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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
一章 : 誘拐犯に恋した少女の話
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第一章31.あの日をもう一度

「どうしてここに……」


「警察の人が教えてくれたわ。誘拐犯が家を出たら私が惹き付けておくからその間に連れ出してあげてってね」


 警察の人となると昨日この家に来た人達だろう。

 けれど私を連れ出すにしても何故麗香に頼んだのか分からない。 

 全て知っていて差し向けたのか?

 そこにどんな理由があったとしても警察が敵であることに変わりはないが。


「でもまさか誘拐されてるなんて思ってなかったわ。だって、あんたに誘拐するほどの価値があると思えないもの」


 楽しそうに私を嘲笑う。

 彼女のその顔は久しく見る。

 その顔を見ているとあの長く続いた地獄を思い出す。

 あのとき感じていた寒さが体を支配し始める。


「あんたが来ないとつまらないのよ。あんたは奴隷なんだから、黙って学校来て私の言うこと聞いてればいいのよ」


 彼女は私をそんな風に考えていたことは知らなかった。

 けれど最早彼女の言葉は耳に入らない

 それ以上の感情が心を支配している。


 これは恐怖ではない。

 恐怖がないわけではない。

 しかしそれ以上に私が思うのは「何故こんなやつがここにいるのか」と言うことだ。


 ここは、この家は二人だけの空間。

 私とお兄さんだけで成立していた空間。

 お兄さんの招き入れた客なら仕方ないから入れてもいい。

 けれど私の知り合いに招いて良い客などいない。


 ならば彼女はなんだ。

 私に地獄をもたらした、私にとっての厄災だ。

 厄災はこの空間に居て良いのか? 否、良いはずがない。

 厄災は排除しなくては。


「…する」


 つぶやくと心に小さな灯火が点火する


「なに? なんか文句あるの?」


 排除する。

 心で反芻させ、心炎は大きく燃え上がる。


「なんとか言いなさいよ!」


 排除する。

 どんどん燃え広がる感情。

 気づけば恐怖は憎悪へと変わっていく。


「この……あっつ、って……え?」


 そして心炎は外へと広がった。

 最後に誓うようにはっきりと、この憎悪を口にする。


「……排除、する……!」


「あんた火なんてどっから……ちょっとあんた燃えてるじゃない! こっち来ないでよ!」


「うるさい!」


「ひっ……!?」


「黙れ……黙れだまれだまれ出ていけぇ!」


 攻撃の意思を持って手を前に振ると炎は彼女へと燃え広がる。

 目の前の超常に怯える少女は逃げられず炎に襲われる。

 そして逃げようと後退して、足を縺れさせた。


「きゃあっ! ぎっ……ぅ…………」


 麗香は後頭部を壁に打ち付け気を失った。

 目の前の憎悪の対象が停止したことで一瞬冷静になったつぼみはハッと気づく。


「っ! 家が!」


 落ち着きを取り戻しなんとか炎を小さくする。

 しかしよく見ると部屋は一切燃えてなかった。 

 目の前の少女は服が焦げ、軽い火傷も負っていた。


「なんで…………そういえば白さんが……」


 最初に第二症状が発症したとき春瀬が言っていたことを思い出す。

 私の炎は私が持つ好意によって熱の強弱が変化する。

 排除する対象は当然高熱の炎になり、逆にこの家は私の居場所であり私にとってずっと守っていきたいものであるため何も燃えなかった。

 信じにくいことだが現状が事実だと物語っている。


「ならもう遠慮しなくても……」


 小さくなった炎をまた燃え上がらせる。

 家が燃えないと分かればあとはこの少女を父親同様に焼き殺してしまっても問題ない。


「いや……」


 けれど私は手先の炎を消した。

 この女に炎はもう必要ないと思ったから。

 この女を殺すのに炎は必要ないと思ったから。


「どうせ殺すなら……」


 それならあの日をもう一度やることとしよう。

 別れの日になるはずだったあの日を。


 あの日私は目の前の少女を殺せなかった。

