表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

2

 部屋を出た俺は封筒を手で遊ばせながら建物の外を目指す。


 この建物は以前高校だった物をそのまま使っている。物資や光源が無くなったこの世界で新しい建造物を作る余裕が無く、大まかな施設は20年前から変わっていない。


 幸いな事にライフラインは一応繋がっている。水道も電気も使う事が出来るから、建物の中は比較的明るく、逆に外の街灯を点ける事に回さない為、外は暗い。


 夜になれば電力の供給も無くなり完全な闇。星の光も無い分大昔の時代よりずっと暗くて、視界はまるで役に立たない。


 俺は校庭に出て、且つては賑やかな場所だったと思われる中庭のベンチに座る。頭にはさっきの海藤の言葉が木霊するが、それも頭を振って消し飛ばす。


 封筒をベンチの横に置いて欠伸を漏らす。仕事は終わったし暫く食っていけるだけの金は稼げた。さてこれからどうしようか。


「あの、すいません?」

「・・・。」


 まずは食事だな。その後はどうしようか。娯楽なんて極端に少なくなった。いっそ金持ちの道楽に手を出してみようか。それとも本でも買いに行くか。


「もしもし?」

「・・・。」


 本はありだな。電力が異常なまでに高騰したから、明るい生活が出来るのは金持ちの極み。昼間から金に物を言わせてブルジョワ生活に突入するか?それともここは使わないでいた方が良いかな?


「ちょっと!?」

「・・・。」


 うるさいな。そうだな。とりあえず食事と本は買うが後は全部残せば良いか。いつ動けなくなるかわからないし、余裕はあればあるほど良いって物だ。


「聞きなさいよ!!」

「うるさいな。聞こえてたよ。」

「だったら反応しなさいよ!?」


 俺が顔を上げると妙な格好の女性が立っていた。この暗闇で真っ黒な服装に身を包んだ俺より年下と思われる女の子。年齢は14歳くらいか?


「おいおい。あまり強く言わないけど、年上には敬語を使えよ?」

「え?ああ・・・ってあなたが無視するからでしょ!?」

「おじさんは無視してないよ。気付かなかったの。」

「聞こえてたって言ったでしょ!?」


 あ、この子元気な子だなー。


 この世界でここまで明るく生活できるなら上等だろう。諦めるか無理するかの二択しかここには無い。その中で素の性格が明るいのは良い事だね。


「何遠い目してるの!?聞きたいことがあるんだけど!?」

「何?お金はやらないぞ?代わりに飴ちゃんをあげよう。」

「え?良いの?じゃなくて!」


 嗜好品も随分消えた。だからこういった物を持っている奴は少ないんだろう。一瞬顔を綻ばせたが、馬鹿にされていると感じたのか女の子は怒っている様子。


「因みに海藤は三階ね。元校長室、東棟の真ん中くらいだから玄関入ってすぐの階段を上がれば良いよ。」

「え?・・・。」

「さっきまで話してたし、お前の服はあの組織の物。女の子が態々一人でここに来ているなら予想は付くでしょ?」


 俺の言葉に警戒心を高めた女の子に俺は当たり前の事を告げる。そもそも一般人がここに来る訳が無い。


 来るとすれば物乞いか物好きか組織の奴らだけ。考えなくてもわかる事だ。


「ふーん。眠そうな感じなのに洞察力はあるんだ。」

「だろ?おじさんこう見えてすごい人なんだよ。飴ちゃんを二つあげよう。」

「・・・貰うわ。ありがとう。」


 俺はポケットから包まれた飴を二つ出して女の子に渡す。やはり多少の余裕はあっても贅沢とまでは言えない生活なのだろう。つくづく組織に在籍してなくて良かった。


「あと、組織じゃなくて魔女狩り専門機関。通称は異端審問会よ。組織なんて言い方はやめてよ。」

「一般人からすれば変わらないよ。それにそういう言葉は・・・。」


 魔女を倒してから言え。と言いそうになったが、別にこの子が悪いわけじゃない。それどころか誰も悪くは無いのだから、それを言ってしまえば八つ当たりでみっともない。


 知らず知らず気が立っているのかも知れない。これは休憩が必要だ。具体的にはご飯を食べながらだらだら寝転がりたい。


「何よ?」

「その・・・。あれだな、うん。そういう言葉は駄目だよーって。」


 我ながらあっぱれなすっ呆けだな。これはこれ以上追及されまい。あまりにも寒々しすぎて言葉を出すのも疲れると言うもの。


「何それ?誤魔化すの下手すぎじゃない。」


 律儀かよ。


「まぁ良いわ。教えてくれてありがとう。後飴もね。」

「おう。お前さんも頑張れよ。」


 この子がこれから何をするか等選択肢は二つしかない。箱庭に挑むか魔女に挑むかだ。


 どの道命の危険が付き纏う様な場所に行くと思えば少し同情もするが、かといって出会ったばかりの女の子に偉そうに説教する程おじさんでもない。


 いや、そんな奴いたら不審者じゃないか。俺は危うく変な目で見られていたのではないか?


