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結局、貴女ばかり映ずる鏡  作者: 敗綱 喑嘩
第二章 レインコートを装うのなら、気高く澄ませよ道化人形
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 通路を経て通された先の薄暗い部屋は、私の期待、一体こういう組織のボスの居室とはどのような物なのだろうと言うそれを満たす物ではなく、つまり確かに調度の一々まで綺羅が尽くされ見事ではあったがこれまでの部屋と特段一線を画さず、即ち要は、応接室に相当する所へ通されたに過ぎないようであった。

沙羅(さら)っち。例の先生を連れてきたぞ、っと。」

 どうせ扉が開いた時点で聞き留めていただろうに、恰もその駒引の声を聞いて初めて気が付いたかのように、開いていた、電話帳のように分厚くしかし明らかに由緒の確からしい古書を高く音立てつつ閉じ、その人影は、部屋中央の円卓に備わった椅子から悠然と立ち上がった。

 ここに入って来たことで、私は外の豪雨を久々に思いだした。つまりこの部屋には窓が穿ってあったということだが、そこから差し入る暗い光に照らされた〝雨女〟、虎川(とらかわ)沙羅(さら)の顔が私に髣髴とさせたのは、幼い頃に絵本で目にした吸血鬼の王の姿だった。すらりと高い背丈の一番上から艶の有る黒髪が豊かに腰元まで伸びて、その纏っている黒紫の魔女らしい衣装との区別が難しくなっている。雨女のイメージであるヴェールは外されており、そうして晒されている顔は切れ長な目を伴いつつ、やはり透るように白い。単に、虎川共々陽に当たることが少ないからなのだろうが、しかしその生気を感じさせない白さが、まるで人外の様だと言う私の第一印象を助けたのは想像に難くなかった。白と黒だけの世界に迷い込んだか、という一瞬の戸惑いも伴って。

「御苦労、ウーラ。そして良く来てくれた、加々宮らよ。」

 定命の者よ、とでも呼ばれるかと一瞬期待したがそんなことは流石に無かったわけで、とにかく私達はその、中程度の大きさの円卓を囲むことになった。当然に私と銀大(ぎんた)が隣り、そして私達と向こうの二人とがそれぞれの内で何と無く近付いているので、円卓といえども向かい合うような状況となっている。

「さて、」雨女は、王者然とした態度で、つまりにこりともせず傲岸な声で、「この者達は、まだ細かい話を聞いていないのだろうかな、ウーラ。」

「勿の論で。」ウーラこと駒引(うららこ)は、おどけて両手をひらひらさせながら、「そんな深い所まで話してから、やっぱり関わるのやめて警察なり他の()()に垂れ込みます、みたいにされちゃ面倒で仕方なし。」

 私が、

「面倒、というのは、……()()が、とかですか? 私達の、」

 駒引は、その身を一拍顫わせて笑った。むっつりしていた雨女も、初めて、面白そうに頬を少し綻ばせて、

「存外度胸が有るじゃないか、加々宮よ。」

 銀大の方は、何か信じられないようなものを見るのと同じ目で私の方を見ていたが、私としても、こんな不敵な言葉が自分の口から出てきたことに驚かされていた。ついさっきホールで戦いていた私が何処に行ったのか、私自身にも分からないが、さっきから駒引と言う訳の分からない女に狂わされた調子が、きっと良い方向に向かってくれたのだろう。

 そんな駒引が、ちょっとだけ――本当にほんの少しだけ――表情を引き締めてから、

「まぁとにかく、お話しようかな。ええっと、銀大(ぎんた)君だっけ?」

「ええ、」

「銀っち、とか()()()()だと語呂悪いから、銀大(ぎんた)っちしかないかしら。」

「……なんでも良いですけど、」

「じゃあ銀大っち、大雑把に貴方へ話したことは、(すず)っちにも通してるんだっけ?」

「はい。ただ、メモも残すなと言われたので、完全に全部伝えたと保証は出来ませんが。」

「あー、そっかそりゃそうだ。じゃ、今一度おさらいしましょうか、涼っち。貴女はこれから一週間、この邸に逗留してもらう。もしかしたら前後するかもしれないけど、縮んだら縮んだ日数の半額分値引いてもらって、伸びたら逆にその日数の1・5倍の額を追加してお支払いしましょう、と。」

 いや、そんな()()()の話は完全に初耳だぞ、と思ったが、面倒だったので「はい、」とだけ返すと、

「ああ、みみっちいかと思うかもしれないけど、やっぱりこういう所まで詰めておかないとお金は色々面倒になるからさぁ。幾ら、ウチにとっては大した金額でないにしてもね。

 で、なんだっけ。……あぁ、そうそう。まだ何も話してなかったじゃない。とはいえまぁ、面倒だからこれくらいでいいかな。」

 おさらいしようと言いだしたのはこの女だったよな、とか、そういう理性的な疑問は最早抱いてはいけないのかもしれない。

「じゃ、本題に入りましょっと。つまり、涼っち、貴女に何をしてもらわないといけないのか。」

 私は、流石に固唾を飲んで身構えて、

「何、ですか?」

「まず、沙羅っちの魔術をコピーしてもらうじゃない?」

「はい、」

「そしたらまぁ、後は特に大したことは。」

 ……はい?