 そのせいでこうして会ってしまった、完全に別れられなかったのだ。

 ならば今度こそ実行して、晴れてこの少女と決別しよう。


 私は押し入れの中の自分のランドセルを開き包丁を取り出す。

 そのまま倒れている麗香に馬乗りになり両手で包丁を持った。

 より深く深呼吸する。大丈夫、あとはこのまま両手を振り下ろすだけだ。


 私なら殺れる、覚悟はもうあの日にした。

 それに白さんが言ってくれた、私は人を殺せる覚悟のある人間だと褒めてくれた。

 さあ、殺ろう。

 両手を振りかざし、勢いよく下ろそうと力を込める。


 けれど手は私の意思に反して動きを止めた。別の力が私の手に加わったことによって。

 気づけば私の手にそっと別の手が置かれている。


「……なんで止めるんですか、白さん」


 私の手を止めた主を確認すると背後に春瀬白が立っていた。


「この女は殺さないと駄目なんです。でないとまた私の居場所を奪われる。白さん言ってくれましたよね? 私には殺人という壁を越えられる覚悟があるって。その覚悟、今使うべきなんです。手をどけてください……!」


 必死に目で訴える。

 しかし彼は動じなかった。

 彼の顔はずっと乾いたままで、いつもと違って私を冷めた目で見ていた。

 表情を変えないまま彼は口を開いた。


「よく分からないけど、言いたいことは二つかな」


「……何ですか?」


 雰囲気と口調に違和感を感じながら聞く。


「まず一つ、私は春瀬白じゃないからその質問はあとでしてくれる?」


「白さんじゃない……? どういうことですか! あなたは一体……」


 理解できずに混乱する。目の前の男は明らかに春瀬白の見た目を模している。

 けれど本人は違うと言っていて、確かに雰囲気も違う。

 ならば私の目の前にいるのは誰なのか。

 男は私の疑問を無視して話を進める。


「その話も後で白から聞いて。次に二つ目。これは忠告、どう取るかはあなたに任せるけど……人を殺すことに慣れない方がいいよ」


「っ…………」 


「守るためって正当化し続けても手は汚れる。汚れて汚れて、いつかドロドロになった手を見て思うの。今の醜い私を愛してくれる人なんて居るのかって。……この先もずっと白と一緒に居たいなら止めた方がいい」


 何も言い返せなかった。

 私は何を捨ててでも守りたい、そんな覚悟でいたつもりだった。

 けれど男の悲しそうな顔を見たら軽々と言えなくなってしまった。


「それでもこの女の子が許せないなら……私が代わりに手を汚してあげてもいいよ」


「え……?」


 すると男は私の手から離れて倒れている麗香の頭へと手を伸ばした。

 何をする気なのかは分からなかったけど、その手はおそらく彼女を殺すためのものだろう。


「止めてください!」


 思わず手を叩いてしまう。何故止めたのかは自分にも分からなかった。

 私はこの女を居なくなるべき存在だと思っているのだから止める理由はないのに。

 すると男……いや、その人は手を止めてこちらをじっと見て、表情を緩めて方向を変えた。


「……そろそろ私は戻るよ。白に体を返してあげないとだしね」


「あの、もしかしてあなたは……」


「なに?」


「……いえ……また会えますか?」


「それはあなた達次第かな。じゃあね」


 そう言ってその人は畳に横になった。

 すると数秒ほどでまた起き上がった。


「……あれ、ここは……?」


「白さんですか?」


 男は辺りを見回して何かを察したようだった。


「……あー、はい。自分は間違いなく春瀬白本人です。……少し待っててください。事後処理の連絡をしてきます」


 そう言って春瀬は携帯でどこかへ電話をかけた。

 なんの事後処理かは分からないが連絡先はおそらく組織だろう。


「……はい、そこに心壊症患者の刑事がいるはずです……たぶん亡くなっていると思いますが……それと家にも護送車をお願いします。子供が一人気を失っていて……はい、一般人なので記憶の処理も必要かもしれません。それでは……はい、お願いします。……さて」


 連絡を終えたらしい春瀬がつぼみの方を見る。


「それじゃあ……家を出たあとの話から」

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