表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
#いじめ  作者: 久我山伊織
#01
1/1

泣いてもいいですか?

 朝になるといつも思う···


(どうして、学校なんかあるの?)



 お父さんと離婚してから、お母さんとお祖母ちゃんが住んでいるおうちに引越してきた。


「志津ちゃん。起きたかえ?」


「うん···。起きてるから!」


 朝陽が差し込む純和風の佇まい。障子に移る祖母の影に、私は元気よくそう答えた。



「いただきますっ!」


 毎朝、食卓に上る献立も大体いつも同じ。お母さんとお父さんと暮らしてた頃は、いつもパンだった。


「お祖母ちゃん。お母さんは?」


 聞いてもいつも同じ。


「まだ、寝てるがね。ほんにあの子は···」


 お祖母ちゃんは、しわくちゃな顔を更にしわくちゃにして、溜息をついた。


「どうだね? 学校は」


「うん。勉強は、少し前のとこより遅れてはいるけどね···」


 朝ごはんをお腹に無理矢理入れながら、学校での話をする。


「そうけ、そうけ。隣の源さんもな、心配しちょったけ···」


「心配性だなぁ。お祖母ちゃんも源さんも! 大丈夫だよ! ちゃんと友達だって出来たから!」


(嘘。本当は友達なんていない。あんな子達なんて、友達なんかじゃない!)


「あっ! もぉ時間だ! じゃ、お祖母ちゃん、行ってきます」


 食べ終えた食器を手早く流しの水桶に浸け、ランドセルを背負って、小学校へと向かった。



(はぁっ···やだな。行きたくない)


 そうは思っても、私の足は真っ直ぐ学校へと歩いていた。


(東京から来たってだけで、いじめられるの?)


「─ちゃーん!」


 っ!! 後ろから私の名前を呼ぶ声がしたが、止まらず真っ直ぐ歩く。


(嫌だ! 来ないでよっ!)


 ザッザッザッ···


 歩く足取りも速く、小走りになるも···


「つーかまえたっ! っと!」


 ズザッと靴底が鳴り、私を数人の女の子が取り囲む。


「いこっ!」


「······。」


 逃げないように前後左右をガッチリ挟み込まれて歩く。



「おはようございます」


「うん。おはよう!」


「ほら、声が出てないぞ!」


 校門で毎朝先生が、数人の6年生と朝の挨拶運動をしていた。


「おっはよぉございますっ! せぇんぱいっ!」と明るく甘えた口調で挨拶してるのが、秋川絵美ちゃん。


「おはようございます!」少し笑って、返したのが6年生の田中雅美さん。他の女の子も、口々に挨拶して中にくぐっていった。


「─ます···」


 わたしも···


「元気ない声だなぁ。ちゃんと朝飯食ったのか?」


 担任の添山先生が、少し大きな声で言うのを聞きながら、私は教室を通り越し、資料室へと連れ込まれた。



「─で、持ってきてくれた? 私がお願いしたものは?」


「······。」


(渡したくない。せっかくお祖母ちゃんに無理言って貰った···)


「貸して···」


 ランドセルを奪われ、中身を全部出された上に、教科書やノートにまた···


「そっかぁ。そこに入ってるのかな?」


 絵美ちゃんが、顎で合図すると私は両サイド固められて···


 パサッ···


「みーつけたっ!」


 佐奈ちゃんが、服のポケットから1000円札を取り出し、天に上げる。


「ったく、こんなとこに隠してんじゃねーよ」


「ほーんと、ほんと。持ってんなら、さっさと渡せばいいのに」 


「じゃ、放課後は100円モック、イケるんじゃね?」


 そんな会話が、私の目の前で飛び交う。


「あっ、授業始まっちゃう!」


 慌てて資料室を出る3人。1人は見張り役で外にいた。


「死ねよ、ぶーす」


「······。」


 泣きたいのを堪えて、散らばった教科書やノートをまたランドセルにしまって、教室へと急ぐ。



(入りたくない)


 そう思っても、


「おい、どうした。早く入らんか!」


 添山先生が、怒って言う。


「はい」


 机と机の間を通って、自分の席に座るも···


(痛いっ! まただ!)


