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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
一章 : 誘拐犯に恋した少女の話
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第一章13.炎の理由

 目を覚ますとやっぱり彼はいた。


 心配そうな顔で優しく声をかけてくれた。

 聞けば丸一日以上眠っていたらしい。

 それほど疲れていただろうか?

 それとも、というよりはやっぱりあの炎のせいだろうか。


 それも含めて彼に聞く必要があるだろう。

 その考えは見透かされ、彼は「先に食事にしましょう。長い話になりそうですから」と。

 今すぐ問い質したい気持ちもあったが流石に二日またぎの空腹には勝てなかった。

 あらかじめ準備してあった胃に優しい料理としての彼の御用達、お粥をいただいて一息つく。

 彼も手早く片付けを済ませて私の向かい側に座った。


「さて、まず何から話しましょうか」


 話を切り出され少し戸惑う。

 あれだけ聞きたいことがあったのにいざとなると何から聞けばいいのか、何を聞いていいのか、分からない。


「…………」


 黙りこくっていると見かねたのか彼が自分から話し始めてくれた。


「ではつぼみさんの体に何が起こっているのか、そこから話しましょうか」


「……はい」


 なんでそれが分かるのかとも思ったが、そんな質問で口を挟まないほうがいいだろう。

 どのみち彼はきっと話してくれる、聞きたいこと全て。


「まずつぼみさんの体から火が出ていた、その火はつぼみさんには影響がなく他のものや人は焼かれてしまう。間違いありませんね?」


「はい。自分の体が燃えているのに火傷とかはなくって。なのにそばにいたお父さんは燃えてしまいました」


「原因は分かりますか?」


「いえ……でもあのときお父さんに無理矢理連れてかれそうになって。なんとか逃げなきゃって思って気づいたら……」


「体が燃えていたと」


「……お兄さんは知ってるんですか? 私に何が起きていたのか」


「……そうですね。僕は同じような人を見たことがあります。そして今のつぼみさんはその人の症状とよく似ている」


「症状……じゃあ私は病気なんですか……? 」


「病気とされています。けれど知っているのはごく一部の人だけで、治療して治せるわけでもない。ただ人間にとって害となるため病気とされている」


「…………」


「心の病気です。この病気は少し特殊なんですが通常女性にしか発症しないそうです」


「女性にしか……ですか?」


「ええ、病名は心壊症、精神への大きな負担により心を砕かれた女性が特殊な力に目覚めてしまう」


「心壊症……」


 聞き慣れない単語だが心が壊れるというのは経験が思い当たる。

 つまりは私も心壊症であるかもしれないと言いたいのだろう。


「症状には四段階あります。まず第一症状として感覚もしくは感情が一つ消滅する。ある人は味覚、またある人は怒り。一説によると感じるという機能を一つ停止させ、砕けた心の代替品として使われているのだとか」


「……もしかして私の場合は」


「はい。おそらくつぼみさんが失ったのは『感熱』、熱を感じる機能が心の代わりとして選ばれたのではないかと。熱を感じないと聞いたときからその可能性は考えていましたが無理に不安を煽ると症状が悪化する危険があったので教えることが出来ませんでした」


「そう、ですか……」


「……次に第二症状ですね。進行の条件は代替された心に再び負荷により穴が空くこと。それにより穴から漏れ出て、外部に影響を与えるんです。影響の形は人それぞれ、失った感覚に準ずる。そしてこの症状こそが今回つぼみさんの体に起きた異変の原因だと考えられます」


「……少し、むずかしいです」


「すみません。元々仮説の話でしかないので明確に説明しにくくて。少し噛み砕くとまずつぼみさんはお父さんに会って、心に穴が空くほどの傷を受けた。するとその穴から特殊な力が漏れ出てしまい、炎という形で外に現れてしまった。という感じです、分かりますか?」


「なん……となく?」


「よかった。じゃあつぼみさん、第二症状の能力を使い過ぎるとどうなると思いますか」


「……その能力が心から漏れ出たものなら、いつか心も空っぽになると思います」


「そうですね。車で例えるなら第二症状はガソリンを使って走り続けている状態です。一定ラインまで燃料を消費すると出力が弱くなり、それでも無理やり走ろうとしてしまい症状が進みます。それが第三症状、暴走です」


「暴走……いい響きではないですね」


「はい、ご想像の通りだと思います。第三症状は謂わば燃料タンクに直接火をつけるようなもの。勢いよく燃えて、燃え尽きるまで走り続ける。瀕死に追いやられた獣のように、残った力が尽きるまで、第二症状より大きな力を暴れさせてしまう」


「力が尽きるまで、ですか?」


「はい。第二症状ならまだ意識次第で止められます。けれど第三症状に移行した場合、絶対に止まりません。力を使い果たして、最後の症状に移行するまで」


「最後の症状……」


「本当の意味での最後、それが第四症状。心の力がゼロになり飢餓状態となった心壊症患者の末路。それは他者の心を喰らう化物です」


「他者の心……?」


「そいつは近くにいる人間の心に入り込み、喰らい尽くし、そして成り変わる」


「成り変わる、ですか?」


「ええ、もっと的確な言葉を使うなら体の乗っ取りです。元の体の持ち主の心を消して、自身の心を宿す。飢餓状態から目が覚めたときには別人になっている。それが第四症状、別名心喰です」


「体を乗っ取る……」


 体が身震いする。

 暴走に飢餓、自分の意志とは関係なく人を襲うのだろう。

 襲われた人物の意識を消して、気づけば知らない体が自分の物に。

 自分も含めた多くの人間が破滅する病気。

 身の毛もよだつとはこのことだろう。


「怖いですか? 自分がそうなるかもしれないことが」


「そう、ですね。けど…………」


 確かに自分が暴走するかもしれないなんて怖くないわけがない。

 けれどそれ以上に私は、この病気がではなく、それを持つ私自身が怖い。

 結局のところ今の説明通りならこの病気は自分の心に左右されるということだ。


「心というのは、自分の意志と同じようなものでしょうか」


「難しい質問ですね……学術的に言えば知識、感情、意志など精神的な働きの元となるもの。言葉を変えるなら人格や自我といったところでしょうか」


 やっぱり、心は意志と同列にあるものらしい。

 自分の意志で症状が悪化する。

 つまり私は自分の意思で炎を呼び起こしたことになる。


「私は……自分の意志で父を殺したことになるんでしょうか」


「……受け止め方はいろいろあります。自分は事故と言ってもいいと思いますが……つぼみさんがそう感じたのならそうなのかもしれません」


「やっぱり……私は人殺しなんですね……」


 わざと殺そうと思ったわけではない。

 けれど火は自分の意志で起こしたもので、それで殺してしまった。

 殺しは人の禁忌、破れば重罪。

 にも関わらず男は簡単に翻した。


「大丈夫ですよ。気にやむ必要はありません」


「……どうしてですか?」


「だってあなたは最初から人を殺す覚悟ができていたんだから」

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