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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
一章 : 誘拐犯に恋した少女の話
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第一章30.逃れられない恐怖

 春瀬白は、心に住まう羽黒未散という少女に見せるために私を助けた。

 それは自分と同じ境遇の少女を助けることで心を動かしてくれるかもしれないという意図の言葉だったのかもしれない。


 しかし彼は言わなかったけれど、春瀬白が本当に見せたかったのは昔とは違う今の自分なのだと思う。

 恐怖に怯えて動けなくなっていた少年の成長を、黒崎未散に見せてあげたかったのだろう。


 まあそこにどんな意図があったとしても変わらない事実がある。

 結局私を助けようとしたのは私だけのためではなかったことだ。


 彼は言った、助けたいと思ったから助けただけと。

 嘘ではないのかもしれない。

 けれどそこには隠された意図があった


 助けたいと思ったのは人を助ける自分の姿を心に住まう少女に見てもらいたかったから。

 それが私は……嫌だったんだ。

 やっと考えがまとまった。やっと気づけた。

 この心の靄は独占欲の表れなんだ。


「……嫌な子ですね、私」


 もちろん私のためを思って行動してくれている面があるのも分かっている。

 けれど彼は私を助けるときも他の女のことを考えていた。

 そう思うと心は陰りを差す。


 私はなんて醜いんだろう。こんな私を彼には見てほしくない。

 だから一人にしてもらった。

 彼が帰ってくる前に、早く気持ちの整理をつけないと。醜い自分に別れを告げないと。


 するとガチャりと音がした。

 もう帰ってきたのかと慌てて心を落ち着かせる。深く息を吸って吐き出す。

 これで私はいつも通り、彼の前では醜い私は見せない。

 何事もなかったように笑ってお帰りと言うんだ。

 強く誓ってドアの方を向く。

 瞬間、その誓いは簡単に吹き飛んだ。


「あら、本当にここにいたのね。勝手にいなくなるなんて酷いじゃない。つぼみちゃん」


「麗香……ちゃん…………」


 入室してきたのは予想していた人物よりもずっと小柄な女の子だった。

 帰ってきて欲しかった人物とは対極の存在、私が最も会いたくない人物。

 絶望の起点、私を地獄へと誘う者。

 私が虐められる原因となった理事長の娘、藤原麗香だった。





 急がなくてはならない理由がまた一つ増えた。

 元々白銀が第四症状に移行する前にと急いではいた。

 けれど今すぐ帰らなくてはならない理由ができた。


「あなたに会う前にね、誘拐された少女に会いたそうにしている女の子を見つけたわ。だからあなたの拠点を教えてあげたの。それで私が誘拐犯を惹き付けている間に助けてくれないかってね」


