模擬戦後
結局蟻さんとの模擬戦には完敗だった。
戦っている感じ、勝てる気がしない。
だが、スイとクランメンバーとの差は歴然で、立ち回りは酷いものだった。
蟻さんのモーションをしっかり見て、職種にあった行動をしている。
スイが必死にバフをかき鳴らしている隣でマントや髪をなびかせて杖を蟻さんに向けて超火力を放つグレン。
ヒットして体力ゲージを大きく減らすが、スイのバフは前線に届かずタク達が吹き飛んでいくのをスイは見ていた。
グレンの高火力の魔法を食らっても蟻さんはまさかのナシのグミを食べて体力回復をする。
あれはチートだ……と誰かが言っているのが耳に入ってきた。
「………………惨敗だわ」
「強すぎです……蟻さん……あ、ありがとうございます」
くたりと倒れているセラニーチェとリィンの横に巨大な影がかかり、口に入ってくるナシのグミ。
「…………うんま、なにこれ」
「美味しいですぅ……蟻さん好きですぅ」
「あっは! 今散々やられたのに蟻さん大好きですねぇ、リィン」
「当然です!」
両手を伸ばして笑って言うリィンをニシシ、とクラーティアが腕でつつく。
「それにしても、蟻さん強すぎでしょ」
「タク、手も足も出なかった」
「ナズナちゃんも吹き飛ばされてたの見てたからね?!」
「……チッ」
「舌打ち?!」
そんな賑やかに話しているのも、全員の体力がレッドゲージになり死に戻りを覚悟した時、蟻さんの戦闘フィールドが飛散して戦闘を終了させたから。
蟻さんは全員の口にナシのグミを入れていき体力や魔力枯渇を治してくれる。
「スイが気に入るのわかるわ。すっごく瑞々しくて美味しい」
美味しい……と口に手をあてるイズナと、隣に座ったナズナ。
2人でモグモグしていると、空腹ゲージも回復する。
「……はぁ、どうだスイ。なんとなくわかったか?」
「……いや、全然ついて行けませんでした。ヤバいですね、力技で倒せない時の立ち回り難しすぎます」
悩むように顎に手を当てて眉をひそめるスイの隣にどさりと座るカガリ。
さらにグレンやクリスティーナも集まり、砂に棒を使ってザリザリと書いていく。
「まず、通常攻撃と強攻撃を見極める。今回は蟻さんの足か少し下がった事だな」
「え、下がった?」
「数ミリだがな。それを見てリィンが注意を促してただろ」
「…………私、わからなかったです」
「本当に数ミリだったからな。普通はもう少し分かりやすいよ。リィンや俺は強攻撃の看破の眼ってスキルがあるから見つけやすいんだ」
ザリザリと数ミリ下がった足の横に看破の眼と書く。
「…………それ、取った方がいいですよね」
「あった方が便利だが、パーティ内にいるからな。必ずじゃなくてもいいぞ」
グレンも取っていないようだ。
だが、サポート系の職業ではあった方が有利。
スキル画面をスクロールして見てみると、ポイントが足りない。直ぐに消した。
「あと、スイ。バフ来ないこと何回かあったぞ」
「あー……焦りと楽器の範囲を見誤りました」
「それ、致命傷」
「ですよねぇ……」
ふぅ……吐息を吐き出すと、少し離れた場所で素振りをするデオドール。
危ない事にナズナか参加しようとしてイズナとタクに本気で止められている。
スイの反省点や、蟻さんの通常攻撃だったり強攻撃だったりと、こんな攻撃が来ていたとカガリやグレンが話すが、半分もスイは気付いていなかった。
「ほぼゲージが減ってねぇから、ゲージが減った後の変化した攻撃も分かってないしな」
「とりあえず、ゲージ半分まで削れるように工夫しないとな」
そんな会話をしている最中も、見学していた他のクランの人の掲示板書き込みの手が止まらない。
遠くから走ってくるプレイヤーも見えて、既に終わった模擬戦見学者のようだ。
「うわっ! もう終わってるの?!」
「えっ!! 瞬殺?!」
「トップランカーが負ける……あの蟻はどれ程強いでござるか……」
「…………なんか、頭撫でてるけど」
スイ達と一緒に座っている蟻さん。
ナズナか蟻さんに何か言って素振りをしている。
リィンが慌てて手を振り回しているが、ナズナは止まらなかった。
ブゥン!! と音を鳴らしていつもの如く打ち上げる足が蟻さんにあたる。
ドォン! と激しい音がしたが、蟻さんは微動だにせずナズナを見下ろしていた。
ぷくぅ……と膨れ上がる右足に、ナズナの顔が崩れる。
「いっ…………」
しゃがみ込んで足を抑えるナズナの頭を撫でて、またナシのグミを渡してくれた。
泣きそうになりながらグミを食べるナズナ。
一瞬で治る足に、ナズナはそっと蟻さんの足に感謝の頭突きをしたのだった。




