第一章24.同類
2017年12月20日。
いつも通り、そう言えるまでに日常と化した日々。
春瀬がパソコンで作業をしている背中にもたれかかり、少女はテレビを眺めていた。
ずっと家にいなくてはならないから他にできることもない。
けれど少女はずっと続いて欲しいと思っていた。
人の温もりに触れながら平和を無為に過ごす。つぼみはそれだけで幸福を感じていた。
すると春瀬は突然私の背を支えながら立ち上がった。
体を起こしたつぼみが春瀬を見ると慌てて家の鍵を閉めに行っていた。
「どうかしたんですか?」
「っ……落ち着いて聞いてください……警察が来ました」
「っ……!」
警察、今のつぼみにとって何よりの脅威かもしれない。
この平和は春瀬が罪を犯して手に入れてくれたものだから。
警察は必ずこの平和を壊しに来る。
「今駐車場で車を停めているのを確認したので直に……」
言うが早いかインターホンのベルがなる。
それに対し春瀬は素早く少女の口を軽く押さえ、声を押さえながら話す。
「このまま帰ってくれればいいのですが……念のためこちらに」
言いながら監視カメラなどを回収して部屋の隅の一ヶ所に集め始める。
「無理矢理入ってきたらどうするんですか……?」
急いでいたが少女を見ると震えていた。
その不安を見逃すわけにはいかず春瀬は立ち止まる。
「大丈夫です。何とかします」
「何とかって……」
いくらなんでも不安だという表情。
警察が入ってくればこの狭い部屋で逃げきるなんて不可能に近い。
どれだけ信頼していても不安にはなる。
しかし春瀬はただ真面目に、自信を持って言った。
「いえ、本当に心配する必要はありません。捕まることは絶対にないので」
そう、絶対と言えるほどの確固足る自信がある。
急ぎパソコンや少女の服など、彼女がいる痕跡をひとまとめにした。
「ただしばらく何があってもじっとしていてください。今からこのコートの内側は――――この世界から消えます」
そう言いながら春瀬はコートで少女を含めた部屋の一角を覆い隠した。
「出てこないわね」
「留守ですかね」
春瀬の自宅に着き、インターホンを鳴らした。
時間が経ち再度鳴らしても応答はなく、待つばかりで時間が過ぎる。
後輩の言う通り留守なのだろうかと一瞬考えたが自身の指先を見てその可能性はすぐに消え失せた。
「いえ留守じゃない。中にいるわ」
「分かるんですか?」
「勘だけどね」
「ああ、いつものやつですか……」
そう、今回も勘が働いた。
私だけが見える勘、指先の糸はこの部屋の中を示している。
だから間違いなく中にいる。
「じゃあ居留守ですか?」
「でしょうね」
「つまり誰かに見られると不味いものでも?」
「あるということになるわね」
軽くドアノブを押すが扉は開かない。やはり鍵はかかっているか。
「市松、大家にスペアキーを借りてきて」
「えぇ……さすがに不味くないですか?」
「黙ってればバレないわよ。それに、証拠が見つかればなんとでも言い訳できる」
「……本当に大丈夫なんですね?」
「信じられないなら帰りなさい。私一人でやるわ」
「いえ、先に信じると言ったのは自分です。最後まで着いていきますよ」
渋々承諾した市松を見送りしばらく待つと大家を連れてきた。
「連れてきました」
「わざわざすみません」
「いえ、それよりお巡りさん、本当ですか? この部屋から黒い煙が出てたって」
大家の質問に疑問符が浮かんだがすぐに把握した。
そういう設定で大家を納得させたのだろう。
捜査協力といっても家宅捜査許可が降りていなければ大家も部屋を無断で開けることを良しとしないかもしれない。
だがアパートの一室が火事の危険性があるとなれば大家としてはすぐに動かざるを得ない。
私の後輩は思いの外優秀のようだ。
この際詐欺師染みた手口であることは見逃そう。
「ええ、単なるボヤかもしれませんが確認は必要だと判断しました」
「分かりました……すぐに開けさせていただきます」
大家の不安そうな顔を見ると良心が痛むがこれも少女をいち早く助けるため。
事が済んだあとでなんとでも詫びよう。
大家が鍵を開け、扉を開く。
「ありがとうございます、少し見てきますのでここでお待ちください」
「はい……」
見つかった犯人が暴れる可能性も考慮すると待ってもらった方が良いだろう。
不自然かとも思ったが安全が第一だ。
「失礼します」
「春瀬さん、いらっしゃいますか?」
靴を脱ぎ、恐る恐る歩みを進める。
相手には人質もいる。慎重に進むに越したことはない。
少しずつ進んで一室しかない部屋に辿り着く。
「あれ?」
「誰もいない……? そんなはず……」
そんなはずはないと指先に視線を送る。
するとそこにはいつも見えていたはずの糸が見えなくなっていた。
指先からは何も伸びていなかった。
「どういうこと……!」
訳もわからず押し入れ、トイレと順に開いていく。
だが中には誰もいない。
隠れているわけでもなく本当にいない。
「そんな……さっきまでは確かに……」
「先輩、そろそろ限界です。大家さんが怪しんでいます」
「……ええ、そうね。すぐ出るわ」
後輩に続き部屋の外を出て大家には心配はいらないと報告した。
危ない橋を渡ったものの得られたものはなく肩を落としながら車まで歩いた。
「申し訳ないわね。私を信じてあそこまでやってくれたのに」
「いえ、それにしても珍しく外れましたね。先輩の勘」
「……本当に珍しくね」
自身の人差し指を見つめながら思う。
今回は調子が悪かっただけ……?
部屋にはいるまでは確実に糸はあの部屋の中を示していた。
けれど部屋に入ると誰もいなかった。
確かにこの能力について熟知しているわけではないけれど、でも糸が突然見えなくなるなんて初めてだ。
……それとももう、糸は見えなくなってしまったのか。
能力を失ってしまったのだろうか。
不安が募ってきたそのとき、突然指先から糸が光の速度で伸びた。
「っ!?」
咄嗟のことに驚き糸の伸びる先を見る。
そして糸が繋がったのは……。
「やっぱり、あの部屋だ」
「先輩?」
やはり糸はあの部屋を指し示した。つまり犯人は今あの部屋にいるということ。
まさかこの数分の間に気づかれないように部屋に戻ったとは言わないだろう。
そんな人間離れした技、特殊な能力でも持たない限り不可能。
そこまで考えれば気づかざるを得ない。
「……そういうこと」
「さっきからどうしたんですか? そんなに勘が外れたことがショックだったんですか?」
「いえ、勘は外れていなかった。気を引き閉めていくわよ市松。今回の容疑者は今まで以上に手強い。何せ、私と同じ勘を持ってるもの」
それならば糸が見えなくなった理由にもなる。
この誘拐事件の犯人は――――私と同じ能力者だ。




