下された。
被害者となる少女はその裁決に異議を唱えた。
だが少女に裁判出席の権利は無かった。
理由は容疑者から洗脳を受けている可能性などを考慮されたもの。
死亡した父親と親権を放棄した母親の代わりに出席したのは学校関係者だった。
元を正せば学校のせいで春瀬が動かざるを得なくなったというのに学校の証言で罰せられるとは皮肉なものだ。
「ほんと……弱者には生き辛い世界ですね……」
残した証拠は揉み消され、本当に罰せられるべき者達は大して罪に問われず、嫌になる。
服役中の彼はただぼやくしかない。
この理不尽をどれだけ呪っても、弱者の自分にできることなどないと言われているようだった。
『だからやめておけばよかったのにあなたには怯えて縮こまっているのがお似合いなのよ』
意地の悪い声は心の底から響いてきた。彼の心に住まう者、羽黒未散の囁きだ。
だが彼女の存在に今さら驚くことはなく、彼女の囁きに腹を立てることもなかった。
彼女が言うことは受け入れ難いことだが紛れもない真実だから。
「……やっぱり分不相応だったんでしょうか。自分なんかが人を助けようだなんて」
自分には最初から無理だった。
罪を犯してでもでも助けようとして、その場を凌いでも本当に助けられたとは言わない。
一度助けておいてその先側にいて助けてやれないのなら最初から助けてはいけなかったのではないか、そんな疑念が残っていた。
その意に心層の少女は不満そうに答えた。
『そうすると、私が白を助けたのも分不相応ってことになるね。つまり迷惑だったってこと?』
「っ、そんなことは決してありませんが……」
『ならそういうことなんじゃない? 助けるのに分を弁える必要なんてない、違う?』
「そう、なんですかね」
『何が正しいかなんて知らないよ。けど「助けられるなら普通なんていらない」って決めたなら、正しさなんて邪魔なだけじゃないの?』
「…………すみません。自分で決めたことだったのに」
危うく一度決めたことを覆すところだった。
助けたいと思っていた存在に、また助けられてしまったようだ。
それから彼女から返事は帰ってこなかった。
自分が迷っていたからわざわざ喝を入れに来てくれたのだろうか……。
彼女には散々助けられた。だから助けを求めていないとしても自分は助けたい。
けれどそれは今の自分にはできないこと、助けると決めた少女一人助けきれないようじゃ駄目だ。
今度は堂々と助けるために、今はこの罪を清算しよう。
この世界を嫌悪したのは何度目だろうか。
世界はこんなにも愚かで汚い。
理不尽は罷り通るのに自分の意見は通らない。
それは何故か、私が子供だからだ。
私が未熟だから、私の意思は大人に操られたものと決めつけられた。
だから私の本当の意思ですら、あの汚い大人達は聞き入れようとしない。
本当の事実すら見ようとせず、自分達の持つ情報だけで判断して、結果白さんは不当な裁決を食らった。
悔しさは募るばかりで何もできない。それも自分が力ない子供だからか……。
私は絶望するばかりだった。世界にも、自分にも。
私を助けてくれる人は、今は遠く離れた場所にいて、その人を助けられる人もいない。
「会いたい……白さんに会いたい……!」
せめてこの悲しさを紛らわしたい、そう思ったときに思い出したのは首にかかるネックレスだった。
そこには白さんが残してくれたデータがある。
それを見るために青葉李里に頼みパソコンを借りた。
あのとき撮影した動画や監視カメラの映像。
そこには私たちが一緒に過ごした記録がすべて残っていた。
笑って、泣いて、幸せだった日々がそこにあった。
そしてそれ以外にもうひとつだけ、文書が残されていた。
文書を開くとそこには私に当てたメッセージが描かれていた。
ごく短く綴られた、けれど心の奥深くに突き刺さるメッセージ。
『つぼみさん、必ず迎えに行きますから、もう少しだけ待っていてください』
本当にあの男はずるい。こんなことを言われては余計に会いたくなってしまう。
だから決心できたんだ、自分で動こうって。
「青葉さん、組織では白さんを助けられないんですか?」
「……ごめんね。助けたいのは山々なんだけど今のままじゃリスクが大きすぎて手が出せないんだ。せめて判決を覆すだけの何かがないと……」
「じゃあお願いが……いえ、取引をしませんか?」
「……取引?」
「はい、白さんと同じことがしたいので手伝って欲しいんです。代わりに私は…………」
「……つぼみちゃんは交渉上手だね。その取引、是非受けさせて欲しい」
「ありがとうございます」
頼るばかりの自分を止めようって決めたんだ。
事件から1年が過ぎようとしていた。
あと6年、時間が経つのは思った以上に遅い。
ただ一人で待つしかできない、それがこんなに辛いことだとは……こんな辛いことを自分は彼女に強いてしまったのかとまた後悔する。
ずっと一緒という言葉に救われていたのは自分もだったのかもしれない。
彼女を安心させるために言った言葉のつもりだったが、本当は自分が求めて言った言葉だったのかもしれない。
ならば自分は、自分の寂しさを紛らわすために誘拐をしたことになる。
結局助けるためとか言っておいて、自分もただの犯罪者となんら変わらない。
それに気づいてしまい、彼女には顔向けできない。
つぼみに顔向けできない理由と言えばまだもう一つ……。
「……約束、また破ってしまいましたしね」
自分の帰りを待つ少女との約束、1年以内に帰ってくること。
懲役7年では到底1年で帰るなんてできるわけがない。
自分なら脱獄も不可能ではないがそれでは意味がない。
罪を償わなければまた同じことを繰り返すだけ。
だから今は、待つことしかできない。
この一年、準備し尽くした。
自分にできることは全部やった。
全ては今日、この日のために。
誕生日は神様が私に覚悟をプレゼントしてくれる日。
そう、勝手に信じているだけだ。
誰も私に興味がなく、誰も祝ってくれないから私が勝手に自分を祝っているだけ。
それでも私にとっては特別な日。
去年も今年も、この日は決意の日。
去年は決意を不意にしてしまったけれど、今年は違う。
きっと成功すると信じて、今日が最後になると信じて、私は……。




