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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
一章 : 誘拐犯に恋した少女の話
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第一章32.それは失う前に気づくべきことで

「じゃあやっぱりさっきのは……」


「はい、未散さん……羽黒未散が僕の体を一時的に乗っ取っていたんだと思います」


 自分が気を失うまでにあったこと、警察がつぼみを知る女の子、藤原麗香にこの家の場所を教えたらしいことなど一通り説明した。

 気を失ってからの記憶は春瀬にはなかったが、今の状況と気を失う前に聞こえた声から推測するに羽黒未散が出てきたのだろうと考えた。


「でも何故今になって未散さんは出てきたんでしょうか……?」


 それだけが分からない。今まで何をしても反応を示さなかった彼女が声をかけてきて体を乗っ取って。そもそも体を乗っ取ったなら何故自分に体を返したのか。

 羽黒未散が何をしたいのか分からない。


「…………白さんに手を汚して欲しくなかったんだと思います」


 するとつぼみが口を出した。

 自分には出せない答えを知っているかのように言葉にした。


「少し話しただけですけど、羽黒未散さんは自分の手は汚れていると嫌っているようでした。白さんに人を殺して欲しくなくて、その手は人を助けるためだけに有って欲しくて、だから代わりに自分の手で……」


「……本当にそうなら、彼女に汚れ役を押しつけたみたいになってしまいましたね……彼女だって嫌なはずなのに」


「白さん…………」


「でもそう望まれているなら僕はそうするしかありませんね。僕はこの手を助けるために使う。そしていつか彼女も……」


「……人を殺すのってそんなにいけないことですか?」


「……つぼみさん?」


「助けるために、守るために必要なら私は殺すことだって……でも私にはもう何が正しいのか分かりません」


 あの子と言ってつぼみは近くに横たわる少女を見る。


「……あの子は今まで散々つぼみさんから幸せを奪ってきた存在なのかもしれません。けれど今回はまだ何も奪われていません。すでに無力化できていたなら殺す必要はないのでは?」


「奪われてからじゃ遅いことを知ってますから」


 どうやら彼女の中では殺しのための理由がすでに確立されてしまっているらしい。

 殺人は良し悪しで言えば大悪だろう。

 だがつぼみは事故とはいえ人を殺してしまっている。

 自分が誘拐しなければつぼみ自身の意思でも人を殺していただろう。

 それは彼女が助かるために必要なことだった。

 決して正しい行いではなくても、自分が生きるために正しい選択をした。

 けれどそれにより彼女は歯止めが効かなくなってしまったらしい。


「……前に言いましたね。あなたは殺人という壁を乗り越えられる、僕にはない力を持つ強い人だ。僕はその強さを称賛したい。でも一般的にその力は恐れられるもので、助ける対象も逃げていくでしょう」


「やっぱり……持っていちゃいけない力ってことですか?」


「確かにその力は簡単に使ってはいけません。壁を越えることは大変難しい、しかし越えた先に留まり続けるのは誰でもできる。その先で胡座をかけばその強さはいつか腐り果てる」


 諭すように言葉を並べる春瀬。

 そして解決へと導くかのように言う。


「だから壁を越えられるようになったら、一歩戻るんです。その壁を越える意志の強さを持ち続けるために、壁の高さを忘れないために。大切なのは人を殺せることではなく、目的のためにどんな手段でも行使できるという心の強さですから」


