第一章16.迷惑だとしても
2017年12月11日
溢れる喧騒。
普段は避ける人だかりの中。
とある3人が疲れを見せながら集まろうとしていた。
休日に駅前で集合となれば人が多いことも分かっていた。
集まるとなれば休日以外になく、その場で行き先を決めるつもりだったため交通の便がよいところとなって、後先考えず日時場所が決まった。
結果インドア派の3人は集まる前から疲労困憊だった。
3人が互いに顔を見合わせる。
「お疲れさまー……」
「……お疲れ」
「いや久しぶりに会った挨拶がお疲れってどうなんだ?」
「やだなー普段あっちで散々会ってるじゃないですか」
「それに私たちは二人でよく会う」
「ほんと仲いいね君ら……」
「付き合ってますので。ねー」
「ねー」
「はいはい百合カップル乙」
慣れ親しんだ会話を広げる女性二人と男性一人。
歳の差は少なからずあるが気を使うこともなく、趣味嗜好で隔たりができるわけでもない良い間柄だ。
「大学は別なんだよな?」
「あー私はまだ1年ちょっとあるけど……」
「私もう社会人。大人の女」
「そうだったか。勤め先は?」
「薬品会社。危ないお薬もあるから取材はNGなのだよテレビ局のおにーさん」
「恐ろしいな……残念ながら俺はジャーナリストじゃないから撮りに行けないけどさ」
「はいはい! 危ないお薬ってどんなのですか! どっち方面でR指定入るやつですか!」
「それはもちろん夜の営み方面。いろんな意味で元気になる」
「わお。今度それ使おうよ」
「子猫ちゃんにはまだ早いよ」
「そういう生々しいのは二人だけのときにやってくれ……にしても遅いな。いつもは遅刻しないやつが」
「ですねー。いつもなら誰よりも早く集合してるのに。何かあったのかな」
現在話題となった遅刻中の人物というのはこの集まり、PCオンラインネットゲーム『ラグナロク・グロウス』のギルド、『幼女見守り隊』のメンバーの残り一人だ。
少し心配され始めたところでその原因を知っている一人が声をかける。
「ふふふ、奴ならここには来ない」
「なん……だと……!」
「まさか、私達全員始末するつもり……?」
「良い反応をどうもありがとう。ここに来る途中で連絡があった」
「先に言いなさい」
「あう」
頭をはたかれ涙目になる一人の女性。
頭を押さえながらも携帯のメール画面を開き二人に見せる。
「メール内容。集合場所をここに変更できないかって」
「これ住所?」
「とある事情から家から出られないらしい」
「つまり男子大学生のお宅訪問というわけか。行く場所が決まってるわけでもないし俺は構わないが」
「とある事情って?」
「分からない。家から出たくないだけだったりして」
「ほう? 私達に人混みに揉まれるなんて拷問を味わわせておいて自分は引きこもりとはいい度胸じゃないですか」
「万死に値する」
「沸点低すぎだろ……まあ何にしても行くしかないな」
「うん。しょうがない」
「今日のオフ会目的地は引きこもりゲーマー『フェイスレス』こと春瀬さん宅ってことで」
「ここ、だよね」
マップ検索で住所を打ち込み着いたのはそれなりに年期の入ったアパート。
「まさに大学生の一人暮しって感じだな」
「お友達訪問イベントで家が豪華じゃない。減点」
「アニメと現実を一緒にしない」
「とりあえずベル鳴らしますねー」
春瀬と書かれた表札の部屋にピンポンと軽快な音をならす。
しばらく待つと中から話し声が聞こえてきた。
けれど一向に出てこない。
「出てこないな。取り込み中か?」
「というか一人暮しなんですよね? なんで話し声が?」
「もう一人誰かいそうだな。それが家から出れなかった理由か?」
「一人暮しで部屋に呼ぶ人と言ったら家族か……」
「女か」
「リア充は重罪だね」
「デスペナ50回の刑に処す」
「女同士とはいえ付き合ってる君らがそれ言う? っと来たな」
ドアが半分ほど開き顔を見せたのは何度か見たことのある顔の男……だけじゃなかった。
「すみません、お待たせしました……」
「遅いですよー。全くどれだけ待たせるつも……りで……」
「…………」
「…………」
全員が言葉を失った。
その原因は彼らの目線の先にあった。
3人が見る先は出てきた男の右足辺り、正確には男の影に隠れながらも服を掴んで離そうとせずにこちらを見る少女に向けられた。
「春瀬さん……? その子は一体……」
「……とりあえず中へどうぞ。説明もします」
時は少し遡り、オフ会予定日の朝。
家を出ようと準備をしていたところだったのだが……。
「ダメです」
「いや前に行くって言ってましたよね?」
「でもダメです」
一週間ほど前誘拐した少女に軟禁されていた。
言葉にすると中々に意味が分からないが事実だ。
そもそもこの部屋に連れてきた当初は控えめで従順、というか完全に犯罪者として警戒されていたのだがある日を境に彼女は変わった。
そのある日は彼女の身に変化が起きた次の日。
どんな心の変化が起きたのか告白まがいのことをされてしまった。
返事などを要求されてはいないがそれからは自分との接し方が劇的に変わった。
まず絶対に離れることはなかった。どこへ行くにも常に一緒。
本当なら世間の目もある外にはあまり出したくないけれど、買い物などには行かないわけにもいかず連れていくしかなかった。
さらにスキンシップが多くなった。最初は距離感が分からなかったのか近づいたり遠ざかったり、けれど日を追うごとに距離は縮まった。
外では袖や裾を掴む程度だ。けれど家では立てば足腰座れば胴体歩く場合は手に触れて、とにかく四六時中身体のどこかに触れていた。
極めつけは日に日に勢いが増すわがまま。
変化が起きた日からしばらくは甘え方が分からなかったのかそれほどだった。
だが甘えることを覚えた今では当初の彼女など見る影もないほどの駄々っ子だ。
まあそれも自分が許し続けたことだから仕方ない。
「けど約束もあるんで……」
「じゃあ私も行きます」
「それは流石にダメです。彼らに迷惑がかかるというのもありますが大人4人に囲まれる小さい女の子なんて絵面が不味すぎます。他人が見れば一発アウトです」
「じゃあ行かせません」
「えぇ……どうしてもダメですか?」
「だって……ずっと一緒って言ったじゃないですか……」
……これはずるい。
こんなに可愛く駄々を捏ねられては断れるはずもない。
まあ元々断ること自体苦手な性分ではあるのだが。
「はぁ……分かりました」
「ふふ、やった」
「その代わりに家に呼んでもいいですか?」
「それなら大丈夫です」
「ありがとうございます」
軽くお礼を言って手早く携帯を操作しメールを送った。
「白さん」
「はい、なんでしょう」
「……その……やっぱり迷惑ですか?」
「何がですか?」
「白さんはいつも断りませんけど自分でもかなりわがままを言ってると思うので……」
「自覚はありましたか。まあ多少困りはしますよ」
苦笑しながら答えるとばつが悪そうにする少女。
そんな彼女にそれでもと自分は続ける。
「それでもわがままというのはそうして欲しいから言っているんですよね」
「……」
無言でコクりと頷く。
「なら迷惑だなんてとんでもない。言ってくれないと分かりませんから是非どんどん言ってください。本当に無理なときはちゃんと言いますから」
「……ありがとうございます。嬉しいです」
……こんな顔されるんじゃ本当に無理なときにも断れないかも。
そんな一抹の不安を抱えながら3人の到着を待った。




