第一章36.遺恨残し
「……そろそろ自分も仕上げに入りますか」
流していた監視カメラの映像を切り替える準備をする。
動画の情報を見ると視聴者数は30万を越えていた。
このまましばらくこの動画が残れば当初の目的、より多くの人に伝えることは上手くいきそうだ。
コメント欄を見ると相も変わらず自分を貶す人もいる……ちなみに犯罪者としての自分を貶すものとロリコンからの羨ま私怨から貶すコメントもあるのは置いておこう。
それに対して少なからず自分に共感してくれている人はいる。
そして何よりつぼみを心配してくれている人がたくさんいた。
この分なら彼女のこれからは安心していいだろう。
少し有名になってしまったかもしれないが、前みたいに辛い思いをすることはなくなるはず。
そうならないためにも、最後の仕上げをしよう。
「さて、いい時間ですしそろそろ締めに入りましょう」
動画の終わりを予告し、自分の心も引き締める。
「僕は一人の少女を誘拐しました。それは紛れもない真実であり、その罪を否定する気はありません。けれど元々無関係の自分があの子を助けるにはそうするしかなかったから、自分の行動を否定する気もありません」
言いながら自分の行動を振り返る。
最初は随分と警戒されていたが見知らぬ人に誘拐されたとなれば当然の反応だったか。
けど今じゃそんな警戒は影も形も残っていないようだった。
「そしてあの子は僕の家を自分の居場所だと言ってくれました。その言葉に自分の行動は間違っていなかったと改めて再認識しました。もしも僕があの子にそう言わせたと疑うならば調べてくれて構いません。あの子の今までの劣悪な環境を。そして僕が用意した居場所の環境を。比較すれば誰にだってどちらが良いものか、簡単に判断できると思います」
少し聞いただけでも彼女の生活環境は酷すぎた。
録に食べられず傷を増やす毎日、そんな環境よりはずっと良いものを用意したはず。
その証拠に彼女は笑えるようになった、幸せだと言えるようになった。
それが嘘だったとは到底思えないから、自分のしてきたことを信じたい。
「僕は正しいことをしたと言うつもりはありません。けれど助けを求める子供がいても助けない方が正しいなんてことは絶対にない。虐げられる弱者を助けるには間違った方法しか存在しないこんな社会は僕以上に間違っていると、そう思います」
誇張表現になってしまっているかもしれない。
だがこの思いが伝わるのならなんだって構わない。
自分が今まで積み重ねてきた思いを全部乗せる。
僕らのこれからのためにも……。
「強者がいれば必ず弱者も生まれる。だから、弱者が生きにくすぎるこの世界に…………どうか変わって欲しい」
最後は結局自分の願いを言うだけになってしまった。
動画の終わりを告げるべく挨拶だけしてカメラの電源を切る。
伝えるべきは伝えた。
これで警察も動かざるを得ないはず。
彼女を取り巻く環境を調べ、罰してくれるはず。
これでつぼみを虐げてきたものは排除できる……と信じたい。
だから同じく罰せられるべき自分ももう行かなくてはならない。
「終わったんですね」
「……はい。終わりました、全部……」
その終わりとは動画のことだけでなく、事件や自分達の生活まで含めた全てが終わったことを示している。
それが分かっているから彼女も悲しそうな顔をしているのだろう。
最後と言うのなら、その顔も何とかしてから終わらせてあげたいものだ。
「つぼみさん、クリスマスに渡したものは持ってますか?」
「持ってますよ。これからもずっと」
「それ、まだプレゼントとして完成していないんです。少し貸してもらえませんか」
「え? いいですけど……」
つぼみが着けていたネックレスを外して渡すと、春瀬はチェーンの先に付属する丸い石に力を込めた。
すると二つに別れ、中から金属端子のようなものが出てきた。
「もしかしてそれ……」
「はい、USBです。今からデータをいれます。つぼみさんがここに来てから残していた監視カメラの映像、今撮影した動画、その他写真なども含めた全てのデータを」
パソコンに差し込み操作しながら教えてくれる。
全ての操作が完了したらしく取り外し元の状態に戻して返してくれた。
「データの見方はまた青葉さんにでも聞いてください。もし自分がいないことに辛く感じたらそれを見てもらえれば……なんて少し自惚れが過ぎますかね」
「……いえ、本当に嬉しいです」
「…………そろそろ、行きますね」
「はい……信じてますから。またすぐに帰ってきてくれるって」
「はい、可能な限り早く帰ってきます」
去っていこうとする姿に心を締め付けられる。
だが止めてはいけない、止めても次会うまでの辛さが増すだけだから。
引き留めたいという思いが現れる手を必死に抑え、なんとか声を絞り出す。
「いってらっしゃい」
「――――行ってきます」
12月29日午後7時2分、投降してきた21歳男性を誘拐罪の容疑で逮捕。同時に部屋の中にいた少女を保護。事件は無事に終息した。
そう、事件は解決した……それなのに市松和樹の心に渦巻く靄は晴れなかった。
彼は容疑者が直前まで配信していた動画を見ていた。
容疑者がこの犯罪を起こした理由を知った。
あんな話を聞けば誰だって疑問に思ってしまう、この容疑者は裁かれるべきなのか? と。
もしも容疑者が動画で言っていたことが妄言ではないと立証されれば情状酌量を認められ、罪は軽くなるだろう。
けれど市松はそれが許せなかった。
「このままじゃ、あいつは軽い罪で済まされるかもしれない……」
市松は容疑者を許せない理由があった。
その容疑者は白銀優希を殺害している。
容疑者が動画を配信中、突入をしようとして炎の壁に阻まれた。
その炎を見て、より確信に近づいた。
やはり、先輩が亡くなった原因の火災は事故ではないと。
その場は突入を断念せざるを得なくなり、よりフラストレーションを溜めることになった。
だがその殺人の罪を裁けるものは誰もいない。
あの容疑者の大罪を、自分以外の者は誰も知らないから、自分にも奴を裁くことはできない。
手を強く握り、歯を噛み鳴らし、悔しさを露にする。
何を美談にしようとしている。
自分は罪を犯してでも弱きを救いたかっただと?
それを世間に認知してもらって罪を軽くしようなどと卑怯な真似を。
罪を犯し、その罪から逃れようと罪を重ね、一番大きな罪は隠しているくせに。
「先輩を殺したくせに……」
止むことのない嫌悪を抱いていると、市松はあるものを見つけてしまう。
現在市松は容疑者の家宅捜索を行っている。
そこで見つけたのは数個のUSBと警察提出用と書かれたメモ書き。
おそらく証拠の映像などが入ったデータだろう。
「どうだ市松、何か見つかったか?」
「い、いえ。何も……」
上司に聞かれ咄嗟に隠す。
何故隠したか、一瞬自分でも分からなかった。
だが答えは単純、証拠さえなければ奴は妄言を吐いただけのただの誘拐犯とされ、それ相応の刑が下ることになる。
容疑者の罪を重くしたかった。
殺人の証拠がないなら、同様に奴の罪を軽くする証拠も失くすことでイーブンに。
殺人で裁けないなら、別の場で裁くしかない。
「この手で奴を裁くには、それしかないなら…………」
市松は手に取ったUSBをポケットへと放り込み、次なる証拠を探した。
完結まで残り3話……!