「……難しいです」


「今すぐに分からなくても大丈夫です。それまでは僕が助けますから」


 つぼみは無言で頷いてくれた。

 まだ府に落ちていない部分もあるかもしれないが彼女もまだ子供だ。

 大人になれば、この社会で成長すればいつか分かる。

 彼女には時間があるのだから、地獄から解放されて今後の生活はもう保証されている。

 例え自分がどうなったとしても。

 春瀬はまた、少女に言えぬ秘め事を抱えたまま笑いかける。




 翌日、警察署内は静まり返り、一つの話題で持ちきりとなっていた。

「先輩が火事で亡くなった…………?」


「ああ。昨日の夜、白銀が住むマンションの隣で火災が起き、あいつの部屋にも火が燃え移ったらしい」


 白銀の部下である市松和樹が彼女の死を知った瞬間だった。

 またそれを伝えた部長も先程知ったばかりらしく痛ましい表情を浮かべている。


「そんな……なんで突然……」


「落ち着け、事故は突然起こるものだ……我々でも予測は不可能だ、悔しいことだかな」


「先輩…………」


 心の整理がつかず言葉も出なかった。

 今自分がどんな顔をしているのかは分からないし、気にする余裕もあるはずなかった。


「……市松、お前今日は帰れ」


「え……でも先輩がいなくなったなら代わりに自分が……」


「今のお前に何ができる? あの白銀の代わりなんて普段のお前でも勤まるはずないのに。そんな顔色のやつに仕事は任せられない」


「はい……分かりました……」


 上司はかなり厳しい口調だったが気遣ってくれたのだろう。

 気遣わなくてはいけないほどの顔色だったのだろう。

 反論などする気力も湧かず市松はそのまま帰宅した。




 自宅につき、力なくベッドに倒れ込んだ。

 静かに涙がこぼれ落ちる。涙と共に思い出が溢れる。


 尊敬できる先輩だった。

 先輩はなんでもそつなくこなして、完璧という言葉が似合う自慢の上司だった。

 けどそれでいて少し抜けていて、感情的になると周りが見えなくなるような一面もあった。


 何故自分はこんなに悲しいんだろう。

 上司が死んだだけでこれほどに心が揺さぶられるものだろうか。

 たぶん他の上司が亡くなってもこれほど辛くはならないだろう。

 白銀優希にだけ、これほど特別な感情を持っている。

 上司と部下という関係以上に、自分は彼女に心酔していた。


「思っていた以上に、好きだったんだな…………」


 これが恋愛感情かは分からない。

 彼女のことは人として好ましく思っている。

 彼女の後ろ姿を追って、あの格好よさに惚れたのは確かだ。

 けれど心惹かれるというよりも、憧憬の念に近い。

 彼女の生き様に、他の何よりも憧れを抱いた。

 だからずっと付いていこうと思っていたのに……。


「ほんと……良い先輩だったなぁ……」


 先輩はどんな事件も簡単に解決してきた。

 悩むことなく突き進んで、その先には必ず答えがあった。

 そうさせていたのはあの勘の鋭さだ。

 彼女は勘だといいながら確信を持っているかのように行動して、そしてその勘はいつも当たって……。


「…………?」


 ふと気づく、そういえば今回の事件は少し変だったと。

 あの先輩が悉く勘を外していた、今回の犯人には何かあるのか?

 けれど教えを乞うべき相手は死んでしまった……。

 いや、死んだから教えてもらえないのではなく、教えられなくするために……。


「殺されたのだとしたら……?」


 勘違いかもしれない、自分が勝手に先輩を大きな存在にしすぎて裏を考えすぎているのかもしれない。

 けれど元からあった違和感が反応する。

 火災による事故、それは先輩の前にも一件あった。

 失踪した少女の父親だ。

 そして先輩はこの事故にも裏があるように見えると言っていた。

 そこで再び火災の事故、偶然にしては出来すぎている。


 ならば誰かが仕組んだのか? 

 先輩は誰かに殺されたのか?

 その可能性がある人物は一人しかいない、先輩の言っていた誘拐犯だ。


 昨日先輩は確か早く帰宅した。

 もし帰宅したあとに犯人に会いに行っていたら?

 そこで先輩は殺された、理由は口封じだとすれば何もかも合点がいく。

 もしそうならば俺は……。


「…………許せない」


 誘拐なんて私欲にまみれた犯罪で、逃げるために殺人まで犯すなんて許せるわけがない。

 この犯人だけは、先輩がやり残したこの仕事だけは、


「俺が……この手で捕まえる……!」

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