 白銀の言い方から教えた相手は小学生、つぼみに会いたがっていたということが本当かは分からないが少なくとも仲の良い相手ではないだろう。

 おそらくつぼみの会いたくない相手、会えば以前の地獄を思い出す相手だ。


 父親と会ってつぼみの第二症状は発現した。

 同じように症状が悪化する可能性は十分にある。

 そうなる前に早く行かないと、そんな意識から余計に焦燥に駆られる。


 だが春瀬にも考えがないわけではなかった。

 白銀が当たるはずのない攻撃をしている間に春瀬は白銀からあるものを奪っていた。


「一歩も動けなくても、あなたを殺す方法はある」


 春瀬は白銀から奪っておいた拳銃を白銀に向ける。

 あとは撃つだけ。この引き金を引けば、彼女を殺せる。

 殺さないと、第四症状によりまた誰かが犠牲になる。

 だから殺らないといけない……そう分かっているのに……。


 体がいうことを聞いてくれない。

 引き金に力をいれるとフラッシュバックする。


 僕にとっての恐怖の存在、羽黒未散だ。

 人を殺すことはつまり彼女と同じ恐怖の存在になることだ。

 それを拒むかのように指に力が入らなくなる。


「ほんと、頭では分かってるんですけどね……」


 止めろ、もう出てこないでくれ。

 そう願っても彼女の顔は思い浮かぶ。

 恐怖を纏った彼女が近づいてきてそして……。


『何がそんなに怖いの?』


 囁かれる。

 本当に彼女の声が耳に届いたみたいだった。


『相変わらず怖がりね』


 再び囁かれる。

 これは幻聴。

 恐怖に支配される自分が作り出した幻影。

 だから責め立てるように僕に迫って……。


『じゃあまた私が助けてあげないとね』


「え……?」


 三度の囁き。

 同時に僕の意識は刈り取られた。




「ああ、もう能力を解いたのね。諦めたのかしら」


 白銀の目にようやく男の姿が映る。

 案の定腕から伸びる糸の結界に囲まれている。


「それじゃ長引かせるのも悪いし、そろそろ終わりに……」


「ねえ、一つ聞いてい?」


「……何かしら? 最後だし何でも答えてあげるわ」


「これ、あなたの体?」


 男がこれと指したのは自身を囲む糸だった。


「ええ、自在に操れる私の一部よ。それがどうかしたのかしら?」


「そう……よかった」


 そう言って男は一本の糸に触れた。

 その瞬間、脳に衝撃を受け意識が遠退き、目の前の景色が切り替わった。




『ママ』

 

 これは……なんで娘が目の前に?

 あの男は一体どこに消えて……。


『ママ! 次の休みは遊びに連れてってくれるって言ったじゃん!』


『ホントにごめんね、急に仕事が入っちゃって……』


 ああ、これは私の記憶か。

 確かにそうでなければ娘がここにいるはずがない。


『ママ、夜ご飯一緒に……』


『ごめん、寝かせて頂戴。明日も早いの』


 我ながら酷い記憶だ。

 娘の我が儘一つ聞き入れてやれないなんて。


『ママ……』


『それじゃママ行ってくるね。良い子にしてるのよ? ママも頑張るから!』


 何が良い子にしてるようにだ。

 何が頑張るだ。

 娘の気持ちも知らずに自分のことで精一杯になって……。


『あ……あぁ……』


 そう、だからこのときに余計に後悔したんだ。

 娘の死を目の前にしたときに。


『ごめん……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………』

 

 生きる目的だった娘に何もしてやれず、助けてもやれず。

 娘と生きるために仕事をして、その仕事のせいで娘は拐われ殺された。

 それで余計に後悔して、ひたすら亡骸に謝り続けて……。


『……私は一体何のために……こんなんじゃ母親失格……いえ……』


 ドクンッ、と動悸が強まった。

 このときの私はズタボロで、自分で何を言ったかすら覚えていない。

 だがその言葉を自分で言った瞬間に、私の中で何かが砕けたんだ。

 それは私という人間を完全否定する言葉で……。

 聞きたくない、嫌な予感しかしない。

 だが否応なく記憶は再生される。


『私は……母親になんて成れていなかった……!』




 目の前の景色が戻ったと思えば白銀は膝から崩れ落ちていた。

「今……のは……」


 ボロボロと涙が溢れる。

 その涙を拭おうとするも……。

 

「え……? 何よこれ……体に力が…………」


 どれだけ力を入れようとしても体がうまく動かない。

 それどころか肩も膝も震えが止まらない。

 ピンと張り巡らされていた糸もだらんと垂れて動かすことができない。


「それは恐怖よ」


「恐怖……? 一体何をしたというの……?」


「今あなたが見ていたのは悪夢。悪夢は恐怖の追体験、恐怖の形は人それぞれだから、あなたが何を見たのか分からない。けれど確実に言えることは、あなたの体は今恐怖に縛り付けられている」 


「恐怖……私が恐れている……?」


 あれ以来恐怖など感じることが少なくなっていた。

 この能力さえあればどんな犯罪も怖くなかった。

 別段この男を怖いと思うこともない。

 それでも恐怖を感じているというのは春瀬の能力なのか?


 すると春瀬は二つの能力を所有しているということになるのか?

 それに先程から口調が変わって……。

 身動きのとれない白銀に男が近づく。


「そろそろ終わりにするね。今のは一瞬で終わっちゃったかもしれないけれど、今度はちゃんと頭に直接送るよ。永劫の恐怖をね」


「さっきまでとはまるで別人ね……」


「言い残すことはそれだけ?」


「……この人殺し」


 目の前まで迫った男は白銀の頭を掴まれる。

 瞬時に目の前が暗くなり急激な眠気に襲われ気を失った。


「残念ね、そう言われて躊躇うのは怖がりだけよ。誰かさんみたいなね」

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