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第一章 04.青年と白い花

 ホーズと青年の対談は続く。

「私が国の英雄、ですか…」

 青年は誰かに問うというよりも、自分自身に問うように呟いた。言葉の意味は理解できても、自分のこととして自覚できていない様子がうかがえる。誰だって、「貴方はこの国を救った英雄です」なんて言われたら驚くだろう。記憶のない青年にとっては全く身に覚えのない栄誉、それも『一国を救った』というこのうえなく大きな栄光など、とても信じられるものではない。

 自分はこの国の英雄か。青年が青年自身に問いかけたところで、彼の中にその答えは無い。

「とても信じられません」

 それが青年が青年自身に問いかけた問への答えだった。

「まあ、信じられないのも無理もありません。ご自身のことをお忘れなのですから。それでも、ここにいる私も、孫のアデルも、この村の住人も、間違いなく貴方様に救われたこの国の国民の一人です。それだけはどうか、信じていただきたい」

 青年は肯定も否定もしない。代わりに、硬い笑顔をホーズに向けた。

 ホーズは続ける。

「これは提案なのですが、もしよければ、もうしばらくこの村で休んで行かれませんか。貴方様が全快するまで、あるいは、もし望むのであれば一生、この村で過ごしませんか。その中で、ゆっくり時間をかけて記憶を取り戻してみてはいかがでしょうか。もしずっと思い出せなかったとしても、私たちとの記憶――思い出をこの村で作っていきませんか」

 青年は顔を挙げ、ホーズの顔を見る。ホーズの目はじっと青年の目を見つめ続けている。

 青年は一瞬逡巡した後「お言葉に甘えて、しばらくこの村でお世話になります。よろしくお願いします」と言った。

 ホーズは口元を緩め、目じりの皺をさらに深めた。

「では、今後の方針も決まったところで、そろそろお暇させていただきます。どうかごゆっくりとお体をお安めください。アデル、行くぞ。それでは英雄殿、よい夢を」

 呼ばれたアデルは青年に浅く頭を下げ、足早にホーズの後を追う。

 それを、青年が呼び止めた。

「あ、すみません」

 アデルは少し驚き、首だけで振り返る。

「どうされましたか」

 ホーズも歩みを止め、その会話を聞く。

「アデル殿、ホーズ殿、もしよければもう少し楽に話してはいただけませんか。呼び方も、もっと普通に呼んでいただけませんか。良ければ、ですが」

 アデルはホーズに視線を送る。

 ホーズは「英雄殿がお望みとあらば」と快諾した。

「しかし英雄殿、呼び方に関しては、何と及びすればよろしいですかな」

 青年はアデルに視線を向け

「アデル殿が考えてはいただけませんか。適当で構いませんので」

 と言い、アデルの顔をのぞき込む様にして首をかしげる。

 アデルは困ったような表情でホーズを見る。

「英雄殿直々の御指名だ、いい名を考えて差し上げなさい。私は先に下に戻っている」

 そういってホーズは扉の向こうへ消えていった。

 アデルは、今度は体ごと青年を振り返った。

 その場に取り残されたアデルと青年は、無言のまま。青年は先ほどの対談よりもほんの少し気が抜けているような表情でアデルの様子を伺い、アデルは寧ろ対談中よりも硬い表情をして視線を泳がせる。アデルはどうして良いか分からないまま、床から天井に、壁に、青年に、足元に、次々と視線を泳がせる。

「ご迷惑なら、自分で考えます」

「あ、いえ。あの、迷惑という分けでは決してないのですが。なかなか思い浮かばなくて…」

「アデル殿が私を見つけて村まで運んでくださり、お世話までして下さったとお聞きしました。お世話は今もですが」

 自虐する様に笑い、青年は続ける。

「その中での印象でも、何の突拍子の無いものでも構いませんので」

 困惑し続けるアデルに、青年は優しく話しかける。

 依然泳ぎ続けていたアデルの視線は、青年の向こう側に飾られた小さな瓶を見つけて動きを止めた。

「『ダン』というのはいかがでしょうか」

 アデルはおずおずと口を開いた。

「ダン。呼びやすくていいですね。ありがとうございます。因みに、どうしてというのは伺っても?」

「あ、えっと。えいゆ…ダン、殿の、右手側にあります棚の上の瓶ですが、これはダン殿が行き倒れていた際に手に握っていたものです。その中には、枯れていて少し分かり辛いですが『ドウダンツツジ』という樹木の花が入っています。その名の一部をとって『ダン』と」

「なるほど、植物の名前ですか」

「白くて小さな、呼び鈴のような形の花をつける樹木です。春に咲く小さな白い花はとても可愛らしいですよ」

「それは、春が来るのが楽しみですね」

 青年・ダンは納得したように、今までに見せたことのない緩んだ笑顔を見せた。なんだか幼くも見える。童顔という分けでもないのに、なぜだろうか。


 ――含みの無い、純粋な笑顔だからだろうか


 伺う分けでもない、気遣いでもない、愛想笑いでもない。心に従った結果の笑顔。アデルからみてその笑顔はそんな風に見えた。

「呼び止めてしまいすみませんでした」

「いいえ。それでは、私もお暇させていただきます。良い夢を、ダン殿」

 アデルはダンに深くお辞儀をし、部屋を後にした。

お立ち寄り頂きありがとうございました。ようやく、ほんの少し話が進み始めたと感じています。書いていて楽しいです。拙い文章でお恥ずかしいですが、お付き合いいただければ幸いです。


話は変わりますが、ついに趣味がはかどること間違いなしといった素晴らしい作業台を購入しました。るんるんでこの話を書きました。

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