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 運命的な出来事って信じてるか?


 人生を決定付ける大きな出来事。その後の一生を左右する後戻りの出来ない分岐点。


 それは、良い悪いに関わらず、必ずあるものだと俺は思っている。


「割に合わない割に合わない割に合わない!」


 全力で逃げながら恨み節をぶつける。当然だがその声が本人に聞こえることは無いが、心からの言葉が湧き出て止まらなかった。


「騙された!畜生もう二度と金に釣られないってうわぁ!?」


 俺の頭上を刃零れした剣が掠めていく。目の前には表情の読めない白骨が、歯を擦りカチカチ音を鳴らす。


「嫌ー!キモいキモいキモい!」


 全身全霊を込めて叫ぶがそれに付き合ってくれる人は誰もいない。


 こんな事ならもっと話を聞いておけば良かった。鼻先のニンジンに釣られてこんな場所に来たのが間違いだった。


 と、涙目になりながらも薄暗い石畳を踏み鳴らす。もうまともに戦うつもりはない。どうせ無限に出てくるのに一体一体倒して行くのも精神的に疲れる。


 俺は精一杯駆け抜けて最初に来た場所へ戻る。保証は無いがここ以外で俺に帰る道は残されていない。


「ああ・・・。絶対許さない・・・!幼気な少年をたぶらかしやがって・・・!」


 いやまあ実際ここに来たのは自分の意思なんだけどもそれはそれ。これはこれ。命懸けになるなら当然躊躇いはしたさ。


 と、白骨の姿が見えなくったところで一息ついてガスマスクに手を当てる。目元を覆わない口と鼻だけを隠す物で、走っているとどうしても息苦しさがあって辛い。


 それでもこれを取り外す事は出来ず、俺は長い溜息を吐く。と言ってもここに留まっている事もしたくはない。一先ず歩いて自分がここに最初に来た場所へ戻るため通路を右に折れる。


「カカカカカカッッ!」

「ニャン!?気持ち悪い!」


 即座に腰に差した刀を振るって一閃。首と胴を切り離して胴体を蹴りつけて落ちてくる頭を思いっきり蹴りつける。


 壁に弾かれる度に頭がい骨が欠けていく。それでも意識があるのか歯を擦り鳴らす事を止めてくれない。


「やーもー帰る!おじさん帰っちゃうよ!?帰って良いよね!?」


 疑問形で言葉を出しながらも俺の足は帰り道に向かっている。だが苛立ちから大声を出したのは不味かったと、すぐに思い知った。


 俺の耳に聞きなれた軽い音が響く。それは複数重なって、それでも音楽の様な美しさは無く、ただ不気味さが存在していた。


 俺はゆっくりと後ろを振り返る。いないいないいないいる訳が無い―――。


「カカカカカカッッ!」


 やっぱいるよねー。


 そして俺は愚直に走り出す。もう駄目だこれ。面倒な上に気持ち悪い相手と何時間戦ったと思っているんだ。これ以上やってられっか。


「もう二度と!もう二度と来ないから許してけんろーー!」


 叫びは通じず、俺は延々と白骨に追い回される羽目になった。


 ◇


 この世界は闇に覆われた―――。


 今から約20年前。突如として空から太陽が消えてしまった。いや、正確にはあるのだろうが、もう俺達にそれを知る術は残されていない。


 衛星からの連絡は一切断たれ星は見えず、朝も夜もわからない深淵の世界。それでも太陽が消えたとされていないのは俺達がまだ生きているからだろう。


 本当に太陽が消失したのならこの星は人の住める場所になっていない。光は届かずとも熱だけは届いているからこそまだ俺達は生きていけると教えられた。


 俺達の至上命題は太陽をこの空に取り戻す事。それは誰もが願っていて、誰もが無理だと半ば諦めた夢だった。


 でだ。そんな話はさて置いて今俺がするべき事は。


「おじさん怒っちゃうよ!?」

「後で聞くので報告を先にしてもらえますか?荒銀雅司(あらがねまさし)くん?」


 机をバンバン叩きながら俺は猛烈に抗議を行う。だが目の前の男は意にも解さぬ風に淡々と話を進めようとする。


「ノー!報告より愚痴が先だ!」

「・・・はぁ。」


 手でバツ印を作って否定すると、男は額に手を当てて嘆息を漏らす。その姿も妙に様になっているのが忌々しい。


「あなたに頼んだのは箱庭の情報収集。及び可能なら魔女の討伐です。そして私の仕事にあなたの愚痴を聞くと言う項目はありません。」


 魔女と箱庭、それともう一つ。それが俺達の世界に新しく出来たもの。そして俺が産まれた時に既にあったもの。


 太陽消失と共に現れた事から、魔女を倒すか箱庭を壊せば太陽が戻るのでは、と考えた者もいるが、それが実行に移された事は無い。


 箱庭に行って帰ってきた人はいる。だがその全容を知る者は未だいないし、魔女を倒したと言う話も聞いた事は無い。


 そこで俺に依頼されたのが箱庭の調査。その内部を調査して何があるのか、どんな構造なのかを知ることが俺の仕事だった。だが・・・。


「仕事人間!お前の教えた情報何一つ合って無かったぞ!」

「・・・ほう?」


 俺の愚痴に興味を示し、机に肘を付いて身を乗り出してくる。


 ああなるほど。これで合点が言った。となればこれは。


「反応が素直じゃないか海藤さん?なるほどなるほど。これは金の匂いがするね。」

「こっちも急を要しているのさ。どんな事でも魔女、もしくは箱庭に関する情報は得難いものだからね。」


 海藤は俺の言葉に満足そうに頷く。そして俺も顔を綻ばせる。愚痴を言ってやりたかったが金が上乗せされるなら構いはしない。


 命を懸けるには少ない金額だった。交渉次第だろうがこれは金を毟り取れる。そして海藤もわかっていたのだろう。俺が帰って来る事を見越して金額を少なめに設定して、帰って来た時に支払う準備はしていたのだ。