 椅子に掛けた防災頭巾に画鋲がセロテープで貼られている。


 痛いから、少し間を開けて座っても、


「先生! 浜田の姿勢が悪いでーす!」と無理矢理、後ろから背もたれに引き寄せられる。


(なんで? なんで、そんなことするの?)


 よくいじめは、いじめられる側に問題があるって、この間テレビで偉い人が言ってた。けど、私なにもしてない!


 ただ東京から来たってだけ···


 ただそれだけの理由で?


「浜田、ちゃんと姿勢よく前を見ろ。具合でも悪いのか? だったら···」


「い、いえ。大丈夫、です」


 保健委員は、青木さんと絵美ちゃんだから。


 背中が痛くて、算数の授業が終わって、トイレに駆け込み上着を脱ぐと肌着に無数に紅い染みが出来ていた。



「あ、次は体育か···」


 重い足取りで教室へ戻れば、既に誰も居なく慌てて体操服に着替えようとすれば···


「ない···。いつものことだけど···」


 いつもだったら、教室のゴミ箱に入ってたりするのに、今日はそこにも無かった。


「浜田。まーた、お前忘れたのかー?服のままやれよ···」


 体育担当の村田先生が、溜息をついて言った。


「はい」


 ここの小学校は、替えの体操服の用意はなく、忘れたら取りに戻るか服のままやるのが決まりだった。


「浜田、私服だー」


「浜田さん、体操服忘れちゃったのー?」


 知ってて知らない振りをしてるクラスメイト。


「じゃ、男子と女子に分かれてやるぞー」


 今日の体育は、“マイムマイム”というダンス。女の子が、中で男の子が外回り···


 二重の円になって、曲が流れ始めると、途端に賑やかになるも先生は注意をしない···


「お前か···」


「······。」


「触るなよ。汚い手で···」


 私の番になると、どの男の子も嫌な顔をする。先生にバレないように振りだけして、流れにのる。


 次もその次も···


(東京にいた頃は、楽しかったな···)


「おっせーぞ。デブ···」


「······。」


 あと少し。あと少しで体育が終わる。それだけを考え、体育が終わって先生が解散の合図をした瞬間、トイレーッと叫んで走った。



 北校舎のトイレから出て、教室へ戻ればみんなニヤニヤして私の机を見ていた。


「あるじゃん。体操服···」


「······。」


 昨日洗って貰った体操服が、またまっ茶色に変わっていた。


「駄目よー。忘れたなんて嘘ついちゃ···ふふっ」


 絵美ちゃんが、わざと大きな声で言うと、


「うーそつき! うーそつき!」と手を叩きながら、歌を歌うように言ってくる。


(もうやだ! やだよ! こんな生活!)


 慌てて教室を出ようとすれば、出口を塞がれ体操服の汚れを落とす事も出来ず、スゴスゴ席に戻る。



 3時間目、4時間目は、家庭科で調理実習。


 私は、家庭科倶楽部に入ったからいつも花田先生と一緒に動くから、誰もこの時間はいじめてはこない。


 と思ったのに···


「先生ー、これうまく出来ないーっ!」


 他の班の男の子が、先生を呼び、先生が向かう。


「浜田さん、これどうやるの?」


「······。」


 これみよがしに、絵美ちゃんが野菜の切り方を教えてと言ってきた。


 先週、やったのに···


「あ、そうやるんだ! すごーい」


 まだ包丁すら手に持ってないのに、進む会話···と私の背中にチクチク刺さるまち針。


「花田、これやって!」


 今日は、野菜炒めを作るからガスコンロでは、切った野菜をフライパンで炒める男の子が私を呼んだ。


「おい、浜田!」


 先生の方もなんかバタバタしてるから、行くしかなく···


「なぁ、火加減ってこれでいいの?」と私の手を掴んで熱されたフライパンに当てようとし、思わずはねのけたら···


 ガランガラーンッと大きな音がし、私の足に···


「どわっ!」


「ひっ! きゃぁっ!」


「せ、先生! 浜田さんが!」


 調理実習室内は、大騒ぎ!


