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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
一章 : 誘拐犯に恋した少女の話
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第一章3.危険な人……?

 しばらくして車は止まり、男は外から助手席のドアを開いた。


「降りられますか?」


 私は無言で車を降りる。

 すると男も無言で私の手を引いた。

 逃がさないということか。そんなことしなくても私は逃げられない。

 走ったところで追いつかれるのは分かっているのだから刺激しない方が身のためだ。


 引かれるままについていくと男はアパートの前でコートの前を広げ私を包みそのまま歩いた。

 何故こんな歩きにくくなることをと思ったが考えてみればこの男は誘拐犯、人目か監視カメラを警戒してのことだろう。


「階段、気をつけてください」


 足元しか見えないが言われたおかげで階段にも対応できなんとか歩けている。

 上がりきってすぐにドアが開く音が聞こえ、閉塞感ある空間に入れられた気配を感じた。

 するとようやくコートが開かれその空間を目にする。


 見たところ6畳間の畳部屋に簡素なキッチン、よく見られる低賃金のアパートといった部屋だ。

 こんな普通の部屋に連れられて一体何が目的なのかは見当もつかない。


 この男も仕草や口調は紳士的でとてもではないが犯罪に手慣れているという感じもない。

 少なくとも危ない人ではなさそうだけど……。


 男は手早く着ていたコートを片して私を手招きする。


「それじゃとりあえず脱いでもらっていいですか?」


 前言撤回、普通に危ない人のようだ。


 裏切られたような気がして一瞬固まるが従うしかないのだろう。

 突然豹変して暴力的になられても嫌だし。

 普段の暴力などに比べれば服を脱ぐぐらいどうってことはない。


 躊躇いを見せず服をさっと脱ぎ捨てる。


「わっ、ちょっ……」


 取り乱すような声が聞こえ男を見ると手で目元を覆い隠して一枚のタオルを差し出してきた。


「その……女の子の部分は隠して貰えると助かります……」 


 童貞かなこの人。


 仕方なくタオルを受け取り胸の部分に巻き付ける。

 パンツは脱がなくていいということだろう。隠せということはそういう目的ではないみたいだし。


 隠し終えたことを知らせるために肩を叩く。


 男は目を開けたかと思うとすぐに顔をそらし、また顔を赤くしながら恐る恐るこちらを見る。

 男は呆れ果てるほど純情だった。


「それじゃあ……その……失礼します」


 そう言って私の目の前でしゃがんだ男の顔が変わった。

 仕事に取りかかるように、オンとオフを一気に切り替えるようにして真面目な顔つきになった。


「右腕……打撲数ヵ所手のひらに深い裂傷、かなり昔のものみたいだけど塞がってはいませんね……左腕も打撲が多い、深い傷はないけどこれは……ここ少し押しますね」


「っ……」


「かなり痛みがあるみたいですね。折れてはないみたいだけどひびはあると……この傷はいつ頃できましたか?」


「…………」


「あ、嫌なら無理して言わなくても大丈夫です。次足診ますね」


 男は腕、足、胴、背中、頭と次々体を診てはメモを取る。

 この男は医者か何かなのだろうか。

 脱がせたのも私の容態を診るため……状況を見てもそうとしか考えられなかった。

 全て診終えた男は立ち上がった。


「よし……と、それじゃその服貰っていいですか?」 


 反射的に身を引く。

 いや、悪く思うつもりではないけれど警戒はしてしまうだろう。

 やはり誘拐したのはそういうことが目的だからなのか?

 警戒していると勘づいたのか男は申し訳なさそうに言った。


「あー……そこの洗濯かごの中に入れてもらえますか? 服はあとで自分のものを貸します。ひとまず家にある薬だけでも塗っておきたいのでお風呂……はやめた方が良さそうですね。体だけ拭いておきましょう。できますか?」


 こくりと首を縦に振る。

 こんなこと思ってしまって申し訳ないけれど一緒にお風呂入りましょうとか言い出す変態じゃなくてよかった。


「それじゃあ……えっと……そういえば名前知りませんでしたね。聞いても、いいですか?」


 苦笑する男に問いに答えようか一瞬迷う。

 この人は私を誘拐した犯罪者。事実上は悪い人、なのだけれど……。


「つぼみ……灰咲つぼみ、です」


 この人は今までの誰よりも私に優しくしてくれている。

 だから名前くらいは教えてもいいはずだ。 


 警戒を解かせるための演技かもしれない。

 そういう騙し討ちも過去に何度か受けたことはある。

 信じすぎてはいけない、どれだけ優しくされても……だけど、警戒さえしていれば、少しくらいはその優しさに甘えても大丈夫だよね。


 心の安らぎが伝播して体の内から熱を感じる。

 その熱に絆され自然と顔まで緩んでしまう。

 ああ、久しぶりに暖かい。

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