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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
一章 : 誘拐犯に恋した少女の話
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幕間之下:恐葬

 僕たちを虐めていた少年達が目を覚まさなくなって数日後、クラスである噂を耳にした。


 最近よく悪夢を見る。

 それは僕以外の全員が言っていた。

 次第にクラスの雰囲気は悪くなった。


 眠ることの恐怖、寝不足によるフラストレーション。

 ギスギスとした空気で余計にストレスが蔓延する。

 以前までは楽しかったクラス。あの頃はどうしていたか。

 明確な違いとしてすぐに思い浮かぶもの、それは虐めだった。


 それは何故なくなった?

 虐めの中心がいなくなったから?

 それだけじゃない、最たる理由は虐めの対象が危険人物になったからだ。


 ならばあとは簡単だ。

 対象を変えればいい、危険でない、弱そうな者に。

 そして打ってつけのやつがいた。


 そいつは元々虐められていた。

 それがもう一度戻ってくるだけだ。


 再び帰ってきた惨めな日々。

 相当なストレスだったのか、以前以上に暴力が多い。


 けれど以前より怖くない。

 それ以上の恐怖を知ってしまったから。


 僕はその恐怖の対象とは随分と接していなかった。

 これならば耐えられる。痛みに耐えるだけでいいなら。

 だから自分は大丈夫だ。

 そう伝えられたらよかったのに。


「誰に、やられたの?」


 恐怖が、そこにいた。

 背筋が凍る、足が震える、声も出せずに固まる。 


「言って」


 その威圧感に答えさせらた。

 どうやったって逆らえない。

 自分を助けてくれたのに、今も心配して話しかけてくれたのに。

 恐くて怖くて堪らない。


「……分かった」


 そう答えて彼女は帰っていった。

 恐怖から解放され、力が抜ける。


 けれどそれで終わりではない。

 全ての終わりを迎えたのは次の日だった。

 登校し席につき、いつものように絡まれる。


「よう、おはよう」


 爽やかな笑顔の挨拶、まるで親しい間柄のようだ。

 だが親しくするつもりはお互いにない。

 授業のない時間は僕の取り合い、早い者勝ちで遊べるなんてまるで玩具だ。


 けれど絡んできた男子は嬉々とした顔から一転、表情を凍りつかせ一歩引いた。

 誰もが一歩引く存在。彼女はそんな扱いになってしまった。


「な、なんだよ」


 彼女は無言で歩いてくる。

 歩いて、僕を通りすぎて男子の前に立つ。

 そして最後に一言。


「さよなら」


 彼女が指先で男子を触れると、その男子は倒れた。

 うなされたまま目を覚まさない男子。


 クラスの恐怖の渦は一気に広がった。

 動揺、畏怖、それらの感情が喚起させた小さなざわめきを次第に大きな犇めきへと変わる。


 そんな中、担任が教室に入ってきた。

 一目で分かるクラスの異常。

 視線の集まる少女と倒れうなされる少年。

 何が起きたか把握したかのようにため息をつき、担任は少女に近づく。


「お前がやったんだな?」


 少女は答えない。


「どうせあいつらもお前のせいで目を覚まさないんだろう」


 何を言っても答えない。

 言ったって聞いてもらえない、無意味だとそう思っていたから。

 だが次の言葉に少女は沈黙を破った。


「たく、暇じゃないと言っただろう……無駄に迷惑のかかることをするんじゃない」

「…………無駄?」


 俯く顔を上げて顔を見る。

 その蔑むような担任の顔を見て、彼女は口を開いた。


「それは助けようともしないお前たちが言っていい言葉じゃない……」


「何の話だ?」


「お前たちはいつも自分のことばかりだ。自分に苦痛がなければ他人がどれだけ苦しんでいても気にしない。私たちの苦痛がどれほどのものか夢で教えてやってもやめることはしなかった。知った上で、自分の快楽のために他人に苦痛を強いた。そんなクズ共以上に無駄な存在なんてあるわけがない……!」


「…………それは私には関係のない話で」


「黙れ! 何もしなかったお前の言葉なんて聞きたくない。責任を放棄し楽な道を進んだ、同じクズだ! 私たちは無駄じゃない。無駄なんかじゃない! お前らごときがそれを否定するのだけは許さない!」


 怒りに任せ、止めどなく捲し立てる。

 その声に呼応するように突如彼女の周囲から黒い霧が現れた。

 その霧はまるで彼女の怒りを表すかのように揺らめく。


「お前たちの存在は無駄どころか害だ。害虫だ。害虫は――――駆除する!」


 彼女の意思に合わせて黒い霧は前方の担任に襲いかかる。

 突然の超常現象に動揺する担任はあっという間に霧に飲み込まれた。

 やがて霧の中から虚ろな顔の担任が倒れた。


 その光景は観衆の恐怖を頂点に達しさせるのに十分すぎるものだった。

 まさに阿鼻叫喚。生徒たちは教室を出ようと駆け始める。


「何を逃げようとしている。お前たち全員もそこの害虫と同じだ」


 霧は一気に膨張し、加速して教室のドアを覆った。

 生徒たちは逃げ道を失い霧からなんとか逃れようとするも次々と霧に飲み込まれ倒れて行く。


 そして残ったのは霧の主の少女と、唯一霧に襲われなかった少年の二人だけだった。

 少女は優しく微笑み少年に語りかける。


「大丈夫。害虫はもういないよ」


 何が大丈夫なのか。

 襲われなかったことにほっとすることもできない。

 意味の分からない力を使って人を襲った。

 そんな存在が目の前にいて安心できるものか。


「何がそんなに怖いの?」


 黒い霧は教室の隅も残さず充満し、自分達の空間だけが取り残されていた。

 恐怖に包まれ、目の前に恐怖がいる。

 怖くないものなど視界の内にはなかった。


「ごめん、私は何も怖くなくなったから、君の気持ちはもう分からない」


 それはそうだ、彼女以上に怖いものなんて知らない。

 恐怖の主が怖がるものなんてないだろう。


 彼女はそれを本当に残念そうに言った。

 けれどすぐに笑顔になった。


「けど、一つになればもう怖いものなんてないよね」


 瞬間黒い霧は彼女に吸収され、彼女の体は霧状に遊離し始めた。

 次第に姿形を崩していく。


 何が起こっているのかも分からない。

 まともだった見た目すらも恐怖へと変貌し、思わず後退る。

 だが今さら逃げられるわけがない。


「これからもずっと、私があなたの体を守ってあげるから」


 そして完全に光と化した彼女は、僕の中に入り込んだ。

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