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第一章 07.もっと強く

 ダンはひとしきりリスと戯れ、名残惜しいといったそぶりを見せながらも、森に消えていくリスを見送った。リスの姿が見えなくなるまで、小さく手を振り続いていた。

 その後は、また槍を振り続ける。

 アデルはいつも、後ろからそれをずっと眺めている。彼が私を振り返ることは一度もない。

 やがて、日も沈み、昼にはない静けさが訪れる。槍が空を切る音が心地よく耳に届く時間。

 名残惜しいが、あまり遅いと騒動になるため、そろそろ村に戻らなければならない。

「ダン。そろそろ帰ろう」

 アデルが帰宅を促すが、ダンは槍を振り続ける。これはきっと聞こえていない。いつものことだ。

 アデルは立ち上がり、ダンの正面に回り込む。

「ダン。そろそろ帰ろう」

「 ああ。そうだね」

 ダンは驚いた様子で、一呼吸程動きを止めるが、すぐに何事もなかったかのように帰り支度を始める。彼はあまり感情が表に出ない。彼の体の動きや視線をよく見るとわかるのだが、表情にはほとんど出ず、察することができるようになったのはつい最近のこと。

 彼はすぐに身支度を整えて、村に向かって歩き始めた。

 アデルは、その半歩後ろを歩く。村までの帰り道、いつも会話は少ないけれど、それを苦に感じることは無い。気まずいから無言ではないということをお互いに分かっているし、かといって無駄に会話をするのも違う気がして、話すことがないときは自然と二人無口で、夜を楽しんでいる。

 その間、様々なこと考える。自分のこと、彼のこと、村のこと、明日の朝ごはん、天気のこと。

 彼に聞いてみたいこと。

「ねえ、ダン。どうしてそんなに真剣に訓練を行うの?」

 なぜかずっと聞かずにいたこと。

 アデルから言い出した武器を使用したリハビリだが、彼はとても真剣に取り組んでいる。それはとても喜ばしいことだ。バケツをひっ繰り返したような大雨の日も、家屋の屋根が吹き飛びそうな風の日も、燃えるような日差しの日も、いつも欠かさず武器をとる。振り返ることもせず、一心不乱に武器を振り続ける。

 実を言うと、アデルは彼が訓練をしている間だけは、ほんの少し近寄り難さのようなものを感じている。特に、帰りの時間を知らせる際に彼の正面に立った時は、ほんの一瞬見える表情に鬼気迫るものを感じる。何かに迫られている様な焦燥、あるいはとてつもない悲壮の表情。

 その理由を、なぜかずっと聞けずにいた。昨日も聞きたくて、その前も聞きたくて聞けなかったとことを、なぜか今日、尋ねることができた。それはなぜだろう。



「強くならなくちゃいけないから」



 ダンは前を向いたまま、歩き続ける。

「何のために強くならなくちゃいけないの?」

「なんでだろ」

「戦うため?」

「どうかな」

 分からないことだらけだ。

「理由が分からないのに、あんなに必死になれるの?」

「強いて言うなら、強くならなくちゃって思いだけがずっと心の中にあって、いまもずっと消えないから、かな」

「英雄になるほど強かったはずなのに?」

 彼はきっと強かった。誰もが無しえないことを成し遂げたから英雄なのだ。誰もがなし得ないことを遂げるにはきっと、他人は持ち合わせていないようなものがたくさん必要で、成し遂げた彼にあった他人にないものの一つは単純な強さだと、アデルは見て、感じている。

「きっと足りなかったんだと思う」

 英雄になるほどの強さでも、足りない強さ。


「もっと強くならなくちゃ、もっと強く、もっと早くって。記憶が無くて、何も分からないけど、この感情だけが残ってて、ずっと消えない」


「なぜそんなに強くなりたかったのか、分からない」


「けど俺は、この感情はきっと、とても大切なものだったんだろうなと思うから、大切にしたい」


 一つ一つ、自分に言い聞かせるように言葉を吐く。今にも走り出しそうな勢いで。


 アデルは「そう」としか返せなかった。

 なぜ問うてしまったのだろうか。こんなこと、聞かなくてもよかったのに。知っても何もしてあげられないのに。知ったところで、彼の未来を奪ってしまうのに。

 これ以上は聞く気になれず、言葉を切った。


 ――今だけはどうか、振り返らないで


 こんな表情、見せられない。こんな、無責任な顔。このまま、この熱い両の目が燃えて、私ごと消えてしまえばいいのに。

 こんな時に限って、ダンは話しかけてくる。

「今日は星が綺麗だね」

 ダンが独り言のようにつぶやく。彼の話は、いつも少し突拍子もない。覚えていることを確認するように、その時々出て来た知識を口に出しているのだろう。

 言われて夜空に目を向ける。

 本当に綺麗だ。今日の空はいつにもまして暗い様に見える。沈み込むように深い黒に、星の白が際立つ。空気が澄んでいるからだろうか。もう数日で、冬が来る。

「ある国では、『月が綺麗ですね』っいうと『愛してる』って意味になるらしいよ。月が綺麗ですね、でも、そんな月より君の方が綺麗だよ。って感じなのかな」

 今日綺麗なのは月だけじゃないけどね、と。

「どこで知ったの?」

「さあ、忘れた」

 おどけたようにダンは言う。

 彼は今、どんな表情をしてこの話をしているのだろうか。

「アデルは今晩、予定はある?」

「特にないけど」

「なら、今日一緒に過ごさない?」

「今の会話の流れだと、愛を説いてくれるのかしら」

「愛ではないけど、アデルに話したいことがある」


「二人で、星の話をしよう」



お読み頂き有難うございます。前話から随分とたってしまいましたが、またこれから暫くは、定期的に更新できると思います。具体的には、月二回くらいでしょうか。

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