クランハウスのある日の掃除 4
各部屋の布類の回収だけでかなりの時間がかかる。
現在5部屋目での回収なのだが、2人は無言で淡々と集めていた。
「……ねぇスイちゃん」
「は、はい!?」
急にかけられる声にビクリと反応して、3枚目の枕カバーを外していたスイは驚いて枕をぶん投げた。
弧を描いて真後ろに飛んでいく枕を見送るデオドールはあらぁ、と笑っている。
「そんなに怯えなくてもいいのよー? 私の事苦手かしらぁ?」
「いえ!! 決してそんなことは!!」
焦り首を横に振るスイに困ったように微笑んだデオドールは、スイが居るベッドのすぐ隣のシーツを剥がしていた。
「ちょっと、リアルの事を聞いてしまうのだけどいいかしら?」
「リアル、ですか」
「勿論嫌なら止めるから遠慮しないでねー?」
「……答えられる範囲でしたら」
ゴクリと息を飲み込んでデオドールを見ると、シーツを握りしめてふわりと笑った。
「……スイちゃんは確か働いているのよね?」
「え、はい。そうですね」
「……お仕事探しの時ってどんな感じなのかしら。えーっと、……就活ってやつ?」
いつものフワフワした話し方とは違う、少し緊張を含めた言い方は多分ゲームプレイ用の話し方とは違う自分自身の話し方なのだろう。
足元を見ながら小さな声で話すデオドールは、見かけに似合わぬ心許ない子供のよう。
「……私、今年就活の年なのですよ。もう必須科目も大体終わって本格的な就活を始めてはいるのだけれど……」
(……デオドールさんってまだ学生だったんだ。しっかりしてるから社会人かと思ってた)
ぽつりぽつりと話すデオドールはかなり迷っているようだ。
「……既に5社落ちていてね」
「……そうなんですね」
「……コミュニケーションが出来ないって断られてしまうの」
「え? コミュニケーション?」
顔を上げて困ったように笑ったデオドールは驚くべきことを話し出した。
「……留学で日本に来ているイタリア人なの。イタリアの田舎に住んでいてね、私は日本が好きだし両親も今年転勤で日本に来ているからこっちで就職しようかなって思っているのよ」
「イ、イタリア人!」
「えぇ、ゲーム内では外国人向けの翻訳機能があるし、日本からのログインだと時差もないから今のまま、いいえ、今後はイン率が下がるかもしれないけれど続けられる。でも、もし就職が出来なければイタリアに帰る事になるわ。私の故郷はね、貧しいのよ。土地柄的に。だからって、都会に行くのも……って考えてしまうの」
イタリアには帰りたくない様子のデオドール。
しかし、片言の日本語を話すデオドールはなかなか就職にありつけなかった。
それは、感染症が流行し自宅学習が続いていた為日本語での会話が著しく少なかった為習得に時間がかかっているから。
自分の好きな物や好きな勉強を優先したせいでもある為、これに愚痴愚痴言う資格はないとデオドールも理解している。
「……就活、どんな感じだったのかな? って思って聞いてしまったのよー」
ハッ! としたように顔を上げて困ったように笑ったデオドールが、ごめんなさいねーと頬に手をあてる。
「……私の時は」
隣のシーツを手繰り寄せて回収しながら話し始めたスイをデオドールはじっと見る。
「……私の時は丁度腕の状態が悪くて。あーと、わかると思うんですけど医療的な処置がされていまして……つまり、義手なんです」
「……義手」
「二の腕から義手なんですけど、義手が合わなくてなんども試作してもらってはダメでって感じで違和感が取れなくて。就職が決まってもなんども病院に行ったり、急に取れそうになったりって仕事が続かなかったんですよ」
バサッと籠にシーツを入れて困ったように笑ったスイにデオドールは目を丸くしていた。
「当時の上司がこのままじゃ仕事にならないと愚痴を言っていたのを聞いて退職しました。でも、働かない訳にはいかなくて。そこで、障害者枠の仕事を探してみたりと、色々しましたよ」
割れた花瓶等の割れ物を麻袋に入れているスイに言葉を失っているデオドールに、スイは笑った。
「結局は今の会社の……前の部署ですが上司と就活中に出会って、募集してるから来ないかと言ってくれました。巡り合わせが良かったのでしょうか、就職して直ぐに合わせた義手がとても良く仕事に支障はありませんでした。今ではデザインを描くことも出来るんですよ!……ハンデがあってもなんとかなります。デオドールさんも諦めなければ、きっと……なんて、無責任な事を言っていますが……」
「ご、ごめんなさい、そこまで話をさせてしまって!」
慌てて頭を下げたデオドールに向き合いスイはにっこりと笑った。
両手を取って軽く手を揺らす。
「この時期は誰でも悩むと思います。国籍が違って帰らなくちゃダメかなって悩みは私たち日本人にはわからない悩みですし。ただ、ハンデがあってもなんとかなる場合もあるって、知って欲しかったんです。デオドールさんは何か専門があるかもしれませんし、日本語を覚えたらその心配もありません、ね!」
スイと話をして落ち着いたらしいデオドール。
どうやら自宅学習が多く先生にもなかなか相談出来ずに手当り次第面接をしていたようだ。
今後は相談しながら就活に励むとやる気を見せている。
「よーし。布類はこれで全部だな!」
1日がかりで洗い干した布の量は凄いことになっている。
干場が足りず、普段使わない屋上にもビッシリと干していった。
次は床掃除か……と呟くグレンは腕をグルリと回していて、洗濯で凝り固まった体を解しているようだ。
「……クリーンが使えない事がこんなにもこたえるのですねぇ」
庭の芝生にぽふりと座り込んだクラーティアのスカートがふわりと広がって地面についた。
「おつかれさまぁ、紅茶をどうぞー……」
丁度戻ってきたのだろうクリスティーナが肩を落としながら紅茶を運んでくる。
お? と首を傾げたスイが、クリスティーナを見るとグレンに紅茶の乗ったワゴンを押し付けスイにしがみついてきた。
「聞いてー! ねぇ聞いてー!! 雨黙り水に限り濡れたら完全に故障扱いで修復不可って言われたー!! わーん!! 私のキッチンがー!!」
「……ということは買い替え」
残酷な現実に抱きつかれながらも顔だけを振り返り窓から少しだけ見えるキッチンをみつめた。
(あれ全て買い替えって、お金どれくらいかかるんだろ……)
「あ、カガリ」
クラーティアが座ったまま紅茶を飲んでいたが、庭に来たカガリに気付き名前を呼んだ。
そんな後ろにはセラニーチェに双子にアレイスター、リィン、そしてファーレンがいる。
どうやらそれぞれ別れて調べたりしていたようだ。
「……こっちもほぼ買い替えだ」
「だいたい同じだったのだけど、雨黙りの水に浸かると耐久値が現れて一気に減っていくみたいよ。今後メンテナンスと水の侵食を防ぐ為に色の塗り直しが必要みたいだから、それなら買い替えた方が安いわね」
あぁーあ……と声を出すセラニーチェは落胆していた。
実は食堂のテーブルと椅子がかなり気に入っていたみたいで、買い替えに最初難色を示していた。
しかし、今後のメンテナンスや掛かる費用を考えたら買い替え一択なのだ。
「……まぁ、どうにかするにしても片付けを優先してから、買い替えの為の金策が必要だな」
「……暫くは休業ですね」
残念です、と呟くリィンにスイも悲しそうに見つめた。




