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精神弱者のメサイア~誘拐犯に恋した少女の話~  作者: 独身ラルゴ
一章 : 誘拐犯に恋した少女の話
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第一章11.救いはどこに

 もしも帰り際の彼とあったらどうしよう。

 信用はもうできないかもしれない、けれど聞いてみたい。

 今度はどんな言い訳をするのか。

 言い淀むのか、はっきりと嘘を貫き通すのか。


 そんな濁った思考ばかりしながら無意識に歩き続ける。

 歩いて歩いて、気づけば見慣れた道であり、見慣れた建物。

 自分の家まで歩いてきてしまっていた。


「……どうしよ」


 こんなところに戻ってきても私の居場所なんてない。

 私はどうすればいい。

 自分の家に帰れば地獄が待っている。

 あの家に帰れば疑心暗鬼の平和が待っている。


 分からないまま立ち尽くした。

 それが私の失敗。

 ここで立ち止まれば、地獄はあちらから歩み寄ってくる。


「つぼみ……お前何やってんだ」


 声をかけられ手を掴まれる。

 心臓が握りつぶされたかのような寒気に見舞われる。

 その人は私にとって最も怖い声の持ち主。

 それは最も私に真っ直ぐな悪意をぶつけてくる人。


「お、父……さん…………?」


「……さっさと帰るぞ」


 手を引かれるままに歩いてしまう。

 駄目だ、逃げないと。 

 今すぐ逃げないとあの地獄に引き戻される。


 逃げないといけない……けれどどこへ?

 自分の逃げ場をすぐに思い出せない。

 ほんの数日だが自分の居場所だと思えた場所でさえも。

 分からないまま父の声が聞こえてくる。


「たく……無駄な心配させるな。警察に連絡するところだったぞ」


 心配なのは自分のことだろう。

 私が警察の世話になれば自分も危うい、それが心配だったのだろう。

 だから丸2日経った今でも警察を呼んでいない。

 私の心配をしてないことはもう分かっているから抵抗しないといけないのに……。


「面倒かけさせやがって……しばらく家から出さないからな」


 その言葉を聞いて、意識が戻った気がした。


 家から出さない、というのは完全な監禁体制をとるのだろう。

 あの男のように「できれば家から出ないで」などと甘い体制は取らず家から出る気力も出ないほどに痛めつけられるのだろう。

 今まで以上の地獄を用意されるのだろう。


 そんなことになれば私は……死んでしまうのではないだろうか。


「嫌……です」


 引かれる手を引き返す、振りほどくつもりだったがそれが精一杯だった。

 こんなになっても死ぬことだけは嫌だと言える。

 逃げる場所がないとかではなくこの場から離れないと。

 この男から離れないと。


「は? 何言ってんだお前」


「嫌……嫌です! 放……して……!」


 手を引き抜こうと体全身で力を入れる。それと同時に男の握る力はより強くなり骨が軋む。

 けれど、骨が折れることになっても離れなければと全力を出す。


「こんの……いい加減に、しろ!」


 男は掴む手を強く引き、残った片手で私の頬に平手打ちをした。


「帰るぞ」


 片手のみで簡単に引きずられてしまう。

 私の力じゃ逃げられない。

 ピンチの時に都合よくなんて、甘いかもしれない。

 自分から逃げておいて都合が良すぎるだろうと。

 それでも……。



「嫌! 助けて! 誰か……お兄さん!」


「あ? お兄さんって誰だよ、いいから来い!」


 もうすがるしかない。

 すがるしかないけど、助けは来ない。

 颯爽とヒーローのように助けてほしかった。

 もう家はすぐそばだ。あの塀を越えれば私はもう逃れられない。


「助けてください……お願いだから……!」


 どれだけ請うても周りには誰もいない。

 塀まであと数歩。深い絶望に堕とされる。

 せっかく落ち着いてきたのに。心がまた寒くなる。


「嫌……いやぁ…………」


 氷のつぶてが心を痛めつける。

 鋭い氷柱が突き刺さる。

 やがて傷から穴が空いて…………溢れ出す。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 目の前が真っ白になった。

 何も見えない。

 まるで吹雪に包まれたかのように。


「あ? なんかお前熱く……うおぁ!」


 自分の手をキツく縛るものが離れるのを感じた。

 真っ白な視界も段々と晴れて前が見え始める。

 すると父が尻餅をついて私に指を指す姿がぼんやりと見える。


「え……放してくれて……」


「お、お前……なんなんだよそれ!」


「何って……?」


 父が怯える姿に理由は皆目見当もつかない。

 やがて父は問いに答えた。


「お前! なんでいきなり燃えてんだよ!」


 その言葉を聞くと同時に視界が完全に晴れる。

 言われるままに体を見ると煌々と揺らめく光が見える。

 その光は私を包んでいる。

 その光を見て父は燃えていると言った。


 これが火だというのか?

 けれど私は熱くない、火なら熱いはず……ああ、そっか。

 私は、熱を感じないんだった。


「あ……ぁぁ……」


 火に包まれているということは、私は死ぬのか?

 燃え尽きて、灰になるのか?

 再び死の恐怖が訪れる。今度こそ明確な死に際。

 死は目の前どころか私を包み込んでいる。

 死ぬことが確定した今、どうすることもできない。


「嫌だ……死にたくない……」


「ひっ……! こっ、こっち来るんじゃ……あ゛っづ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 私は気づけば前進して父に倒れ込んでいた。


「お前離れっ……あ゛あ゛あ゛ぁ腕があ!」


 はね除けようと腕を伸ばした父の腕が焼け爛れる。

 表皮が沸騰し、水分が抜け落ちてぼろ炭となって砕ける。

 それほどの高温なんだ。

 私に近づくほど温度が高くなるんだ。

 苦しむ父を見てそれは分かった。

 ならなんで、火の中心にいる私はなんでまだ体を保っているんだろう。

 腕を伸ばして父の顔に触れる。


「お前何して……づっ! ぎゃあ゛ぁっ……ぁぁ…………」


 顔も焼けて炭となり声が消えていく。

 父は死んだのだろう。燃え盛る炎に焼かれて。

 しかし私はまだ生きている。同じ炎に包まれているのに。


「なんなの……これ……」


 訳もわからぬまま燃え続ける。

 地面に触れればアスファルトが溶ける。塀に近づけばドロドロに崩れる。

 凄まじい熱のはずなのに私はそれを感じない。


 そもそもこの火は何処から来た?

 私を中心に燃えていて、私以外のものを焼き尽くす。

 私がこの炎を発生させている原因だとでもいうのか?


 だが私にはどうすることもできない。

 どうやって出したかも分からないのに収める方法なんて見当つくはずもない。


「もう……やだよ…………」

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