 ちょうど、運良く通りかかった6年の先生に私は保健室へ連れてって貰えた。


「はい! これで大丈夫よ。でも、良かったわね。火傷とかしてなくて」


(火傷してたら、もっと大騒ぎになってたのかな? そしたら···)


「大丈夫か? 足、痛くないか?」


 6年を教えてる木田先生だったかな? 凄く心配してくれて、調理実習室まで連れてきてくれた。


「ちっ···。生きてたのか」


「あーあ、お前の分貰えると思ったのに」


「ざーんねん。火傷しなかったんだ。させてあげようか?」


 テーブルを挟んで、みんなが小さな声でそう言った。


「さぁ、皆さん! 手を合わせて···せーのっ!」


「「「「いただきまーす!」」」」



 学校での事が、電話でお母さんに知らされて···


「こっの、ばかっ!」


 パチィーーーンッと乾いた音が、私の部屋に広がった。


 ???


(どうして? どうして、私が叩かれるの?)


「あれほど、火には気を付けなって言っただろ!」


 真っ赤な顔をして、私を睨むお母さん。


 鬼だ···


「···んだ、その目は! あー、やだやだ! 志津香なんて置いてくれば良かった。ちょっと、母さーん。出かけてくるからー!」


 私ではなく、お母さんは台所にいるお祖母ちゃんに投げるように言うと、鞄を持って出ていった。


「···で? わたし···」


 立ち上がる力も出ず、畳の上に座り込んだ。



「志津ちゃん。いいかえ?」


 障子の外から、お祖母ちゃんの声。


「な、なにぃ?! お祖母ちゃん!」


 泣かない···


 泣いたらお祖母ちゃんが哀しむから···



「大丈夫だったかえ? でも、良かったな。足。火傷しちょったら、今頃グルグルだべ?」


 グルグルとは、包帯のことらしく、その言い方に笑えてくる。


「ほうじゃ。志津ちゃんは、笑ってるとめんこいでの。ほうじゃ、源さんの息子知ってるじゃろ?」


「うん」


 不思議なことに、お祖母ちゃんと話してると心が落ち着くいてくる。


 源さんの息子さん。与一さんだったかな?高校の時に家を飛び出して、こっちには滅多に帰ってこないらしく···


『俺に息子? いたっけ?』とよく惚けてくれる。


 ずっと前に、結婚して男の子が産まれたのは聞いたけど···


「その与一がな、孫の想平を連れてこっちに帰って来るんじゃと···」


 お祖母ちゃんは、目を細めて嬉しそうに言ってきた。


 けど、わたしは···


 素直に喜べない···


「平成20年生まれだから···」


「······。」


 わたしと同じ年?


「確か、志津ちゃんも産まれは···」


「5月?」


「ほうじゃ、良かったなぁ。友達がまた増えるでぇ」


 そうだろうか?


 もし、その想平って男の子が、他の子と一緒になったら···


 そう思うと夜もなかなか寝付けなかった。


 お母さんが帰ってきたのは、明け方近くだったらしく···



「また寝てるんだ···」


「ほうじゃ。あん子は、駄目じゃ。志津ちゃんは、似んくて良かった」


 お祖母ちゃんは、そう言って笑った。


「そうだ! お祖母ちゃん! なんか手伝って欲しいことない? うちなんでもするよ!」


 家にいたくなかった。


 もし、お祖母ちゃんがいない時に、お母さんが起きてきたら···


「あれぇー。どうだろ? 志津ちゃんが手伝えそうなこと···んぅっ? ようけにあるわいなー。ガハハッ···」


 お祖母ちゃんの笑顔、大好き!


 お祖母ちゃんと一緒に家の掃除をし、表の掃除、畑の仕事は大変だったけど、すごーく楽しかった!