「これは危険だ・・・!危険な罠だ・・・!」

「?何言ってるの?ともかくもう行くね。」

「へーい。この町の素敵な飴ちゃんおじさんを忘れるなよ。」


 ひらひら手を振って背中に語り掛ける。女の子は笑いながら校舎に入り姿を消した。


 それを見送って俺はベンチから立ち上がり封筒を手に町へ出る。お楽しみのだらだらタイムの為に、駅へと足を向けた。


 ◇


「随分上機嫌ですね?何か食べてますか?青葉夕夏(あおばゆうか)さん?」

「さっき変な人に会いました。若そうだけど自分の事を飴ちゃんおじさんって言う変な人に。」

「・・・何をやっているんだあいつは・・・?」

「知り合いですか?」


 私の質問に海藤さんは背もたれに深く座り込んで溜息を吐き出した。それは憂鬱そうなものではなくどこか優しそうな、でも呆れた溜息。


 嫌ってはいないけど、どこか納得のいかないと言った反応で、飴ちゃんおじさんと海藤さんが少し複雑そうな関係だという事はそれだけでわかった気がする。


「君の事を言っておけば良かったかな?早い到着でしたね?」

「特に見る者も無かったですし、準備もしてましたから。そっちの町に慣れろとの計らいと思います。」


 私たちは魔女や箱庭に対する組織異端審問会。基本的に戦う事が使命ではあるけども、何も敵がそれだけとは限らない。


 出来るだけ任務にだけ注力できる様、早い段階で町の様子に慣れて、いらない衝突を避ける。その為には町の様子を見る時間も、話し合う必要だってある。


 何も私達だけが戦うわけじゃない。バックアップの為の人もいれば、その人を支える人もいる。何より物資が少ないのに私達が優遇されるのは、理解は出来ても気持ちの良いものでは無いと思う。


 そう考えれば飴ちゃんおじさんは随分変な対応だった。異端審問会とわかっても忌避する事も歓迎する事もせずに、ただ一人として扱われた感じがする。いやおかしかったのはそれだけじゃなかった。


「どうですか?この町は。」

「ここに来るまで別の町にも寄りましたが、この町はちょっと変ですね。」


 私達が来てそこに住まう人が持つ感情は二つ。一つは嫌悪。一つは歓喜。未だ魔女を倒せていない私達に、少ない物資が集中する事を嫌うか、太陽を取り戻せると期待して喜ぶかのどちらかだ。


 だがこの町は違う。歓喜することも嫌悪することも無く、ただそこに人が居るとだけの、まるで興味を持っていない感じだった。何より違っていたのは人とすれ違う回数が多かった。


 闇に覆われた世界。歩いた所で気が晴れる訳も無いのに、外にいる人の数が妙に多かった。それに服装も最低限小綺麗で、まだどこか明るい雰囲気を纏っていた。


「とても良い事なのですが、ちょっと今までと違ってて・・・。」

「・・・。そうですか。」


 と海藤さんの表情を見ると苦笑い。まるでそう言われることを予想していたと言わんばかりの様子。


「まあこの町には変人がいますから。闇の世界で明るい馬鹿が。」

「飴ちゃんおじさんですか?」

「ええ。荒銀雅司、通り名が『ガス』。この町の名物みたいな男ですよ。」


 ガス?渾名みたいな物かな?


 それにしても変な渾名だと思う。渾名の割には親しみやすさが無い気がする。雅司ならもっと色々あると思う。


 思いつかないけど。


「まあそれ以外にもいろんな名で呼ばれてますがね。一番有名なのが『ガス』ですね。探したければ誰かにガスはどこですかと聞けばいいですよ。」

「・・・いえ。任務もありますので。」


 確かに変な人だとは思うし、誰に聞いてもわかるなら慕われてもいるのだろう。話してみるのも面白そうだ。


 でも私には使命がある。それをせずに自分の享楽に浸るのは違うと自分に言い聞かせる。


「まぁたぶん彼にはまた会うでしょうし、仲良くなっていて損はありませんよ。」

「え?」

「君が来た理由は当然ですが知っています。そしてその協力者として彼は適任でしょう。やる気はともかくとして。・・・やる気はともかくとしてね。」


 何で二回言ったのかな?


「彼が適任とは?」

「能力が。それと実績もね。」


 海藤さんは自慢げに微笑んで私に言った。実績と聞いても特に聞いた事は無い筈。この町で有名なくらいでは耳に入らないのも仕方ないが。


「調べてみると面白いですよ?嘘しか無い人生ですから。」


 穏やかな、それでいて女性ならときめく様な笑みを作る。別段私は何もないが、泣かされた人は多そうだと他人事に思う。


 と言うか嘘しか無いってどういうこと?とてもじゃないが誉め言葉とは思えない。


 思わず首を傾げた私を見て海藤さんは声を抑えて笑いだす。


「他の方々がまだ来ていませんし、詳細は追って話します。その間にガスと仲良くなって下さい。」

「……命令ですか?」

「強制ではありません。ですがそうした方がお得でしょう。」


 今一つ腹の内が見えない人だ。結局ガスと呼ばれる人については何もわからない。


 無意味な事をする人ではない。そうした方が良いと言うのなら従おう。どのみち時間が空くのだから、断る理由も特にない。


「わかりました。会えるなら会っておきます。」

「期待してますよ。」


 海藤さんに見送られて私は部屋を後にし、窓から外の世界を見つめる。


 相変わらず薄暗い。もしこれで電気も使えなくなっていれば私達の生活はもっと陰惨なものだっただろう。


 こんな暗い生活はもう嫌だ。だから私はここに来た。これから始まるのは世界初の偉業。


 必ずこの手で太陽を取り戻す。私はそのために産まれてきたのだから。





面白ければ評価やブクマお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