「先に報酬の確認だな。幾らまで出せる?」

「今用意しているのは400万ですね。当然情報次第でそれ以上も出せますよ?」

「ふむふむ。悪くは無いが、命を懸けた割には安いな。」

「20万で命を懸けた人の台詞ではありませんね。」

「おじさんだってあんなのがいるならその額で挑まないさ。だが金は命を燃やして稼ぐ物だろ?」


 俺は今相当悪い笑みを浮かべているだろう。現に海藤が俺を見て眉をハの字にして呆れている。


 こんな世界になって金を稼ぐなんてという奴もいるが、むしろ逆だと思っている。こんな世界だからこそ金が必要なんだ。


 安全な居住区。腹いっぱいの食事。お洒落な服。人間的な生活を送るのに金が必要になった。助け合い、なんて言ってれば死んでいくしかない。


 作られた食料も服も何もかもが、一度国に預けられる。そこから再分配と言う形になったが、それには優先度がある。


 要はこの国、この世界により貢献した者が生き残れて、ただ消費するだけの人間は剪定される。それが新しい世界の掟だそうだ。だったら俺も金の亡者にもなろうと言うものだ。


「まぁいいでしょう。あなたの人生に文句は言いません。私は情報さえ頂けるなら対価を払います。」

「お前はさっぱりしてて良いね。じゃあ俺の見た事を話してやる。」


 そして俺の見た事を話し始める。白骨化した剣を振るう者、箱庭の途中までの構造の細部。そして見えなかった存在と、目に見えた脅威。


 それらを話し終えると海藤は全て聞き終えてから疑問点を口にする。


「・・・魔女は居ませんでしたか?」

「少なくともおじさんは見なかったけどね。」

「それに白骨兵ですか。つくづく常識の無い場所らしいですね。」

「・・・お前ある程度は安全って言わなかった?」

「ええ。入ってすぐは安全でしたよね?そこまでは知ってましたから。」


 眩しい笑顔で俺に言い切りやがったぞこの野郎。


 俺はあの箱庭は安全だが細部の情報が無いと聞いたから行ったんだ。もしあの白骨がいると知ってればもっと装備を整えて行っていた。


「嘘では無いんですよ?私達が調査した時はそんな者はいませんでしたから。」

「あんなに沢山いたのに気づかない訳無いだろ?」

「一度目は箱庭に行っただけ。二度目は帰って来ませんでした。私の知っている情報は間違っていませんよ?」

「・・・。」


 それは危険があると言って相違ないんじゃなかろうか。そんな言葉をぐっと飲みこむ。どうせもう二度と行く事は無いんだ。


 それ相応の力のある奴が後は何とかする。ならば俺の役目はここで終わり。だったらもう忘れてしまって、次の仕事を探したほうが有意義というもの。


「まぁいいさ。これで全部。報酬を寄こせ。」

「ええどうぞ。有意義でしたし500万で。数えますか?」

「当然。隙を見せたら平気で騙してくるからな。」


 俺はソファに座って封筒に入った金を数えていく。海藤は俺に目もくれる事無く紙にペンを走らせて、俺から聞いた情報を纏めているのだろう。だが俺もそれをちらりと見るだけで興味も無い。


 全て数え終えた俺は早々に部屋を後にしようと立ち上がる。するとそこで海藤から声がかけられる。


「ああ、そうだ。言い忘れてましたが、またあなたに頼みがあるんですよ。」

「おじさんに?もう箱庭には行かないぞ?」

「残念ですがあなたに拒否権は無いんですよ。」

「おじさんにはあるさ。なんたって本来関係無いんだから。」


 箱庭と魔女の調査は必要な事。だがそれを行う組織はちゃんと存在しているし、海藤はその組織の一員だ。でも俺は関係ない。俺はその組織に入った覚えも無く、命令を聞く義理は何も無いさ。


「君には力がある。この世界の力ある者には使命があるのですよ。」

「騎士様はね。おじさんはしがない一般兵だ。」

「それでもあなたには、」

「正規の手続きで辞めたんだ。そうだろ?」


 この話を蒸し返すな。俺は言外にそう意志を込めて言葉を吐き出す。


 太陽消失後、産まれて来る人間には不可思議な力があった。それは今まで人に無かったもので、魔女と戦うのに有効な手段。


 箱庭の怪物。彼らは普通の人間に倒す事は出来ない。切ろうが撃とうが奴らはその生命を維持し、やがて動き出すことが出来る。


 ただ能力者。そう呼ばれる者だけは怪物を存在事消滅させることが出来る。それがわかってからは能力者を集め、育てるための組織が作られた。


 魔女に対する切り札。箱庭を踏破するもの。権力の犬とも言われているが、簡単に言うなら強い奴らが集まって、太陽を取り戻そうと頑張っているらしい。


 俺はそれについて詳しくはない。なんたって俺は魔女や箱庭に有効な手段を持っていない。だから組織に在籍することは無かった。


「おじさんは一般兵。やれる事は限られてる。使命よりも命が大事な普通の人間だ。」


 俺は固い意志を持って海藤の言葉を拒絶する。もし俺に力があれば金稼ぎなんてしない。あれば何もしなくても飯も住まいも服も手に入るのだから。


 それ以上の言葉を聞かない様、それだけ言って俺は部屋を出る。鬱屈した気持ちは両手で頬を叩く事で振り払う。


 荒銀雅司17歳。俺にとっての分岐点が今日だなんて、この時はまだ思っていなかった。


面白ければ評価、ブクマお願いします。

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