「なに、あんたら? 気持ち悪い」


「······。」


「聡美!」


「うるさいなぁ。頭痛いんだから、んな、大声出さんでよー」


 お母さんは、二日酔いなのか頭を叩きながら、部屋へと戻っていった。



 それから、数日たって···


「どうも···」


 与一さんが、息子の想平くんを連れてうちに挨拶にきた。


「まぁ、1クラスしかないけ。志津ちゃん、こいつのこと頼むな!」


「は···い」


「想平っ!」と源さんが大きな声をだすと、背筋を伸ばして、


「宜しく!」と言って、逃げていった。


「なんだ、ありゃぁ?」


「頼むで、志津ちゃん!」


 結婚してさんも与一さんも深々と頭を下げ、家へと帰っていった。



 そして···


「じゃぁ、お祖母ちゃん! 行ってくるねぇ!」と玄関開けたら、昨日会ったばかりの彼·想平くんがいた。


「お、おはよう?」


「うん。学校、また道わからないから···」


 そのまま突っ立ってる訳にもいかないから、


「行く?」


「うん」で、言葉を交わさないまま家を出て学校へと向かった。


 暫く無言で歩くと、いつものように後ろから···


「─ちゃぁん!」という明るくて大きな声の持ち主·絵美ちゃんや青木さん達を引き連れて私の前に···


「おはよう! 浜田さん!」


「おはよう」


「おは!」


「おはようございます」


 ???


 いつもとは違う展開に戸惑うわたし。


「あ、この方が、東京からきた井川想平さんね? 初めまして。秋川絵美です」


「······。」


「わ、かっこいい」


「やだ、イケメンじゃね?」


「······。」


「ども。じゃ···」


 想平くんは、私の手を掴むと歩き出した。


「あの···手···」


「あ···」


 掴まれた手が、ほどかれ下にさがる。


 で、また無言···


 なんとなく、絵美ちゃんらの視線が背中に···。


(もしかしたら、また···)


 そう思うと気が重い···



「職員室···」


 学年毎の下駄箱の上に、外履きを置き鞄から真新しい上靴に履き替えた想平くんは、小さくそう言った。


「こっち···」


「トイレ」


「ここ」


「持ってて」


「うん」


 一言一言が、ぶっきらぼうで小さかった。


 職員室の扉を開けようとしたら、丁度添山先生が出てきた。


「なんだ、来てたのか。家からお前がいないって電話あって···。あ、浜田。丁度いい。これ、持ってってくれ」


 算数の授業で使う道具を渡されて、私は職員室から教室へ···


(ほらね···)


 騒がしかった教室も私がくると、静かになる。


「来たのか。ぶす」


「······。」


「なんとか言えよ」


 椅子の下に掛けてある雑巾が、次々私の身体に当たっていく。


「浜田ーっ!」


 荷物を置いて、振り向いた瞬間、それは思いっきり顔に当たった。


 カシャンッカシャンッ···


「ちょっ···」


 教室の隅にあった、掃除用のバケツが、足元に転がった。


 静まり返った室内に聞こえたのは、


「おい、なにしてんだ! もう予鈴なったぞ! 早く席につけ!」


 添山先生の声だった。


 ガタガタと椅子や机が鳴り、静かになる教室。


「どうした? 浜田。気分でも悪いのか?」


 自分だけ、ポツンと立っていた。


 慌てて席に戻って、前を見た。



「もうすぐ夏休みだが、お前達に新しい友達を紹介する。」


 静かなったのが、少し騒がしくなったが···


「······。」


(あれ? さっき先生の後ろにいたよね?)


「あ? おい、井川?」


「···はい」


 彼は、静かに教室の中に入って、先生の隣に立ち···


「ふぁぁあっ!」と、あくびをした。


「井川?」


(先生の顔、引きつってる)


「東京からきた、井川想平です」


 ペコッと軽く頭を下げ、


「も、いっすか? どこっすか? 俺の席」


 ザワつく室内に固まる先生と小さく囁くクラスメイト。


「じゃ、浜田の隣」


(あ! そっか、今日青木さんいないのか!)


