第一章35.すべきこと
2017年12月29日
「こっちは準備OKです」
「セッティングは完了済み、時間まであと30秒ですね」
機材を整え終わり予定時間の18時になろうとしていた。
その予定時間は、作戦開始の時間だ。
「さてと、やりますか」
3、2、1と心の中でカウントして、そして始める。
「こんばんわ。動画視聴の皆さん。またこの時間のニュースを視聴予定の方々、テレビ関係者の方々は申し訳ありません。このチャンネルを一時的にジャックさせていただきました」
そう、作戦とは茶和田の提案してくれたテレビ電波ジャック作戦。
つまり現在春瀬は全国のテレビに映っていることになる。
「僕のことは犯罪者Hとでも名乗っておきましょう。少し前に頻繁にニュースに出ていた少女失踪事件を覚えているでしょうか、僕がその犯人です。有り体に言えば誘拐犯です。今日自首するつもりですがそれはこの放送の後です。今日はどうしても世間の方々に伝えたいことがあります。なのでできることならば、しばらくお時間を頂ければ幸いです」
どれだけの人が見ているのかは知らない。
だがここまでやったのだからきっと見てもらえると信じて話続ける。
「それでは時間も限られていますので、まずは誘拐を実行しようと考えた経緯から……」
警察が春瀬の住むアパートの前に集まったのは動画開始から30分が過ぎた頃だ。
電波の発信元を割り出し続々とパトカーが集まっている。
だが情報が出る前から向かうべき場所の分かっていた警察、白銀優希の部下、市松和樹はずっと前からそこにいた。
「本当に合っていたな。動画の発信元」
「……先輩の勘が外れるはずありませんから」
上司の巡査部長も市松の言い分に苦笑する。
それほど彼らにとって白銀優希の存在は大きかった。
片手の端末で例の動画を見ながら話しかける。
「すごい反響ですね。動画視聴者10万越えました」
「テレビで放送されてしまったからな。電波ジャックも簡易なもので今じゃ通常の放送に戻っているがその数分の影響でSNSでも炎上、野次馬も湧くわけだ。だがその割に……」
「誹謗中傷のコメントが減ってきている、ですね。視聴者が犯人に共感し始めているみたいです」
「それでも犯罪に代わりないからと半分以上は批判的だが犯人を擁護する声も出てきている」
市松も動画を見続けて思うところはあった。
虐めに合う少女を他の誰も助けようとしないから自分がやった。
それが本気であることが自分にも伝わってくるのだからそれは共感する者も増えるだろう。
だがこの犯人は自分にとって許してはいけない相手。
白銀優希を、先輩を手にかけた人物だから。
「部長、このまま放送が終わるまで待つしかないんですか?」
「……放送終了後に自首すると言っているんだ。どのみち包囲されていて逃げ場もないだろう。あっちには人質もいる、刺激しないように待つべきだ」
諭されるように言われ口を紡ぐしかなくなる。
だが本当にそれで良いのだろうか。
確かにセオリーでは無闇に犯人を刺激すべきではない。
しかし今ここで待った結果取り逃がせばどれだけ後悔することになるか。
最善の選択をしてくれる人物はいないのだから、それを決めるのは自分だ。
先輩なら、もし俺が先輩ならどう考える……?
彼女との記憶を呼び覚まし、白銀優希の思考をトレース、やがて答えを出す。
「部長、突入するべきだと思います」
「お前……人の話聞いていたのか? 人質がいるんだぞ?」
「放送を見ていて分かりました。あの場にいる少女は人質として機能しない」
「……一応聞こう。何故そう言える?」
「人質に攻撃できないからです。彼は助けるつもりで誘拐したと言っている。守るべき対象であって傷つけることはできないはずです」
「しかし放送が終わったら自首すると言っている。急ぐ必要は……」
「散々あの先輩から逃げ延びてきた男ですよ? 放送が終わってからこの包囲網を掻い潜る何かを用意しているかもしれない。もしかしたらこの放送こそが時間稼ぎという可能性もあります。放送している今が一番のチャンスなんです」
「しかしだな……」
「…………自分は今回の犯人だけは絶対に取り逃したくありません。そんなことになったら先輩が報われない。自分達のミスのせいで、先輩が残した仕事を失敗にさせたくない。先輩の無念をなんとしても晴らしたいんです」
自分のこの事件への思いを必死に言葉に変える。
何としてでも犯人を取り逃がさないようにという思いが伝わるように真っ直ぐと目を見据えて。
「突入許可を、お願いします」
「……あいつと似てきたな、お前」
「え?」
「たく、上に掛け合ってくる。そこまで言うんなら失敗はするなよ」
「……! ありがとうございます!」
「……では次に彼女との生活風景の映像を一部切り取ってお見せします」
放送中の動画をここ1ヶ月の監視カメラの映像データに変更して音声を切る。
「ふう、さてどうしますかね」
「何かあったんですか?」
「外の警察が動き始めました。おそらく突入してきます。まったく、自首すると言っているのに待てない人たちですね……」
冗談目かして状況を説明しているが内心真面目に困っていた。
窓からの催涙ガスなどは完全に封鎖しているため問題ない。
だが普通にドアを破壊され正面突破されるだけでも対処のしようがない。
本当にどうしたものか……。
するとこの部屋のもう一人の住人が口を開いた。
「……私が足止めします」
「……ありがたいのですがつぼみさんが出ていっても保護されるだけ。人質という名目もなくなりいよいよ警察を止められなくなります」
「分かってます。だから入ってこれないようにするだけです。私の炎で」
「それは……」
「私の炎は燃やしたいものだけを燃やせます。ドア付近に炎を出せば他の物は燃えず警察は近づけば燃える壁を作れます」
確かに魅力的な話だった。
彼女が警察を足止めしてくれれば残り時間でライブ放送の方に集中していられる。
けれどそれはあまりにも……。
「危険すぎます。その炎を出すということは……あなたの心の傷を開くことになる」
「……多少の心の傷なんてなんともありません。今までの辛さと、白さんを失う辛さからすれば」
「つぼみさん……」
「ちゃんとやるべきことをやって、後腐れなく行って欲しいんです。じゃないと白さんが帰ってこれないような気がして……」
「……分かりました。そちらはお願いします」
「任せてください」
にっこりと笑って返事をし、玄関の方へと方向を変える。
こんな状況だと言うのにつぼみは不思議と気分を高揚させていた。
それは初めて春瀬の役に立てる気がしたから。
こんな喜んでいて心の傷を開くなんてできるか怪しくなるくらい。
でもその喜びが心の支えになってくれるから、少しくらい心が痛んでもへっちゃらだ。
私は安心して、2年前から今日までの記憶を呼び覚ます。
能力が発動したのは春瀬のいないこれからを考え始めたときだった。




