ランダムボス 2
優雅に泳ぐように揺蕩っていた芋虫は、ゴロリと砂煙を上げて止まった。
まん丸のつぶらな瞳は真っ直ぐにプレイヤーたちを見て、嬉しそうにカタカタと揺れた。
「………………揺れた」
「揺れたね……」
「どこ見てるわけ!!」
スイが立ち止まった時にフルリと揺れたお胸を見ていたプレイヤーを同じクランだろうか、プレイヤーが叩きながら叫んだ。
「あっ! ちょっと体力減った」
「ばっかお前らぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ちゃんと前見ろ!! 死に戻りしたじゃねーか!!」
「ぎゃ!! 蘇生ー!!」
「……………………緊張感ねぇなぁ」
そんなプレイヤーを見ているボス、芋虫はまん丸の目を三日月に変えてぺろぺろと舌を出していた。
「ぐあっ!! 腹立つ顔してやがる!!」
「あのバカにした顔!! うっすい顔で、なんて器用な!!」
「行くぞ!!」
「挑発!!」
盾持ちが一斉に集まり、1人が挑発をしてタゲ取りをする。
示し合わせたかのように周りにいる盾持ちは重なり合うように足りない力や防御を補い、芋虫が突撃してくるのを受け止め均衡を保つ。
前衛が、盾持ちから離れて後ろから滅多切りにして、時間を稼いでいる間に魔法使い達が魔法発動に呪文を唱えている。
スイは髪をなびかせながら前衛よりやや後ろを位置取り、ハープを鳴らしていた。
魔法攻撃上昇のバフを掛け終わり、魔法防御低下のデバフをすぐにかけた。
吹き飛ばされ瀕死だった盾持ちに掛けたリィンのヒーリングライトで回復していくプレイヤーを掴んで後ろに下げた。
「ぐっ……わりっ」
「大丈夫です!!」
芋虫の突進が3回連続でおきた時、大きく口を開く。
真っ黒な口の中が、小さな光を産んで次第に強くなって行った。その間、5秒。
「なんの攻撃がくる……」
固唾を飲んで見守り、何かでかいのが来る! と見つめていると、星のステッキを掲げたリィンのヒーリングライトが発動して、狙われ続けていたスイの知らない盾持ちプレイヤーに掛かる。
そのすぐ後にセラニーチェを初めとした回復特化の僧侶がバリアと光の壁、全体回復を掛けた。
「っ…………大丈夫、かな……」
光が放たれ攻撃は地を這って閃光のように走った。
土煙を巻き上げて、盾持ちのプレイヤーを一瞬で焼き払った。
本当に一瞬で、スイ達はそれを呆然と見る。
「………………嘘でしょ」
「光の壁とヒーリングライトで2倍掛けにしてバリアと光の壁の効果で盾持ちの防御をかなり底上げしたのに一撃かぁ…………」
引きつった僧侶プレイヤーの声が聞こえる。
それが耳に入ったスイは、バフ……と小さく呟いた。
「こっち来ます!!」
誰だろうか、女性プレイヤーの声が響いたと思ったら、一瞬で大ジャンプをしてのしかかりをする芋虫からなんとか逃げるが、それも大半が潰された。
遅れて来て参加したプレイヤーは、光の壁やバリアがかかっていない為、一瞬で溶けていく。
「………………これは……」
バフが途切れないようにかき鳴らし、走り回るスイは攻撃に転じる余裕は一切なかった。
人魚の顔は激しく歪んでいて、自分よりも強い敵に嫌悪感を示している。
汗が弾けて、吹き飛ばされてきた男性プレイヤーを支えるが、一瞬でステータスバーが赤になり弾けるように消えた。
「くそぅ…………」
悔しそうに顔を歪ませて呟いた男性は、光の粒子になって消える。
「………………強すぎでしょ」
周りを見る余裕がない。
タゲ取りしてくれるプレイヤーもいないから、こちらが負けの蹂躙戦だ。