 何故か、今頃気づいたし、隣の席の小宮山くんは、家の用事で休みと先生が言ってた。


 絵美ちゃん達は、授業の合間に想平くんの席に来ては、あれこれ聞いていたけど、当の本人はだるそうに応えていた。



 午前の授業が終わって、私の班は給食当番だから白衣···


「お前、また忘れたのかよ。いつもいつも···」


(でも···)


「白い袋、朝持ってた」と想平くんが口を挟んだ。


「いいから。早くこれ持て!」


 他の子は、二人で1つなのに、私は···


「持つ。牛乳···重いから」と想平くんが一緒に運んでくれた。


 なんとなく、絵美ちゃん達の視線を感じながら、運んでから列に並んだ。


「げっ、ぶすが後ろか」


「······。」


 なんとなく列から離れる私の腕を掴む想平くん。


「やり方···わからない」


 トレイから順にパン、スープ、おかず、デザートの順に取っていき、想平くんも真似をしていく。


「ありが···とう」


「うん」


 当番が前に立って、


「「いただきます!」」の声でやっと食べるも···


「なんだ、あいつ。きめーな」


 想平くんは、新しい班の子と給食を食べているのを見た松本くんが、ボソッと言った。


「あ、浜田さん。これ、好きよね?」


「······。」


(チョークの粉···)


 まっ白なハイジの白いパンが、カラフルな色に染まっていった。


「これ、うちから持ってきてやった。感謝しろ」とクリームシチューの中にドロッとした白い液体がかけられ、混ぜられ、


「ほら、食えよ。うめーぞ。俺のアレが入ってるからさ!」


 先生のいないお昼の時間は、私にとっては、地獄の時間。


 無理矢理、変なのが入ったシチューを口に入れられ、ムセ続けた。


「大丈夫ー?」


 絵美ちゃん言うも、背中を擦るではなく、叩く。げんこつで···


「おい、牛乳飲めよ」


(やめて···やめて···)


 牛乳の瓶が、口に当てられ、鼻をつままれ···


 ゲホゲホと咳き込む私をクラスのみんなは無視したり、笑ったりしていた。



 地獄の時間が終わって、後片付け。


「今日は、お前が片付けろ。白衣忘れた罰だからな!」


 そう吐き捨て、班のみんなはどこかへと行った。


(昼休み···本読みたかった)


「手伝う···重い」


 想平くんが、またやってきた。


(また···絵美ちゃん睨んでる)


002「#いじめ」


(続き)


 想平くんに手伝って貰って、いつもより早く片付けが終わったら、先生に褒められた。


「ありがとう」


「うん」


「時間···図書室···どこ?」


 で、図書室まで案内して、どんな本が好きか聞いたら、答えてはくれなかった。


「読む?」と想平くんが手にしていたイルカの図鑑を二人で静かに眺め、教室に戻った。



 5時間目は、男子と女子は、別々の授業。


「技術室」


 そう言われても、私達は裁縫室だから、他の男の子にお願いしたけど、凄く嫌そうな顔をされた。


「ねぇ、浜田さんっ! 置いてくわよ?!」


 絵美ちゃんのイライラした声···


「じゃ···」


 スカートを翻し、駆け寄るも···


「近寄らないで···バカが移るわ」


「······。」


 家庭科倶楽部入っていても、裁縫は違う女の子の担当だから···


「ほんと、バカなんだから」


 ゴチンッ···


 ゴンッ···


 裁縫鋏の持ち手が頭に当たる。


「みなさん、お家で練習してきたと思うので。今から手ぬぐいでお雑巾を縫って貰います」


 裁縫を教えてくれる夏木先生は、この学校の中でも古株らしく、お祖母ちゃんみたいな人。


「雑巾なんて、面倒くさいなぁ、もぉっ!」


 絵美ちゃんが、怒りながらブツブツ言ってる。


「浜田さん?」


「······。」


(無視···無視しよう)


「なーに、無視してんのよ!」


 右手の甲にまち針が勢いよく刺さった。


「へぇ、あんたでもこんな紅い血流れてんだ。きっも···」


「あっ! ごっめーん。まちがえて切っちゃった···」


 ???