 思わず固まってしまった私に代わって、銀大が、

「そんな訳ないでしょう、ウチの涼――彼はこの私の名を、非常に言いづらそうに呼び捨てにした――だって安い人材じゃない筈です、大したものではないとは言いながらも、貴女方が提示してくれた相当な金額に現れているように。一体何をさせるのかちゃんと言ってもらえないと、一人でここへ置いてはいけません。」

「ああ、御免銀大っち、そして涼っちも。ええっと要はさ、魔術をコピーした、つまり廉価版の〝雨女〟になった涼っちにここで過ごしてもらえるだけで、ウチとしては大助かりなんだよ。

 つまりね、我らのマザーは、つまり沙羅っちは、遊説に出ることになっているの、出来れば早速今夜から。」

 私は、漸く納得して、

「成る程。つまり――その、貴女がアクセントを置いた『遊説』という言葉が何を実際には意味するのかは一々問いませんが――本物の〝雨女〟がここを離れている間、代わりにこの場所に雨を降らせろ、と。」

「ほら見なって涼っち、やはり貴女は手相通り賢いんだ!」

 なんだこいつ

「で、大抵の()()は二日くらいで終えるのだけど、今回はどうしても長旅でね。普段のそれくらいの期間なら、旅立った後も沙羅っちの力がここに残って雨が降り続けてくれる、万一止みかけても、そこから急いで準備してここに兵力向けて来られる様な――ええっと、そうね、()()()とでも呼ぼうかな? とにかく――そういう愉快な連中も出て来ない訳なのだけど、」

「成る程。つまり貴方方にとってこの雨は、ここに雨女が控えているぞと言う示威の手段でもあり、また、掘の様な、防禦装置としても役に立っていると言う訳ですか。」

 私はそう言いながら、銀大が苦しみながら運転し、漸くここへ辿り着いたことを思いだしていた。この天候の中編隊を組んで、しかも秘かにここまで殺到してくるのは、実際相当難しいだろう。

「その通り。そして、だから、貴女に居て欲しい。沙羅っちの力を複写した涼っちがここで過ごしているだけで、そうやってぼんやり雨を降らせているだけで、とても私達は助かる。」

 私は二三回頷きながら思考を整理し、それから、

「しかし私の複写、一週間は到底持ちませんが、」

「普段は、でしょ?」

 その、駒引の言葉の意味が摑めずに、

「ええっと、……『はい』、ですかね多分。」

「ならば、大丈夫。うちのマザーの力は偉大だから、今までの複写魔術師も、いつもより何倍も持ってくれたんだって。きっと最低でも五日くらいは持つでしょうし、そしたら残りの日数は、残滓で勝手に雨も続いてくれる気がしてるの。多分。」

 多分ってなんだ。

 というか、そうしたら今迄の複写魔術師はどうなったのだ、とも思ったが、だからと言って今更尻尾は巻けない。それこそ、駒引が『面倒』と憂いてみせたことを、しかし実際こともなげに私達へされてしまうかもしれないのである。こんな場所に来た以上、そしてここ迄の話――今日から一週間龍虎会の本拠地は手薄になるぞと言う至上機密――を聞いてしまった以上、最早、卒なく依頼をこなして「こいつは生かしておいた方が今後も得だ。」と思われるしかないのだ。その覚悟は、してきた筈だった。

「で、付け加えるとさ涼っち、確かにここでのんびり過ごしてもらうだけじゃ駄目で、ちょっとした()()()もしてもらわないといけないかな。」

 ……はぁ?

 私よりも素早くこれを聞き咎める銀大は、訝しげに、

「お芝居? ……ウチの涼を、なんだと思ってます?」

「ああ、大丈夫。涼っちは座っているだけで良い。つまり、例えば、客人の前で涼っちが座っているじゃない? そうしたら、適宜、貴女は私に耳打ちする振りをするの。そうしたらその後で私が、『マザーが言うには……』と厳めしく適当に私の言葉で喋るだけだからさ。」

 一瞬、信じられないことを聞いた気がしたので、自分の中で噛み砕いて整理してみたが、……どう片づけてもやはり信じられなかったので、私は漸く、

「は?」

 と小さく叫ぶことが出来た。駒引は頰杖を突きながら、空いた方の手で、癖なのかまたもそれを表返してから、私を指し示しつつ、

「貴女には、マザーの代わり身をしてもらう。お客さんが沢山来るんだから、卒ないようにね。」

 そう言ってから、愉しそうに笑むのであった。

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