バッタバッタと小憎たらしい顔で暴れる芋虫を相手に戦闘開始5分、スイを含む全てが蹂躙されて死に戻りする事になったのだった。
「……………………っ!! 化け物か!!」
「あんっ!! なんで私のお腹なの?!」
ばぁん! とクリスティーナの腹を叩くスイ。
その鍛え抜かれた腹筋は、スイの力でもっても傷を付けれなかった。
若干赤くなっているだけである。
「………………なんであれで腹が赤くなるだけなんだ……むしろ、クリスティーナがエリアボスでも驚かない……」
「ファーレン君! クリスティーナさんはモンスターじゃありませんよ!」
「似たようなものじゃ…………ぶはぁぁぁぁ」
「あら、なんだか酷い言葉を聞いたわよ?」
クネクネしながら近づいてきたクリスティーナに叫ぶように言うファーレン。
それを見守って笑っているカガリ達をスイは黙って見ていた。
「どうしたの? 元気ないわよ」
「イズナさん…………いや、何も出来なかったって思いまして」
「そう? 私達前衛よりよっぽど動いてたじゃない。ちゃんとバフがかかるのわかったわよ」
「…………それしか出来なかったというか」
「むしろ、あんたは色々やりすぎなのよ。あんたの仕事ってバフ管理でしょ?」
「仕事……」
「うん、私達は前衛で戦う。カガリ達は盾で敵の行動を防いでタゲを集める。魔法使いは効果的に魔法を使う。中距離も、味方全体の動きと敵の動きを見てここぞと言う時に攻撃するわ。回復もね、私達の体力だったりを見てその時に合う動きをするわよね。敵の攻撃の瞬間に防御を厚くしたり」
確かに光線がくる瞬間、リィン達は一斉に防御力を上げていた。
それを思い出して下を向く。
「……………………それ、私もしないといけないヤツ……でした?」
「まあ………………そうね」
「す……すみませ……」
「謝らなくていいから!! 確かに奏者であるからそうするのが1番だけど、あんたにはあんたのプレイスタイルがあるんだから、一概にそうあるべきとかじゃないの。自由にゲームしていいんだから、謝らなくていいんだって」
「………………はい」
逆に悩ませちゃったかな……と眉を寄せてイズナはうーん……と頭をかいた。
死に戻りによるステータス値減少によりこれ以上の戦闘は難しいと龍盗伐を今日も断念したスイ達。
そのまま、ルージュの家の近くの幻想的な森に行き今日はまったりすることにした。
「……………………リィンさん、セラニーチェさん」
「ん? どうしたの?」
「どうしましたか?」
ピンクの髪と青の髪の対象的な2人が同時に振り返った。
ニコニコ笑う2人が座る場所にちょこんと座ったスイは、クリスティーナとクラーティアがいて女子会中だったらしい。
可愛らしいレジャーシートを広げて、飲み物やお菓子等を広げている。
「……あの、ちょっと聞きたいことがありまして」
「うん、なぁに?」
「あのボス戦の時、僧侶の皆さんはどうして同じタイミングで回復やバリアをはれたんでしょうか」
イズナに言われた芋虫の攻撃前の防御を厚くする。それはバフであり、スイも一緒に演奏するべきだった。
だけれど、スイにはわからなかった。
なぜタイミングがわかるのか、なぜみんな一斉に出来たのか。
眉を寄せて悲愴な顔をするスイは水辺で遊ぶイズナやナズナ、デオドールをチラッと見る。
そしてまた、リィンたちを見た。
「……………………そっか。凄い動いて凄いスピードで強くなるから忘れてたわ」
「スイさん、初心者でした」
「……………………え?」
首を傾げるスイを、ジリッ……と近付き笑うセラニーチェが楽しそうに言った。
「教えてあげるわ、バフの管理や敵の特徴、レイド戦の戦い方」