「どうしよう?! これじゃ、下着見えちゃーう!」


 ジョキジョキッと朱音ちゃんが、裁縫鋏で私のスカート···


「先生ー! 浜田さん、お腹痛いそうなんで保健室へ行ってきまーす」


「······。」


 絵美ちゃんと涼香ちゃんが、間に立ったけど、


「やだ、あれ···」


「浜田さんて···」


 周りの声は、同情というより、笑いに近い声だった。


「ほんと、クズね」


「······。」


「男とヤリたいからって、こんなスカート切っちゃって」


「ほら、とっとと着替えなさいよ!」


 絵美ちゃんが、自分の体操服のズボンを投げて寄越した。


「ちょうど、捨てようと思ってたし。いいわ。あんたにあげても。なに? もらっておいて、ありがとうもないの?」


「ありが···」


 最後まで言おうとしたら、急に教室の扉が空いて、想平くんと田中くんが···


「あ、わりぃ! 忘れ物取りに来ただけだからな!」


「「······。」」


 二人は、忘れたものを取ると、慌てて教室を出ていった。


「ほら、早く!」


 再び、絵美ちゃんにせっつかれてズボン履いて、お礼を言った。


「大丈夫でしたか? 浜田さん」


 夏木先生は、にこやかにそう言い、他の班へと周っていった。



 5時間目が、終わるとそれぞれ教室に戻り、帰りの会。


 明日の予定を書き込み、帰ろうとすると···


「帰り道···わからない」と想平くんが言って、朝飯来た道をまた無言で帰った。



「あれぇ、どうしたがねぇ。志津ちゃん、スカートはー?」


 お祖母ちゃんに本当の事を言えず、自分が間違えて手ぬぐいと一緒に切ったと言っておいた。


 夜、お母さんには叩かれたけど。



 想平くんは、それからも、


「道わからないから」と登下校ずっと無言で歩いてくれた。


 それが、逆に絵美ちゃん達の気に触ったのかどうかはわからないけど···



 ある朝、学校に行くと···


「いよっ! カップルのお出ましかぁ?」


「昨日、何発ヤッたんだよ!」


 ニヤニヤした男の子やヒソヒソ話す女の子。


 そして···


 デカデカと黒板に描かれた文字と絵。


 裸の私の上に想平くんがのってたり、記号とかチョークでいっぱい書かれてて···


「消す···」


 黒板消しを渡され、ふたり一緒に消した。


 けど···


「「······。」」


 お互いの机に描かれた文字。


「大好き! だってぇ」


「なんか、エッチしたーいって書いてあったって」


「しかも、マジック···」


 これは、流石に黒板消しって訳にもいかず···


「なんだ、これは?」


「「······。」」


 鬼のような顔で私と想平くんを見下す添山先生。


「誰が書いたんだ?」


 先生が、周りを見回すと、


「浜田じゃね?」


「だって、俺らきた時書いてあったもんなー」


「そうなのか? 浜田」


「ちが···」


(私は、そんなことしてない!)


 そう言おうとした私の前に、


「俺が···やった。好きだ···から」


「あーんっ! 想平くん、ぶす子好きなのぉー?」


「ひぇっ! 言うなぁ」


 教室の中は、大騒ぎ!


 だったのが···


「うるさいっ! 全員、来たなら席につけ! 早くしろ!!」


 静まり返り、大きな音を立て全員席に着き、私、想平くん、先生だけが立っていた。


「今日の授業は、中止だ。いまから、自習にする」


「自習?」


「なんでー?」


「浜田、井川前に立て」


 怖くて足が震えた。


「前だって···大丈夫···だから。いこ」


 想平くんが、差し伸べた手を掴むと、周りから茶化したような声が聞こえた。



「怖い···」


「大丈夫···護るから」


 想平くんが、みんなに聞こえないようにそう言ってくれたけど···


「井川、なんか弁明は?」


「はい。いいですか?」


 想平くんが、言うと先生が頷いた。


「耳、塞いで?」


 ???


 言われた通りにすると、想平くん笑った。


 初めて見た。想平くんの笑った顔。


「いきます」


 ?


「っわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 教室内も廊下も震えるような大声に、クラスメイトは固まり、何事か?!と大慌てで教室に駆け込む先生達に事情を話す添山先生。


「いい加減にしろよな。おめーら」


 っ?!


(キャラ変わった?!)


「俺がなんっも知らねーと思ってんのか? ばーか!」


 ざわめき始める···


「おい、そこの絵美! 立て!」


「······っ?!」


「あと、青木。朱音、桃山···あと、誰だ? こいつをいじめてたのはぁーーーーーーっ!!」


 で、また大声になる想平くん。


「まだ、いるだろ? 田中、お前もだよな? 確か···」


「······。」


 ぞろぞろと立っていくと、ほぼ全員···


「いじめってのはな、最っ低な人間がすることだ! いじめていい理由なんて、ねーんだよ。なぁ、こいつがお前らになんかしたのか? あぁ? してねーよな?!」


 固まる···。誰も微動だにしない。先生は、座ってる。


「志津香。お前も言いたい事あんだろ? こっちに来て、ずっといじめられて···」


「わたし···その···ずっと嫌だった。何もしてないのに、いじめられる理由がわからなかった。どうして? わたし、みんなを怒らすなんかした?」


「絵美、お前こいつになにした? 俺あん時初めて知ったんだぜ? 志津香がいじめられてるの。わかるか? 今まで、誰にも相談出来ずに、浸すら明るく振る舞って···俺、ブチ切れそうになったけど、こいつが自分から相談会してくるの待ってた。来なかったけど···」


「ごめん···なさい」


「······。」


(なんだろう? 力が抜けてく···)


 絵美ちゃんの声が···遠い···



『─ちゃん!』


 誰? わたし?


『あ、やっと目が開いたよ』


 誰? こんな女の子見たことない。ふわふわしてて、可愛い!


「あなたは···だぁれ?」


『んふっ! 誰かなぁ? 誰だろ? あーん、わかんなぁい!』


 まっ白なふわふわなワンピースを着た女の子。幼稚園児?


『まなちゃん、嬉しいの。ここね、まだだぁれも来てくれないからぁ』


 見渡す限り草原? 小さなたんぽぽみたいな綿毛がフワフワ飛んでたり、ソヨソヨ吹く風になびいたりして···


「ふわぁ···」


『─ちゃんも眠いのー? まなもねー、おねむー』


「あったかい···」



「···んっ」


 なに、ここ? くら···


「ひぃっ!!!」


 無数の目が、私をギョロッと···


 睨んではいなかった。


「良かった···。気がついたみたいで···」


 ???


「あれ? お母さん? お祖母ちゃん? 源さんと与一おじ···なんで?」


「倒れた···から···運んだ」


(あれ? また戻った?)


「想平くん? 顔···」


「殴られた···じじい」


 バチンッ···


「ばかもん!」


 話を合わせると、教室の中で意識を失って、どうやらここは病院らしい。


「ほんに良かったや。源···」


 お母さん、お酒の匂いしてない。なんで?



 で、それからが大変だった。


“いじめ”についての会議? みたいなのが学校全体で行われ、クラスメイトひとりひとりが、ちゃんと謝ってくれた。


「これ! どうして受け取ってくれないの?!」


「······。」と今まで言われるがままに渡してたお金50000円! を受け取れと言われても···


 絵美ちゃん、親にかなり怒られたらしい。みんなも···。先生は、校長先生にかなり怒られたみたい。


「貰っとけば?」


「ほんと!? ありがとうっ!」


(いや、受け取る相手違わない?)


 絵美ちゃん、想平くんに抱きついた。


 暫くは、ぎこちなかったけど、段々とみんなと話す事が出来るようになったし、友達も出来た。


 のに!!



「道わからないから」と毎朝のように私を迎えにきては、無言で歩き、帰りは帰りで、また無言で歩く。


 小学校を卒業しても、中学や高校に入っても、彼はいつものように···



「道わからないから」と言っては···



『ふふふっ。まだ、まだ、まな会いにいけないなぁ···』



「ん? なんか言った?」


「うん。好きだ···って言った···うん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